[神殿の回想9]ヤモリのパリィ

 神殿の生活に慣れ始めた頃、私は他の同年代の巫子達と接する機会が増えて来た。


 学校の勉強自体は画面で行うので、接触するのは、授業の合間、神殿の雑用の時や、食堂への出入りの時、優雅な舞の稽古の時等だ。


 女の子達は、いつも数人で集まっては、こっちをチラチラ見ては、クスクス笑いながらしゃべったりしてている。


……何かそんなに、楽しい事でもあるのかな?

まあ、楽しそうだしいいか。……


 ここの子達は、耳が遠い子が多い。

大人しい生活をしていると、そうなってくるのか、女の子というのはそんなものなんだろうか。


 挨拶したり、何か話かけても、みんな答えずにつんと顔を反らしてしまう。


……かける声が小さいのかな……?


 私は顔の前で手を振りながら、ジーナという子の耳もとで、大声を張り上げる。


「すみません!!! 

ここの場所の掃除はどこまで終わっていますか!!」


「ワッッ!! な、何なの。

 びっくりするじゃないの!」


「びっくりさせたならごめんなさい! 

 さっき返事がなかったし、聞こえなかったと思って。

掃除がまだの所があったら手伝うわ。」


「山猿ごときが、手を出す必要はないわ。」


……え、ラッキー。私もう掃除しなくていいの?


 喜んでいると、監督の先生がやって来た。


「あなた達は何を大声で話しているの? 

 このあたりはまだホコリが貯まっているじゃないの。」


「コニーが真面目に仕事をしないんです。」


「山猿は、ここは手を出さなくてもいいと言われたんですよ。

 何なら私、あそこの木に登って余分な枝を落としてきましょうか。」


 先生は怖い顔で私達を睨むと、


「ここは神殿です。

 御神体の不興を買わないように、仲良く仕事をするようになさい。」

と言って、私は残りの掃除を任され、ジーナは先生にどこかに連れて行かれた。



 翌日、学校ではジーナ達女の子数人が、こそこそ集まり、こちらを睨んでいた。


「来たわよ! 山猿。」


「おはよう!」


 話しかけても、やはり返事はない。

 もしかすると、勉強の邪魔をしないための、それがこの教室のルールなのかもしれない。


 私は自分の机に行き、引き出しを空けると、中には紙くずやビニールのゴミが入っていて、中にはヤモリが1匹いた。


……わお、ヤモリだ!


 ヤモリは、冬眠の時期が過ぎると、毎年我が家の窓辺にやってきていた。

 窓ガラスに貼り付いて、明かりによってきた虫を食べるのだ。

 虫を食べる時は結構すばやい。


 わたしは教室の塵取りを取ってくると、ゴミとヤモリを乗せて教室を出ようとした。

 ちょうど入れ替わりに、監督の先生が入ってきた。


「あら、コニーどこに行くつもりなの。」


「誰かが、私にヤモリをくれたみたいなので、部屋に連れて帰ろうと思うんです!」


わたしは先生にヤモリを見せた。


「キャアアアア!!」


先生は悲鳴をあげて、後退った。


「さっ、さっさと捨ててきなさい。」


……別に大トカゲの子とかじゃないんだから、そんなに怖がらなくてもいいのに。


 わたしは他のゴミを捨てて、ヤモリを部屋に連れて帰ると、少し開く窓の外に放して、羽虫を呼び寄せてあげる。


「もしあなたが良ければ、この窓辺に住んでくれるとうれしいな。」


 それからは毎晩、部屋が明るいうちにヤモリはやってきて、私の誘き寄せた虫を食べた。


「天敵に捕まったりしないようにね。」


少なくとも私が部屋にいる間は、鳥や蛇がヤモリの側に来ないようにしておく。


 私は、ヤモリにパリィと名前を付けた。



 それから数日後、教室でジーナと仲の良い女の子の側を通りかかった時、私の前に急に足がつき出されたので、避けるのが一瞬遅れた私は、思い切り踏んづけてしまった。


「痛たた!」


「あら、ごめんなさい。

 急に足を出すと怪我をするわよ」


 私は念のために『痛いの痛いの飛んで行け』をかけようとしたが、オルガという少女は


「勝手に足を触らないでよ!」と叫ぶ。


 監督の先生がこちらにやってくる。


「また、あなた達は何をしているの。」


「コニーが、私の足をわざと踏んで……」


「いや、オルガが、コニーを転ばせようとして、足を突きだしたんだよ。」


 隣にいた男の子が口を挟む。


「なっ、ウィルは黙ってなさいよ!」


「もう、いい加減にしろよ。

 ジーナやオルガ達は、新入りの子が来たりすると、いつも嫌がらせをするんだ。

 ロゼッタも、最近、学校に来なくなったじゃないか。」


「あ、あれはロゼッタが気が弱いからで、私達のせいじゃないわよ。」


「とにかく、一旦静かにしなさい。

 皆、こちらに注目して!」


 監督の先生が教室の皆に呼び掛ける。


「ここは、一般の学校と違い、神様に仕える巫子達が通う学校です。

 嫌がらせのような、神様の不興を買うような事をする子は、罰を受けるし、場合によっては学校には来させずに、もっとつらい労働に回されるかもしれませんよ。」


 教室の皆はシーンとなった。オルガやジーナは青い顔をしている。


「後で、クラスの1人1人に個別で事情を聞きます。 

 隠したり、ごまかしたりしないように。」


 その後、私は先生に別室に1人で呼ばれたけれど、誰かにヤモリをもらったくらいで、別に嫌がらせは受けていないと答えた。


 ただ、これまで気になっていた事は尋ねる。


「ここの女の子達は、挨拶をしたり、話しかけたりしても、半分くらいは返事がないんです。

 もしかして耳が悪い子が多いのか、女の子というのは恥ずかしがりだからなのか、神殿ではあまり声を出してはいけないのか、どれなんでしょう?」


「どれでもありませんよ。

 私からも注意をしておきますから、挨拶したり、話しかけたりを、これからも諦めずに続けていきなさいね。」


 それからは、女の子達には、挨拶したら時々は返事が返ってくるようになったし、話しかけた時にも嫌そうにしながらも答えが返ってくる事が多くなった。


 私は、ウィルやサミィといった男の子達と徐々に仲良くなり、休憩時間に庭を駆け回ってボールを投げたり蹴ったりして遊ぶようになった。


 ボール蹴りは、夢の国でやっていた、落とさずに何度も蹴りあげる技をちょっとやってみると、皆も真似をしてやりはじめた。


 私は、アリシアに女の子がパンツを見せるのははしたないと戒められていたので、スカートの裾をパンツの裾に挟みこみ、服飾課で手に入れたゴム紐を腰と太ももに八の字にして、スカートの裾に巻き付ける。これでパンツ対策は完璧だ。


 そう思ったのに、監督の先生やアリシアに呼び出され、

「そんな見苦しい格好をしてはいけません!」

 と、禁止された。

 いいアイデアだと思ったのに、何が悪かったのだろう。


 教室の中では、芸術院では踊らないような、ダンスを時々披露したり、興味のある子には教えたりもするようになった。


 そのうちに、一部の女の子達も加わって、一緒に遊ぶことが増えてきて、教室の中には笑い声が絶えないようになっていった。

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