[神殿の回想2]痛いの痛いの飛んでいけ

 2人の女によって、鉄格子から引きずり下ろされた私は、ベッドの上に抑えこまれた。


「全く、とんでもない山猿だわ。

 扱いには、気をつけて。」


 リーゼと呼ばれた女が、銀色の小さな棒を私に押し付ける。


「いたっっ!!」


 金属の棒が触れた場所からは、ピリッとした痛みのような刺激を感じた。


「言うことを聞かなければ、どんどん、もっと痛くする事もできるのよ。」


 リーゼという女は、銀色の棒で、ちょんちょんと私をつついていく。


 私は、心の中でひたすら、

『痛いの痛いの飛んでいけ

 痛いの痛いの飛んでいけ

 痛いの痛いの飛んでいけ……』

と、唱えていた。


「この子、意外に根性があるようね……

 いや、野生児だから鈍いのかしら。」


「この子から聞き出せないようなら、どうする? 

 見つけた場所を重点に、辺りを捜索してみるの?」


 そこで私はギクッとした。

 この人達は、私だけではなく、家族も探しだそうというのだろうか。


「まあ、変異種だし、本人にどれくらい干渉力があるか次第ね。

 家族にも変異や干渉力がある事のほうがまれだし。

 兄弟は普通種そうだったわ。」


 私は子どもなりの頭で一生懸命考えた。

 これからの私の行動次第では、下手をすると家族も巻き添えをくう事になるのかもしれない。


 一旦、この人達の言う事を聞いた振りをして、様子を見ながら行動したほうがいいのかな。


「幽霊おばさん、いい加減にご飯を下さい。

 私、育ち盛りなんです。

 それに、おばさん達が私にしたい事や聞きたい事はいったい何なのですか?」  


「おばさん?! 失礼な子ね! 

 お姉さんと言いなさい!!

 それに、何て図太い子なの。」


 リーゼが青筋を立てて私に詰め寄る。


……呼び方とか、どうでもいいんだけどなあ……


 そんな事を考える私に、2人は色々と聞いていった。


「あなたの名前は?」


「コニーです。」


 これは、兄が読んでいたから隠すのは難しいだろう。

 でも、正式な名前までは教える必要はないだろう。


 次は両親や兄弟の名前。

私は思い出す振りをしながら、父親は「タロウ」、母親は「ハンナ」だと答えた。

 夢の国もしくは、母の物語の中に出てきた登場人物の名前だったと思う。


 捕まった時に、パリス兄さんが一緒にいたので、兄弟がいることはばれている。

 兄さんとも呼んでいたし、パリスの存在を隠すのは難しいだろう。


「一緒にいた兄弟の名前は?」


「一緒にいたのは、ビビリス兄さんです。」


「他に兄弟は?」


「え? いませんよ。」


「本当に?」


 リーゼが銀の棒をつかんで、私の顔に近づけようとしながら聞いて来る。


「産まれる前や、赤ちゃんの時に死んだ兄弟なら、何人かいるようです。」


 これは、本当の話だ。

 両親は、少し山を登った見晴らしの良い場所にお墓を作り、四季の折りには兄さん達や私を連れて、お参りをしていた。


「他に祖父母等の親類は?」


「多分、いないです。

 私が産まれる前の災害とかで亡くなったみたいです。」

 これは、半分本当で半分は私も良く知らない。


「生年月日と歳はいくつなの。」


「テラカルタム暦980年6月20日産まれの7歳です。」


「7歳にしては小柄ね。」


「でも、受け答えを見る限りでは、もっと歳上にも思えるわね。」


「確かに、歳の割には、ずいぶんしっかりしているというか、図太そうだけど……。

 治療院で検査を受ければ、年齢についてはある程度のことが分かるでしょう。」


 少し大人しくなった私は、簡素なパンとスープを与えられた。


 その後、頭の上から透明のビニール袋のような物を被せられると、小部屋を出され、無機質な人通りの少ない廊下をいくつか通って行った。

 途中で少しだけ小さな飛行車で移動する。


 被せられた袋は頭の上の方に通気口みたいなものがついていてブンブンうるさいし、足元もモサモサして歩きにくい。


「ここが神殿の治療院よ」

私達は裏口から入る。



「ある程度は、依頼書に入力した通りよ。

 後で追加情報を加えておくわ。」


 リーゼが、対応に出てきた事務員や看護師に、

昨日、野山で捕らえてきたこと、

全身の状態や伝染病などの病気を持っていないか調べて欲しいこと、

干渉力を持っているかもしれないので、手をこまねくようなら、すぐに緊急通報すること、

などを説明する。


「見た目と違って、かなり狂暴で図太そうだから注意してね。」



 その後、私は治療院の看護師に引き渡され、まずはシャワー室に連れて行かれた。

 そこで私は服をすべて脱がされ、防護服を着た看護師に身体中をごしごしと遠慮なく洗われる。


 洗った後はパジャマを着せられて、様々な検査をされた。



 最初は血液と唾液や皮膚の一部、尿や便の一部を採られる。


 そして大きな針のような物で、左耳の後ろに、生体センサーというものを埋め込まれた。


 あちこち針でブスブス刺されても、

『痛いの痛いの飛んでいけ』と念じれば我慢できる。


 それよりも、液体の下剤を飲まされた後に、おまるで排泄するように言われたほうが恥ずかしくて辛かった。

 でも、言うことを聞かなければ、お尻の穴に器具を入れて採取するというので、仕方なく言われた通りにする。


 その次は丸い小さな部屋に入れられて、中央に設置された台に横たわるように言われる。


「ちょっと音がしたり、光が当たったりするけれど、痛くないからじっとしているんだよ。

 動いたりすると、検査に時間がかかるだけだからね。」


 検査担当の人はそう言って、私を簡単にベルトで固定した後は部屋を出て行った。


 その後は、ドンドンカンカン音がしたり、赤や緑の筋のような光が身体を次々照らしたり、私を取り巻く壁がグルグル回ったりする。


 30分程たって、私は部屋から出されて、違う小部屋に案内された。



 その部屋は、私が今朝までいた部屋に似ていたけれど、窓も鉄格子もなかった。

 天井にはライトがついていて、部屋全体は明るく、明るさは調整できるようになっていた。

ベッドのマットや毛布も柔らかく、水の出る洗面台や壁で仕切ったトイレもある。

 テーブルの上にはコンピューターの画面もあった。


 私を案内した看護師が言った。


「あなたは、知らない病気にかかっているかもしれないから、検査結果が分かるまでは、他の人に移さないように、2~3日はここで過ごすの。

 何かあったら、そこのボタンを押しなさい。

 画面越しに応答するから。

 機械を操作すれば、動画を見たり本を読んだりもできるからね。」


「私は、家に帰してもらえないの?」


「ごめんなさいね。

 私にはそれを決める権利がないのよ。」



 そうして私は、3日間をその部屋で過ごした。

食事は3食、それなりに満足して食べられる物が提供され、着替えや身体を拭く布も毎日渡される。部屋の掃除には毎日ロボットがやって来た。


 幽霊おばさん達と違い、検査が済んだ後は治療院の人達は親切だった。

 画面越しや防護服を着ての対応だが、時々話相手もしてくれる。


 私は家族やガーズィーおじさん達以外と、話をするのは初めてだった。


 そして毎日、学校の先生とやらが画面越しに私に話かけて、色々質問したり文章を書かせたり、計算をさせたりする。

 私は両親やカラン兄さんに習った事を答えていった。

 兄さんが学校で習っていたことだもの。

別に何も隠さずに知っている事を答えても大丈夫だろう。


 4日目になって、お医者さんに全身を調べられた後は、私はまた全身を洗われて、茶色の裾の長い服を着せられる。


……なんだか、足がスースーして、布が絡むし、動きにくい服だな……


 そして、最後には病気の予防のための注射をされる。

『痛いの痛いの飛んでいけ!』

 本来は鼻の粘膜から吸収させるらしいのだが、一気に色々な種類を投与するので種類が多く、今回は注射になったらしい。


1ヶ月後、2ヶ月後にも違う種類の注射をするそうだ。


 部屋の外には、幽霊おばさん達が待っていた。


「迎えに来たわよ。

 これから司祭様達に会いにいくのよ。」


……嫌だな……

お家に帰れないなら、せめてここの子になりたいよー。

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