[神殿の回想19]白刃取りと腹おどり

 エセ王子と私の模擬試合は、ずっと続いていた。


 試合には、2種類あった。


 まずは、闘剣の練習用の木刀を振り回して戦うやり方だ。

 こちらは、敏捷さでは勝るものの、小柄で力や経験の劣る私の方が、圧倒的に不利だった。

 軽いとはいえ、衝撃を和らげる防具も身につけるので、動きにも制限が出てくる。


 もう一つは、特殊なセンサー付きの素材のぴったりした上着を上から羽織り、軽目の剣で戦う方法だ。

 これは、身体に攻撃がヒットすると、センサーがカウントしてくれるので、剣だけでなく、手でも足でも、とにかく身体に攻撃を仕掛けていく。

一応、攻撃の力加減は手加減するというルールはあった。

 こちらは、身が軽くて格闘技の技に長けている私のほうがかなり有利だ。剣も軽いので、時には片手で扱いながら格闘技の技を組み合わせていく。


 どちらの試合においても、安全のためにシールドで保護はしているものの、首から上を攻撃してはならないという決まりがあった。


 私は、負け続けの木刀の試合のほうで、何とかエセ王子に一杯食わせてやりたくてたまらなかった。


 本当は正式に闘剣を習いたかったのだが、現状では、学校に神殿の雑務と診療の助手、優雅な舞に祈神舞、週に1度のピアノの稽古と、私の日中のスケジュールはただでさえ過密だった。


 それになぜかアンバルが、いつも以上に真剣な恐い表情をして、


「お前は、絶対に闘剣に手を出すな。

 せいぜい、王子とのお遊び程度にしていろ。」

と、言ったのだった。



 夕方の時間のある時や休みの日などに、私は夢の国で体験した技を再現してみる。

 夢の国の剣の種類や闘い方は様々で、闘剣と違う所も多かったが、取り入れられる箇所もかなりありそうだった。


 どちらかというと、闘剣のほうが雑多というか、ルールが大雑把なようだ。

私が正式に習っていなくて、エセ王子との試合しか知らないせいかもしれないが、とにかく勝てば良いという感じだった。


 流派も、本流は両刃の直剣を両手で握るが、流派によっては、片刃の曲剣を片手もしくは両手で操ることもあるという。


 そして現在私は、エセ王子と賭けをしている。

 この2ヶ月の間に、勝利ポイントが少なかったほうが、多かった方の要望を聞くというものだ。


 私が勝ったら、いつものおやつだけではなく、特性フルコース料理をご馳走してもらうことになっている。

 エセ王子が勝ったら、今まで見たことのない変わった踊りをするように言われている。

 しかも「たまには女らしい踊りをしてみろよ。」と、嘲るようにお題を出してきた。


 ううむ、私の弱点をついてくるとは……。

そもそも、女らしい踊りが見たいなら、優雅な舞を鑑賞すれば良いのではないだろうか?


 私は、前回の軽い剣の試合で、油断をして負けてしまった。どうしても、今日の木刀の試合には勝たないといけない。



 私とエセ王子は、防具を着て向き合った。


 何度か軽く打ち合う度に、2人とも身体が乗ってくる。私は素早い攻撃を次々繰り出すが、エセ王子はことごとく反撃してくる。そして、やはり反撃の太刀は私には重い。


 私は、何度か反撃をかわしながら、ふと、油断して隙をみせてみる。エセ王子はその隙を狙って大きく振りかぶり……私はその脇から木刀で切り上げた。

 私の木刀は王子の脇腹にヒットはしたものの、やはり身体が小さいので、そこまで大きなダメージは与えられなかったようだ。

 でも、奴は不意討ちが悔しかったらしく、さらに反撃の勢いが増してくる。


 こっちがダメなら、もう1つの技だ。

 私は剣を取り落とし、エセ王子の振り下ろしてくる剣を両手でパチコンと受け止めた。

「秘技、真剣白刃取り!!………痛っってえええ!!!」

 木刀は私の両掌をしたたかに打ちつけた後、手をすり抜けて頭にパコンとヒットする。


 私は頭を抱えて、うずくまった。


「お、お前、何やってんだよ。馬鹿か?」

「うー、予定では上手くいくはずだったんだけど……」

「上手くいく訳ないだろ! 

 真剣だったら、手も頭も斬られているぞ。」


 私は、またまた治療院でハイル先生の診察を受けて、怪我したいきさつを聞いた先生にも、呆れて怒られる羽目になった。


「よく考えてみなさい。

 両手で刃物が受け止められる訳がないでしょう。」


……夢の国ではやっていたんだけどな……

 でも、夢の国の事については秘密だから、話すわけにはいかない。


 頭は大丈夫だったものの、両手を怪我した私は、1週間、仕事も習い事も休みになり、黙々と学校の課題をこなしていた。


 ハイル先生からもいきさつを聞いたアンバルは、怒らなかった。

どちらかというと、呆れすぎて何も言えない様子だった。


「まあ……たまにはゆっくり休め。

 そして、頭を冷やしてこい。」


 深くため息をつきながら言うアンバルの姿に、私は何だか両親やカラン兄さんを思い出した。



 私は両手をすりすりして、自分で自分に治癒促進と痛み止めのおまじないをかける。


 1週間、お休みなのだから、その間にエセ王子の課題について対策を考えようと思っていた。

 負けは負けだ。仕方がない。



 うーん、女らしい踊りと言われても……私は女らしいの基準が良く分からないのだが……


 私は、夢の国で女の人が中心に踊っているダンスをいくつか体験してみたが、衣装や音楽の再現が難しそうだった。

 ストリートダンスもそうだが、ベースになる音楽があるかないかで、踊るほうも観るほうも、やり易さや受ける印象が全く違うようだ。

 ストリートダンスもバックに音楽があれば、もっと良さが解ってもらえるはずだった。



 そんな中で目をつけたのが、前にも何度か夢の国で体験したベリーダンスだ。


 場所をあまり移動せず、その場で大地を踏みしめてステップを踏む踊りだ。

 そして、ステップを踏みながら、身体や腕をしなやかにひねらせていく。腰やお腹の動きも重要で、上手な踊り手は、お腹の筋肉をプルプルと上手に震わせたりくねらせたりさせる。


 ベリーダンスに合わせる音楽は、地方で演奏される民族音楽で代用する計画だった。太鼓と弦楽器で、まずまずリズムが取れるので、何とか合わせて踊れそうだ。

 私は、神殿図書館内にある音源資料館から音源と再生機を借りてきた。


 衣装は、服飾部からフリンジのついたスカーフを借りてくる。

 普段の制服はワンピースだが、私は剣の試合用に、エセ王子のお付きの人からズボンと、伸縮性の良いシャツを何枚かもらっていた。

 ズボンはもう少し大きくなってからも履けるように、腰回りはゴム紐で調整するようになっている。

少しずり下げて、腰回りにフリンジのスカーフを巻いてみる。

 シャツは裾を何回か折り曲げて、胸の下くらいにくるように仮縫いでとめつけた。


 これで完璧! と思ったが、1つ懸念が出てきた。

今回、パンツは見えないものの、お臍は丸出しだ。

アリシアに見つかって、怒られたりしないだろうか。


……でも、これまでアリシアは、お臍を出すなと言ったことはなかったしな。……


 少し考えた私は、ロゼッタに頼んで、芸術院の絵画部門から、油性の画材を貰ってきてもらった。


 そして、お腹全体に白いベースの色を塗り、お臍の辺りに赤い口、その上に目と鼻を描いていく。

 出来上がった顔の絵は、中々の仕上がりだった。


 夢の国で、こういう踊りを見学していた人がいたし、ペインティングしていたらお臍が丸見えにならないから、これなら大丈夫だろう。


 しかも、ちょっと踊ってみたら、何も描いていない時より、お腹の動きにメリハリがついて見える。

それに、まるでお腹が喋っているようではないか!


 コニーは成長が遅めなので、まだまだ幼児体型だ。いくら舞や運動をしているといっても、若干お腹はぽっこりしている。

 なかなかベリーダンスでやるような、お腹の動きにならなかった。


 その欠点を補って余る顔の絵は、最高の作戦に思えた。


 披露する当日、コニーは上着を羽織り、意気揚々と、エセ王子の待ち受ける場所に向かった。


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コニーの技は、夢の国での見よう見まね(しようしまね?)なので、真剣白刃取りは、わざわざ剣を捨ててまでするような技ではないと、

そもそも実戦で活用できるような現実的な技でもないと、指摘してくれる人は誰もいません。

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