間話【治療院の仕事2】始めての手術
今回は、現実の医療には全く関係ない、あくまでフィクションです。
絶対に、本気にしないで下さいね。
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私が神殿の治療院に通い始めて半年以上が経過した。
手指の清潔や器材の触りかたにも慣れてきて、時々ハイル先生の診察のお手伝いをしている。
先生は、私の力の事をあまり広めたくないと思っている。
理由は、1つめは、まだ私が幼くて知識も経験も無い状態で、人の生死に関わるような場面に遭遇するのは負担が大きすぎると考えられること。
2つ目は、患者が私の不思議な力に対して、過剰な期待を持ちすぎるかもしれない事だ。
医療もそうだが、干渉による治療も万能ではない。
呪文を唱えれば、死んだ命が甦るわけでも、無くなった手足が生えてくるわけでもない。
私ができるのは、あくまで生きている細胞に対して、多少の働きかけができるだけで、死んでしまった細胞には効果がないという。
おそらく、傷口の治癒の促進や血流の改善、身体表面の止血や鎮痛作用、細菌繁殖の抑制や免疫の活性化くらいはできるかもしれない。
しかし、麻痺して何年もたった手足や意識障害、すでに繊維化した肺や肝硬変、心筋梗塞などには効果がないだろうと言う。
ただ、その辺りを患者さんに説明して理解してもらうのは難しい。
私自身も、まだ細胞のことはよく分からなくて、ハイル先生とお勉強中だ。
取り敢えずしばらくは、患者への表面的な説明は、私の干渉能力は、局所麻酔の代わりの、一時的な痛み止めの効果と細菌の増殖を押さえる作用だけしかないということにしておく。
神殿では、小さな巫子達が雑務の手伝いをしており、私みたいな小さな子どもが診察場にいても、さほど不自然ではない。
将来の医療職見習いで、お手伝いがてら勉強していると思われているようだ。
先生からは治療を行う前に、患者さんへの関わりかたについても学んだ。
まずは、治療をして『あげている』という意識を持ってはいけないことだ。逆に卑屈になる必要もない。
治療をする上で、する側とされる側の信頼関係はとても大切で、それがないと治療の効果にも影響を及ぼすという。
さて、今日は始めての手術見学だ。
神殿の治療院では、基本的に、日帰りか1~2泊程度の軽症を対象とした手術を行っている。
長期の入院が必要になる重症患者や大きな手術、王族等の手術、治療は、王立大学の付属病院で行われる。
現在では、小さな悪性腫瘍なら、ほぼ薬で完治できる。
多少大きくなっても、局所的な腫瘍程度なら、1~2泊程度の入院をして手術で取り除き、後は通院と薬で治癒する事ができる。
手術中の状態悪化も滅多に起こらないため、治療院では、しばしば行われていた。
ただし、手術も薬も高価なため、治療の恩恵を受けられるのは、基本的に2等級国民以上でそれなりの収入のある人達だ。
今日は、胃の腫瘍摘出術だった。
午前中の診療が終わって、午後の遅めの時間から始まるため、休みを利用して見学に来ていた。
私は事前に手術の様子を3D画像で確認していた。
先生や看護師は私に見せるのを心配していたが、私は狩猟で熊や野生豚、猪の解体も見た事がある。
細い管をお腹に入れるくらいなら、全く平気だ。
手術室に入る前に着替えをして、マスクとフェースシールド、キャップを身につけたスタッフが集まる。
ハイル先生と助手の先生、麻酔と全身管理担当の先生、看護師2名、手術ロボット管理や術中検査を行う技師などだ。
手術室に患者が運ばれてきた。
本人の名前を確認すると共に、手甲のセンサーチップで認証確認を行う。
患者は手術台に寝かされると、首の頸動脈辺りと手首にモニター用のシートを貼られた。
画面には、生体情報が写し出される。
「タイームアウト!!」
いきなり、ハイル先生が普段では考えられないような、大声を出し、ビクッとする。
私達の目の前には、3D画面で、事前の検査で判明していた腹腔内部の画像が写し出され、ロボットが読みあげる。
『患者○○氏、64歳 男性。
胃幽門側腫瘍ニテ、今回ハ、胃部分切除ニヨル腫瘍摘出術ヲ行イマス。
浸潤ハ筋層上部。術前検査デハりんぱ節転移ナシ。
ソノ他ノでーたハ………』
画像が様々な角度や大きさで写し出され、ロボットが順次説明していく。
「よし、それではこれより手術を開始する!」
ハイル先生の宣言により、手術が開始となる。
麻酔科の先生が麻酔と呼吸管理を行っているうちに、執刀医2人と看護師1名はガウンを着て、手に滅菌のコーティングを行っていく。
看護師が皮膚を消毒し、中心に丸い穴の空いた大きなシーツをかけると、ロボットがいくつかの細い管をお腹に差し込んでいった。
ハイル先生と助手は、写し出された複数の画像を見ながら、空中に浮かんだタッチパネルを操作して、時には管を直に扱いながら、手術を進めていく。
「気腹は済んだか? よし! その管の先端はもう少し右だ! そっちの固定ができたら切開だ! 患部の同定は確実か? いやいやダメだ!! その0.5mmの差が、術後の経過に左右するんだ! おい、ロボット!! お前もしっかりしないと、後でスクラップ行きだぞ! よし、そこから慎重に組織の剥離だ!! 行け行け、そこだ!! おお!何と素晴らしい!! 今回の剥離面は何て見事なんだ!」
ハイル先生は、普段の温厚で、時には厳しい様子から想像できないほどハイテンションで、早口にあちこちに指示を出していた。
「よし、確実に止血と縫合をするんだぞ! ノエル(看護師)、出血量とバイタルサインと検査データを報告してくれ!」
手術も終盤となり、全身に異常がないか、簡単に検査が行われる。
ハイル先生は、報告を聞きながら、うっとりと恍惚の表情を浮かべて、組織を切り取った患部や縫合部の画像等と摘出した組織片を眺めていた。
助手の先生は、ロボットが管を抜いた後を、せっせと塞いでいる。
先生は、空を見あげながらガッツポーズをして、しみじみ呟く。
「ああ、この数年では3本の指に入る出来だ……。こうやって、神の手に一歩一歩、近づいていくのだ……」
……あれ? ハイル先生、前に、「名医」とか「神の手」とか「医聖」とかは、単に理想のイメージが暴走しているだけだから信用するなって言ってたんだけどな。
ハイル先生の座右の銘は「名医を目指すことでは無く、ヤブ医者に陥らないことを目指せ」だったはずだ。
そんな事を考えていると、
「おい、コニー!」
「は、はい……」
「手を消毒、滅菌コーティングして患部を触り、創傷治癒の促進と、病原菌の勢力減退を願うのだ。」
……今回は、見学だけだから、一切手を出すなと言ってたはずなんだけど……
そう思いながらも、手を消毒して患者さんに近づいて創部を触っていると、ハイル先生は、ハミングしながら嬉しそうにルンルンと、摘出した組織片をスライスして標本を作り始めていた。
「先生! そういう事はロボットと技師がやりますから、遊んでいないで、先に記録と、術後の療養計画の指示を出して下さい!!」
男性看護師のノエルが、怒ってハイルに言う。
「き、記録は後ででもできるだろう……。
それなら、患者が目を覚ましたら、声をかけてくれ。ちょっと休んでくるから……。」
ハイル先生はこそこそと、休憩所に向かおうとする。
「記録や指示が済むまでは、術中の画像データは、閲覧できないようにしておきますからね!」
「そ、そんな殺生な……」
ハイル先生はよろよろと電子カルテに向かった。
その後、着替えが終わって休憩室を除いてみると、ハイル先生はソファーでぐっすり(ぐったり)と風船がしぼんだように眠っていた。
女性看護師がお茶とお菓子を出してくれながら言う。
「ようやく、脳内アドレナリンが切れたみたいでよく寝ているわね。
わりといるのよねー。
手術室や救急現場で性格が変わる医師や看護師って。」
麻酔担当の先生が言った。
「でも、今回はルーチンの手術でロボットが半分以上やってた分、ずいぶんましよ。
緊急開腹とかで、自分でメスをもったら、もっとえげつないくらい豹変するから。」
……な、何それ?
神殿に来てから、一番普通の人だと思っていたハイル先生は、実は一番の変人だったってこと?
私はハイル先生への認識を改めたのだった。
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一応、設定では、かなりの階層社会なので
【救護所】(学校の保健室、ドラッグストアのレベル)
→ 3~4等級の国民の治療は主にここ
【治療院】(日本の医院や診療所くらい、治療の内容に幅があり、医師が常駐している所としていない所がある。公的機関付属など一部の施設を除いて、入院はほとんどできない。)
→ 1~2等級国民対象。お金を出せば、3等級でも診てくれることがある。
【病院】(日本の急性期病院レベル。各領地に1つあるかどうか。大学付属病院は、国内に2つしかない。)
→ 王族、1等級国民、財力のある2等級国民対象。
国民権の無い人(出生登録をしていないか、逃亡中):神殿に行く前のコニーはそうだった。領地によるが、わりといる。
5等級国民(犯罪歴あり)
は、公式な医療は受けられない
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