[神殿の回想8]リボンよりお菓子
芸術院の舞の稽古に通い初めて、一週間がすぎ、私は巫子の寄宿舎に移された。
アリシアは舎管と共に、しばらくは私や他の子の面倒を見る事になる。
私は最初の日に巫子の皆に紹介された。
全部で60人くらいで、学校に行かないくらいの小さな子は別の施設にいるという。
……わあ、女の子だ! と私は思った。
みんなスカートをはき、髪が長くて、編んだり、括ったり、小さな飾りやリボンをつけたりしている。
中には、数は少ないものの髪が私みたいに短くて、ズボンをはいた男の子もいた。
これまで、女の子の実物を見たことがなかった私は感動した。
……わお、本物はやっぱり可愛いな。……
黒~焦げ茶の髪や目が主体のこの国だが、集まった子ども達の中には 珍しいとされている、薄い茶色や様々な色のブロンドの子がほとんどだ。
青みがかった色やグレー、緑や金色に近い瞳の子もいた。
私は、ロゼッタという女の子と同じ部屋になった。
部屋の両端にはベッドとタンス、机と椅子があり、風呂やトイレは部屋の外の廊下にあり共用である。
部屋の中央は、カーテンで仕切る事ができるようになっていた。
「こんにちは。コニーです!
よろしくお願いします。」
私は元気よく挨拶する。
「こ、こんにちは……」
ロゼッタは、おどおどした小さな声で答えて、目を逸らした。
両親は私の事を、普通の子に比べると、かなり元気がよくて恐いもの知らずだと言っていたから、ロゼッタみたいな子が普通なのかもしれないな。
神殿の毎日は規則的だ。
朝6時に起床させられると、ベッドメーキングや身支度をさせられる。
私は髪がとても短いので、手櫛でちょいちょいだ。ああ、楽チン。
でもこれはアリシアによると、毛染めが色落ちして、髪がのびてきたら全体に伸ばして、カールしたり編んだり、「女の子に見えるように」色々細工をしなければならないらしい。
……何て面倒くさいの!!
私は、男の子になるにはどうしたら良いかアリシアに尋ねたが、彼女は、全くそういう例がなくもないが、色々複雑な検査が長期にわたって行われ、また、少なくとも成長期を迎えるまで、後4~5年は無理だろうと言った。
司祭長は絶対に許さないとも、つけ加えた。
「そもそも、スカートや髪の手入れが面倒くさくて、男の子になりたいとかいうのは、ちょっと違うと思うのよ。
それに、たとえ男の子になったとしても、柱のよじ登りや階段の滑り降りは禁止です!」
……何だ、つまんないの……
身支度の後は食堂で朝食を取る。
3食は、バイキング形式で好きな物を取っていくが、ロボットが供給した食事の量をデータ入力していく。
必要量より食べ過ぎたり、身体に合わない食べ物の時は、強制的に取り上げられるという。
特に舞をやっている場合は、管理がさらに厳しかった。
『こにーハ、昨日、オヤツヲ沢山食べマシタネ。
朝食ノぱんハ、無シデス。』
「そ、そんな殺生な……」
アンバルにこっそりもらうオヤツはバレないようだが、一昨日始めて少額のお小遣いをもらい、通販の利用の仕方を習った時に、お菓子を買い漁って全部食べてしまったのはバレたようだ。
後でアリシアには、女の子用の小物を揃えるためにお小遣いをあげたのに、全部お菓子に使ってしまうとは何事かと、激オコされた。
でも、ハンカチもカバンも文具品も支給品があるし、鏡もタンスについているし、いったい何を買えっていうの?
コンパクトミラーやおしゃれなブラシや髪飾り、カバンに付けるマスコットや化粧ポーチなどには、私は全く興味がない。
いっそナイフが欲しかったのだが、通販では対象外で買えなかった。
週の午前中の、3~4日は交代で学校があった。
大体の年齢で二つに分けられ、授業を受けるグループと、神殿の雑務をするグループに分かれる。
神殿内の建物の出入りは、入り口のセンサーやロボットが判別する。
巫子達は、学校に行く頃になると、左耳の付け根にチップを埋め込まれるので、それを感知するのだ。
感度が悪い時には感知器に頭を近づけるように言われた。
私は特に背が低いので、感知しにくいことも多くて、本当に面倒くさい。でも、あらかじめドアに向かって、ジャーンプ!とかすると、アリシアに怒られるのだ。
学校は特別にグループワークや実験をする時以外は画面越しに、各自課題をやらされる。
私はどうやら、初等科の過程はほぼマスターしているようなので、来年の中等科への編入に向けて復習したり、テスト課題や中等科の予習をさせられている。
ずっと、3歳上のパリス兄さんと一緒に学び、頭の良いカラン兄さんが熱心に教えてくれていたからだろう。
領地にもよるが、この国の2~3等級国民は、5~7歳頃に家庭の躾がそれなりにできていたら任意で初等科に通い始める。
基本は5年で、成績が良ければ飛び級する事もあった。
中等科は11歳頃から5年間の過程だが、入学試験もあるし、わりとお金もかかるので、3等級国民で通う人は少ない。
カラン兄さんは奨学金で通っていた。
両親は、パリス兄さんも中等科に通えるように、頑張ってお金を貯めていた。
初等科の授業内容は、国語、算数、それに、自然科学、情報科学、社会で暮らすための基礎だ。
さらに、神殿の特徴としては、実際に綺麗な字が書けるようにと、「書道」が重視されていて、私はそれに苦戦していた。
……パパッとデータ入力すれば早いのにな……
「御神体に奉納する文書には、美しい字が必要なのです」
と、厳めしい先生は言う。
書道が苦手なのは、私だけではなかった。
書道に関しては巫子たち皆で揃って練習させられる。
芸術院には、書道科のコースもあり、優秀ならそちらにも紹介するという。
……ゲッ、誰が行くもんか。……
学校の無い日は、交代で神殿の様々な雑務を行う。
基本的な掃除はロボットがやってくれるが、細かい部分や段差などの見落としが無いか確認を行い、ロボットの入れない場所は、身体の小さな子どもが入り込んで行う。
炊事も、作るのはロボットや調理人だが、調理人を手伝ったり、盛り付けや後片付けの手伝いを行う。
これは、いずれパーティーに出席するようになった時、偉い方々への配膳や下膳を行うために必要になるらしく、食材や料理の種類、食器や料理の取り扱い方を覚えさせられた。
私は材料の下処理が得意で、ロボットでは処理仕切れない、鶏や魚を捌いたり、小さな野菜を処理していく。
「あら、あなた、食材に対してずいぶん手慣れているのね。」
調理人達は、手伝わせると共に、時々料理の味見をさせてくれるようになった。
服飾は、基本の洗濯はロボットの管理で、依頼された洗濯物のシワを伸ばし、服についているセンサーチップで個人への返却を行う。
私たちは、返却される服に不備が無いか、ボタンや刺繍等の飾りが取れていないかを確認し、必要があれば修繕する。
そして、格の高い服の見分けかたや取り扱いかた等も同時に学んだ。
昼食を食べた後は、これまでのように、優雅な舞とアンバル師匠の舞を習いに行く。
アンバルは相変わらず厳しく、基本動作や筋力トレーニング、受け身の練習しかされてくれなかった。
練習後は汗だくになるので、私は練習場の隣でシャワーを浴びて寄宿舎に帰る事が多かった。
夕食の後から21時の消灯までの僅かな時間は、自室で自由に過ごしてよいが、映像を見たり本を読んだりしかする事がない。
同室のロゼッタは、部屋に居ても布団に潜り込んだりして、話しかけてくる事はなかった。
めったに学校や雑用でも会う事がない。
夜になって寂しくなった時は、私は夢の国に遊びに行く。
ようやく以前の感覚に戻って、自由にアクセスできる世界が増えていた。
今習っている優雅な舞は、夢の国でも、似たような舞があったので、コツがつかめるように踊っている人に憑依しておく。
でも、私はふと思う。
夢の国には行けるのに、どうして一番行きたいと思っている山の家や家族の所には、自由に飛んで行けないのだろう。
夢の国は色鮮やかで、全身の五感で感じる事ができるのに、どうして山の家や家族のことはおぼろげにしか思い出せないのだろう。
父さんや母さん、兄さん達に会いたいな。
ここには寂しい時に抱きしめたり、手を繋いで歩いてくれたり、楽しく遊んでくれる人は誰もいない。
そう思うと私は悲しくなり、布団の中でこっそり泣いた。
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