[神殿の回想17]ここ掘れワンワン

 夏至の祭りが終わり、祈神舞の練習はしばらくお休みとなった。


 師匠のアンバルは、身体の調子が悪いらしく、1週間の休みが弟子達に言い渡された。


 春分の祭りの後もそうだったから、多分、四季の祭事のイベントは、師匠という管理職にとって、とても負担になるのだろう。


 夏至の奉納舞には、結局、一番年上で舞の技量のあるマレーナが選ばれた。

 彼女は事前の健康診断を機に、神殿を去った。


「私、舞と雨呼びの技能を評価されて、南の領地の準領主夫人になるの。」

と、それは嬉しそうに話していた。



 私は、今日初めての王宮に来ている。

 

 王宮といっても敷地の中の林の一部で、厳重な警備がされている建物自体には近づかない。


 それでも、王宮の警備員2人、いつもの気弱な付き人1人と私の教育係のアリシアがついて来ていた。



 わざわざ王宮までやって来たのは、祈神舞の練習も休みだし、エセ王子が飼っている犬を見せてやるというのだ。


 私はガーズィーおじさんが飼っていたブチの猟犬と画像でしか、犬というものを見た事がなかったので、実物が見れるなら見たいと思った。


 山の家では、卵を産む鶏しか飼っていなかった。

 哺乳類を飼育すると、野生動物の生息を探索するロボットが、たまに迷いこんで来る事があるらしい。

両親はそれを避けたかったようだ。



 連れて来られた犬は、薄茶色の毛並みで、賢そうな黒い目をしていた。

 ただ、毛並みの一部は白くて所々剥げている。

 この犬はとても高齢で、エセ王子が産まれた時にはすでに王宮に飼われていて、王子の幼い頃の遊び相手だったらしい。


 1年前くらい前までは、散歩に行ったり、投げたボールを捕らえたりしてエセ王子と遊んでいたが、この所、急に体力が落ちて寝ていることが多くなったという。


 私は犬を撫でる。

 少しでも元気が出るようにと心を込める。


 でも、怪我や一時的な病気と違って、生命その物への干渉力は私にはない。

 それは、ハイル先生にも念を押して言われていた。


「そこは、絶対勘違いするんじゃない、周囲にも勘違いさせるんじゃないぞ。」と。


 犬の名前はシータといった。

 撫でていると、シータは私をじっと見上げた後、服の裾を咥えて引っ張りはじめた。


 どこかへ連れて行きたいようだ。


「ん? どうしたんだ、シータ。

 どこか行きたい所でもあるのか?」


 エセ王子も戸惑っている様子だが、とりあえずシータの後についていくことにする。


 シータは王宮の庭園に近いある場所にたどり着くと、その地面を引っ掻いてせっせと掘りはじめた。

 老犬には負担らしく、すぐにハァハァと息があがってくる。


「そこに、何かあるのか? 

 代わりにやってやるからもう休めよ。」


 エセ王子は、落ちていた枯れ枝でその場所を掘り返すが、所詮、王宮培養のエセ王子だ。

 大した成果はない。

 

 犬に同情した私は、同じように枝を拾い加勢した。


 そのうち、警備の人が庭師用の倉庫からシャベルを持ってきてくれた。


 結局、一番身体が小さくて、力が無いはずの私が、一番上手く地面を掘れるという結果になった。


 木の根や石等の障害があるのは分かるが、大きな身体の警備員達が、何でこんなに手こずるのかがよく分からない。


 シャベルのヘリを踏んづけて、ちょっと力を込めてポイっとするだけなんだけどな。


「さすが、山育ちだよな。」

と王子は言うけれど、何かちょっと違う気がする。


 1m強ほど掘った後、何かキラキラする物が目に飛び込んできた。


「「何、これ??」」


 覗きこんでいた私とエセ王子は、同時にその物体に触れた。


 途端に、キラキラしたシャボン玉の様な膜が私達2人を包む。


 エセ王子が土の中から取り出したそれは、5cmほどのキューブ状で赤く輝く、所々に凹凸のある物体だった。


「これは、シータが探し当てた物だからな。

 所有権は俺の物だ。」


 エセ王子は、そう言ってその物体をポケットにしまう。


 だが、これは所有権の問題か? 


 と疑問に思ううちに、シャボン玉の様な膜は消えていった。


「エセル王子、今一瞬光の様な物が見えた途端、2人の姿が見えなくなったのですが、何かあったのですか?」


お付きの人が尋ねる。


「別に何も無いよ。」


 エセ王子がそう言うならそういう事にしておこう。

色々突っ込むと、この先面倒な事になりそうだ。

 私はそう思って何も言わず、その日は寄宿舎に帰った。


 その後、2週間ほどして、シータは老衰で天寿を全うしたという話をエセ王子から聞いた。


……賢そうな子だったな……


 感慨にふける間も無く、クソガキ王子は呟いた。


「そういえば、シータがいた犬舎が空いたんだよな。

 お前、引っ越してこないか?」


「……私は犬じゃありません!!」


 私は、いつもの模擬戦の時にはやや手加減しているパンチやキックを、その日は思い切りエセ王子にブチかました。


「い、いつも格闘技ばかりだからさ、今度は剣で練習しようぜ……」


 その後の試合で、私は体格に見合った小降りの木刀を渡された。

 エセ王子も、いつもオモチャの剣ばかりだったか、闘剣の練習用の剣を持参している。


 もちろん、これまで闘剣の練習経験のあるエセ王子に、いきなり私が勝てるわけがない。

 奴は、この前負けた事がよほど悔しかったのか、鼻でせせら笑いながら、余裕で私の相手をする。


 ぐぬぬ……このまま負けてられるものか。

絶対こいつより強くなってやる。


 私は夢の国で、様々な剣の技も学び始め、エセ王子の相手をするようになった。

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