[神殿の回想7]舞の稽古とアンバル師匠

私は、神殿の生活にある程度慣れるまでは、しばらく個室で生活し、アリシアが面倒を見にくることになった。


 個室は、治療院にいた時の部屋によく似ていて、窓はあったけれど、ストッパーがかかっていて、10cm くらいしか開かないようになっている。


 それに、私にはセンサーが埋め込まれているので、逃げ出してもすぐにばれると、アリシアは言う。


 掃除、洗濯、配膳はロボットが毎日部屋にやって来る。

 シャワーをあびる時は、アリシアにシャワー室に連れていかれる。


 身の回りを片付けたり、身支度を整えたりはこれまでも自分でやっていたので、特に不自由はない。

 ただ、スカートにはなかなか慣れなかった。


アリシアに、

「そんな格好をして、はしたない」

とすぐに小言をくらうのだ。


「椅子に座る時には足を開かず、揃えて座りなさい。

あぐらをかくなど、もってのほかです!」


「動く時には、スカートがめくれないように気をつけなさい!」


 しまいには、木登りや建物の柱によじ登ったり、せっかくここに来てから見つけた楽しみである、階段の手すりを滑り降りる行為も禁止されてしまった。

 お尻で滑ったり、お腹や背中で滑ったり、時には逆さに滑ったり、楽しかったのなー。

 

 あー、女の子って面倒くさ。

 もう、男の子でいいよ。


「危険な生き物から身を守るためには、木登りはとても大切なのよ。

 アリシアさんも念のために習っておいたほうがいいと思うわよ?」


「危険な生き物が、この神殿のいったいどこにいるというの?」


「んー、それは、司祭長とか、リーゼさんとか、司祭Bとか……」


「それは、木登りで撃退できるというの?」


「……難しいか……。

 別の手段を考えたほうがいいのかなあ……。」



 次に、神殿を大まかに案内される。

神殿はとても広くて、付属の施設がたくさんある。


 正面の御神体が鎮座する祭壇は、長い階段の上にあって、上級の司祭しか入ることが出来なかった。


 祭壇の前はとてもとても大きな広場があって、月に1~2回行われる音楽や舞、演劇等の奉納の際には、会場が設置される。


 雨の日や上級国民向けの催し用には、側に劇場も設置されていた。


 劇場の建物では、定期的に上級国民のパーティーが行われることがある。


 他に、司祭や巫子達、職員が仕事や生活をする場所、王立芸術院、闘剣の訓練所、初等科と中等科の学校、美術館、図書館等様々な施設があった。


 少し離れた場所には、私が始めに連れて行かれた神殿付属の治療院があり、さらに遠方には、王宮、王立大学や大学付属病院等があるという。


 これらの設備は王都の端の方にあって、政治や経済の中心である街の中央はもっとにぎやかだということだ。


 この付近は山が側にあり、自然も豊かだとアリシアは言うけれど、私にとっては、全然物足りなかった。



 次にアリシアは神殿で生活している人を説明する。

 まずは司祭だが、何度も会っているし、これは分かる。

濃い青のローブを着て偉そうにしている人達だ。

 

 他に時々来客として上級国民が神殿を訪れる事があるが、身なりが良いので慣れれば分かるらしい。


 これらの人達に対しては、基本的は道の端に寄って、邪魔をしないようにお辞儀をして通りすぎるのを待つようにと言われた。


 他の大人達は先生や警備員、施設の職員等だが、私にとってはやはり皆目上に当たるので、会釈をして道を譲る。



 また、神殿にいる子ども達は大きく3つに分けられるという。


 まずは、1等級国民の子女で、教養のために王立芸術院で学んでいる子達だ。

 学校の勉強も、芸事も個人教師につくのがほとんどなので、基本的に交流はない。

 こちらからは関わらず、もし話しかけてきたら丁寧に対応するようにとの事だった。

 通学が多いが、寄宿舎に入る場合は特別な建物に住み、付き人等が世話をしているという。

 制服は無く、服装や行動は自由との事だ。


 次は、2等級国民の子女で、国から才能が認められた子達だ。

 学校にも通いながら、芸術を中心に学んでいる。

 ほとんどが寄宿舎に入っているが、私達とは別棟だった。

 制服は水色を基調とした、白や紺の飾りがついた服だ。

 月の祭事で御神体に捧げるために、舞台で発表する時には、この子達がソロで中心になることが多かった。

 団体での練習では、一緒になることも時々あるが、普段の交流はまれで、やはり丁寧に接するようにとの事だった。


 最後は私のように連れてこられたり、何らかの才能があって、実家や孤児院から引き取られたりした子達だ。

 神殿に仕える巫子として、日替わりで掃除や洗濯、食事の準備や片付けなどを行ったり、学校で学んだりする。

 干渉力がある子は、特別な祭事を手伝うこともあった。

 儀式で奉納するために、舞、音楽、演劇、絵画や彫刻、詩、闘剣等から得意な事を学ばされる。

 巫子は20歳以下がほとんどで、他所に引き取られたり、大人になれば神殿や王宮の職員になったり、才能があれば芸術院の先生や付属の学校の教師になる事もあるらしい。

 時には様々な領地に赴任する事もあるという。

 7割くらいが女の子で、男女は別の寄宿舎で暮らし、制服は茶色が基調である。


 アリシアが言うには、実家より良い暮らしができて、高度な教育を受けられるため、普通は親が喜んで神殿に子どもを差し出すそうだ。

……そんな事を言われても、私には適応しないでほしい。


 神殿を案内された翌日、私は芸術院に連れて行かれた。


 まず、舞の専門過程の部門に行き、身体にピッタリしたタイツや服を着せられる。

 身長、体重に手足の長さ、身体の柔らかさ、筋肉の付き方などを調べられる。


 何か舞ができるか尋ねられ、私は元気よくヒップホップを披露したが、すぐに止めさせられた。


「そんな、猿のような踊りをしてはいけません。

 優雅に蝶のように舞えるように、これから毎日練習しなさい。」

と言うのだ。


 この人達、ダンスの素晴らしさが分かっていないんだな。

 よし、これから普及活動に勤めよう。

将来は、ダンスの先生を目指すのだ!

 全く懲りない私は、密かな野望を持った。


 それからは、毎日舞の練習が始まった。

 最初は、柔軟で身体を整え、基本となるポーズや身体の動かしかたを練習していく。

 まずは、バランスを崩さず、優雅に、身体の重さを感じさせないように動く事が肝心だとの事で、なかなか踊らせてもらえない。


 退屈した私は休憩時間に、身体を支えるバーの上を歩いてみたり、よじ登って尺取り虫のように移動してみたり、コウモリの真似をしてぶら下がってみたが、舞の先生に

「そんな事をする子は、前代未聞です!!」


と、大目玉を食らい、後でアリシアにもみっちり怒られた。



 数日後、私はアンバルという別の特殊な舞の先生の所に連れていかれた。

 何でも、最初は

「もう3人いるので、これ以上弟子をとる気はない」と断られたそうなのだ。


 しかし、神殿からの命令で私が連れてこられた。


 アンバル師匠は、冷ややかな顔と目をした、男性にしては小柄だが筋肉質な人だった。

 長めの栗色の髪は後ろで、一くくりにしている。

顔立ちは繊細で、筋肉がなければ女性にも見えるかもしれない。


 他に、やや大きめの子2人が練習をしていて、マットの上で宙返りの練習をしたり、ピョンピョン跳ねる布の上で飛び上がっては回転したりしている。


 わあ、楽しそう! 

これなら、私も怒られずにできるかもしれない。


 嬉しくなって、早速バック転をしようとすると、


「この馬鹿もの!! 

 何を勝手な事をしているんだ!!」


 アンバルはビクッとするような大声で怒鳴りつけた。


「ごめんなさい。

 見ていたら私も宙返りがやってみたくなって……」


「基本もできていないのに、勝手な事をするんじゃない。」


 それからは、逆立ちも宙返りも許されず、片足でバランスを崩さずにずっと立ち続けたり、棒に長時間ただぶら下がり続けたり、床に書いた線の上をまっすぐ歩いたり、片足飛びで移動する事を繰り返させられた。


 後は受け身の練習だ。

 マットの上に、わざと倒れて、怪我をしないように体勢を取る。

アンバルに放り投げられる事もある。

 合間には腹筋、背筋、スクワット等で筋肉を鍛える。

 そんな練習が延々と続いた。


 アンバルは、優雅な舞の先生などよりはるかに怖くて、少しでもバランスや体勢が崩れると、すぐに大声で叱責が飛んでくる。


「ついてこれないと思ったら、いつでもやめてもいいんだぞ」


 何かある度に彼はすぐそう言った。


 練習はつらいけれど、疲れてぐったり動けなくなった時には、アンバルは時々ジュースやお菓子を分けてくれる。


 先に習っている弟子達は、様々な宙返りを連続で飛んだり、天井から釣り下がったロープにつかまって、くるくる回ったりスイングしたりして、それはそれは格好いいポーズを決めるのだ。


 せっかくなら、私もあれくらいできるようになりたいな。


 私は、もうちょっと頑張ってみようと思い、毎日優雅な舞の稽古と、アンバル師匠の元に通うことにした。


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コニーは餌付けされたわけではありません。

ええ、決して…… (ー_ー;)


神殿とその周辺のイメージは、メキシコのティオティワカン遺跡のような感じですが、なかなか表現するのは難しいですね。

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