[神殿の回想5]ラーメンおじさん

 次の日には、私は瞑想室という所に連れて行かれた。


 部屋の中は甘くとろんとした中に、微弱な刺激の混じった香りが漂っている。

 司祭A、Bはマスクをしている。 


 あまり嗅がないほうが良さそうだなと思いながら、香りはじわじわ私の脳髄に浸透していた。  


 司祭Aが私に静かに問う。


「さあ、お前は何ができるかな。

 失われた大古の記憶を探ることも可能かもしれん。」


 もう1人は、これまでにもあれをやれ、これをやれとうるさく言ってきた司祭Bだ。


「さあ、コニー、今お前が一番やってみたいことをやってみろ。

 深層意識の中で、要求するデータベースに近づき干渉するのだ。」


……何を言っているのかよく分からない。

そう思いながらも、何となく今一番やってみたい事を考えてみる。


 家族に会いたいな……

でも、それは無理で危険な事だ。

 この人達には、何がなんでも家族の情報を洩らしてはならないという事は、私の心の奥深くに染み込んでいた。



 家族に会う以外でやりたい事と言えば……

それはもちろん、夢の国で美味しいご飯を食べる事だ。


 神殿に来てからは、反抗しなくなった後は栄養剤だけでなく、食事も与えられるようになったが、何となく味気なく感じられてあまり美味しいと思えなかった。


 夢の国へ飛んで行くのも、できなくはないが、山の家にいた時と同じようにはいかなかった。

 何というか飛んで行く場所や入り口が変わってしまって、面白くもない体験に引き込まれそうになるのだ。


 これまでのようにやりたい事にアクセスするのには、慣れるのに時間がかかりそうな感じだ。



 そんな中で、波長が合うというのか、山の家から引き続いてスムーズにアクセスできる人が1人いた。

それが「ラーメンおじさん」だ。


 ラーメンおじさんはラーメンが大好きで、とてもこだわりを持っていて、色々な所に食べに行っていた。


 派手な飾り付けがされた店や、モノトーンでシンプルに統一された店、何だか油で汚れたあまりきれいとはいえない店など様々だ。


 食事をする時も、店主や周りの客と楽しくしゃべりながら食べたり、なぜか店のおじさんに鋭い目で睨まれながら食べたり、1人で食べられるように周りを壁で仕切っている店で食べる事もあった。

 時には大きな会場に様々なラーメンが並んでいて、順番に食べていく事もあった。


 ふわふわした意識の中で、今日も私はラーメンおじさんについて行く。


……今日は何かな。

久々に、ちょっとコクがあってとろみのあるスープ、細くてこしのある麺に、トロトロに溶けそうな肉や玉子が乗っている

『トンコツラーメン』が食べたいな。

わあ、涎が出てきそう……


 しかし、私の期待を裏切って出てきたのは、極あっさりスープでネギが沢山乗っている

『ワフウラーメン』だった。

肉は薄切りだし、玉子も乗っていない。


……ええ、ひどい裏切りだよ。

せめて、今日は『ミソラーメン』にしようよ!…… 

私は心の中で叫んだ。



「……おい、おい!」

誰かが私の肩を揺する。


「え、なあに?」


「それで、今、お前は何を感じているのだ?」


「ひどいんですよ。

 私は『トンコツラーメン』が食べたかったのに、ラーメンおじさんは『ワフウラーメン』を選んだんです。

 絶対今日は、こってりスープにトロトロお肉と玉子の気分だったのに」


 夢の国の話はしてはいけないと、両親にきつく言われてこれまで守ってきていたが、香の効果のためか今の私は饒舌になっていた。


「らーめんとは、一体何の事を言っているのだ?」


 そして、私はラーメンの素晴らしさについて語り始めた。


 スープにもそれは色々な種類があって、黒かったり白かったり、コクがあるのにまろやかだったり、薄味だが奥深い味わいがあったり、時にはピリッと辛口だったりする。

 麺も太めや細め、縮んでいるかどうかや硬さでもスープとの相性が変わってくるのだ。

 乗っている肉や具材も歯ごたえや味付けが様々で……


 私は表現力の乏しい子どもの言葉で延々と語り続けた。

これまで、家族にも伝えられなかった熱い思いがほとばしった。



「……もういい。

 食べ物の事を言っているのはわかった。

 せめて、理解のできる言葉で、その作り方について説明しなさい」


 作り方といっても、ラーメンおじさんが自分で作るわけではない。

 おじさんの記憶も大抵が店の前が一瞬、その後はラーメンが提供されてくるあたりから始まるので、作り方もあまり見聞きしてこなかった。


 私はもう一度夢の国を探る。

……ラーメンの作り方、と……


 再度登場したおじさんは、色とりどりの品物が並ぶ店の中に立っていた。


「ああ、ここがラーメンはくぶつかんだな。」


 そう言うとおじさんは、いくつか品物を選んでお金を払い、そのうちの1つを取り出した。

 そして、店の奥に置いてある機械からお湯を注いで……


「えーと、入れ物に入ったラーメンに、お湯を入れて作るみたいです。」


「……それはただの簡易食ではないか。」


「駄目だな、これは。

 干渉力はありそうだが、食い物に捕らわれすぎていて、コントロールもきかん。

 そもそも、神殿の領域でこういうデータに干渉する事自体、普通は無いのだが。

 もう少し成長すれば、古代の技術や儀式について接触できるかもしれないがな。」


「いずれにしても、現時点では高価な香と時間の無駄だ。」


 私は、夢の国についても落第判定をもらったのだった。

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