[神殿の回想13]パーティーとカンフー

 いきなり、私のスカートやパニエの裾を捲り上げてきた不埒なそいつの腹を、私は回し蹴りで蹴りこんだ。

「アチョォォーー!!!」


 誘拐される前、わたしは一時期、夢の国で「カンフー」というものに、はまっていた。

 奇声をあげながら、手足や身体をくねらせ、蹴りや突きを繰り返したり、短い棒をふりまわすのだ。


 しかし、割りとすぐに、両親に禁止されてしまった。


 振りだけとはいえ、相手をさせられていたパリス兄さんが、半泣きで両親の所に駆け込んで、


「お願いだから、コニーを止めてよ……」

と頼んだのだ。


 両親に「カンフー」を禁止されたわたしは、それからはダンスに打ち込みはじめた。



「エセル王子!! 大丈夫ですか?!」


 何人かの警備の人が、うずくまっているクソガキの所に、わらわらと駆け寄って来た。

 私は、後ろ手に捕らえられる。


 ダン!!! と大きな音がする。

 振り向くと、青筋を立てフルフル震える司祭長がいた。


「このバカ者!! 

 王子に手を出すとは、とんでもない不敬罪だ! 

 さっさと連れて行け。

 次の夏至を待つまでもなく、早々に処分だ。」


……え? 王子って、このクソガキのこと? 

王族にこんなやついたっけ?


 前回のパーティーの時にも、国王様が最初に挨拶をされて、早めに引き上げていたけれど、王妃様だけじゃなく息子を連れていたな。

 でも、もっと大きくて、何というか佇まいに品があったし、こいつではなかった。


 確か、山の家で見た国営放送でも、年に1~2回チラッと国王夫妻が画面に登場されていたけれど、写真だけだからあまり印象に無いな。


 それに、王子様って、お姫様や妖精が出てくる絵本だと、こう、白い馬に跨がって颯爽と出てくるものじゃないの? 

(なぜわざわざ、生き物に乗って出てくるのかよく分からないんだけど。

 飛行車でいいんじゃね?)


 会場はシーンと水を打ったように静まり返り、私は乱暴に立たされると、その場から引きずりだされそうになった。


「ちょ、ちょっと待てよ。

 処分とかまでしなくていい。

 ちょっと遊んでいただけだから。」

王子とやらが言う。


「いやしかし、エセル王子、けじめというものがありますので……」

慌てて、警備の人が言い、司祭長も続ける。


「庇う必要はありません。

 こいつは元々、かなりの問題児なのです。

 最近、大人しくしていたので、パーティーにも出席させはじめましたが、それは我々の判断ミスです。

 後ほど国王陛下には、陳謝に伺わねば。」


「父上には、僕から言っておくよ。

 本当に足が滑っただけなんだ。

 それよりお前、さっきの技をもっと見せてみろよ。」


 エセル王子もといエセ王子は、警備員から私の腕をもぎ取って、ぐんぐん引っ張り、会場の隅の方に連れて行く。


 そこで私は、涙目の警備の人を相手に「カンフー」で戦った。


 技を披露したら助けてやるというのだ。

 私もいきなり処分されるのは嫌だから、全力で戦い、気合いを入れるためにお腹に息をためて声を出す。


「アトゥーー!!! ゥオリャ!!  アタタタタタ!!!!!」


 しばらくして、シンとしていた会場は、ようやく動き始めた。


 王立楽団は私の声を打ち消すように、いつもより大きめの音で普段こういう会場では演奏しないような、賑やかで派手な曲を奏で始めた。


 会場の人達は、まだ石のように固まってこちらを凝視している人、あえてこちらを見ないようにして何もなかったように白々しく笑いながら会話を続ける人等様々だ。


 司祭長は、見るに耐えかねないといった様子で、会場を出て行った。


 私や警備の人が疲れ果て、息があがる頃には、王子のお付きと警備のお偉いさんに、ようやく会場から連れ出してもらう。


 元凶のエセル王子は私達を見ながらずっとゲラゲラ笑っていて、


「絶対、そんな面白いやつを処分とかにするなよ。

 やったら、やったやつも同じ目に合わすからな。」

と言い残して去っていった。



 寄宿舎に戻ると、教育係のアリシアと、なぜか師匠のアンバルまでが怖い顔で待ち構えていた。


「お前は、パーティーでいったい何をやらかしたんだ!!」


「王子殿下を、寄声をあげて蹴飛ばしたって聞いたわよ。

 本当に肝が冷えたわ。

 教育係の私まで、処罰されるかと思ったわ。」


「ごめんなさい……、まさか、あのクソガ……いえ、男の子が王子だなんて思わなくて……」


「王子かどうかはともかく、パーティー会場で奇声を挙げて、人を蹴り飛ばす行為自体が大問題だ。」


「でも、あやつ……いえ、あの方は、よりにもよって、私のスカートを捲り上げたんですよ。

 つい、足が勝手に……」


「あなたは、柱をよじ登ったり、階段の手すりを滑り降りたり、おかしな踊りを踊る時には、パンツが丸見えだろうが見えまいが全然平気じゃないの。

 今さら何を言っているの。」


「それとこれでは話が別です。」


「ともかく、パーティーの出席は金輪際禁止だ。

 これから1週間は自室で謹慎して、アリシアの教育をみっちり受け直すこと。

 司祭長に即効で処分されなかっただけでも、とんでもない幸運だったと思うんだな。」


 私はクソガキのせいで、1週間の自室謹慎処分となった。




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