[神殿の回想1]幽霊と鉄錆び

 パリス兄さんと遊んでいた途中で、急に拐われた私は、気がつくと小さな部屋の硬い板のベッドに寝かされていた。


……ここどこ……? それより、兄さんは? 


 私は飛び起きた。


 私が車に押し込まれた時に、兄さんは

「コニーを返せ!!」

と叫んでいたから、一緒には拐われていないはずだろう。


 何とか、隙を見てここから逃げ出せないだろうか。


 私は周りを見渡してみる。

私の寝ていた固くて小さなベッド。

木の板の上にボロボロの毛布が2枚置いてある。

虫食いや毛玉だらけだが、一応洗濯はされているようで今は虫の気配はしない。 


 部屋の隅にはトイレがあり、横にはバケツが一つ置いてあった。

バケツの中には水が入っており、へりには布がかかっている。


 トイレと反対側の小さなテーブルには、水の入った瓶と、コップが置いてあった。


 私は喉が渇いていたので、コップに水を入れて飲んでみる。


……なんだか美味しくない水だな。不味くはないけど、味も匂いもしないや。


 山の家では、家の裏の湧水を飲み水や料理に使っていた。

 湧水は、森の爽やかな味や匂いがして、人工的なジュースより美味しく思える事があった。


 渇きを満たした私は、再度周りを見回す。

扉のある壁、扉と反対側の壁や天井、床は、硬いコンクリートでできている。

 それ以外の左右の壁は、レンガの様な素材が組み上げてあった。

部屋を仕切るのに、レンガを使っているのかな。


 壁の上の方には明かり取りの窓があって、鉄格子がはまっていた。

 時々風が吹き込んでくるが、あえて窓ガラスや締め切る扉は設置していない様で、虫やネズミも入ってきそうだった。


 外はもう暗くなってきており、部屋も徐々に薄暗くなり始めていた。


 あの窓から逃げられないか試してみようかな。

 私は物を壊したり分解したりするのが得意だ。

何か物があると、中身や構造がどうなっているのか気になって仕方なくなるのだ。


 家族には密かに『ハカイダー』と呼ばれていた。



 私が格子を見上げていると、扉の外でガチャガチャ音がして、ギシギシと重い音を立てて扉が開いた。


 中に入ってきたのは、最初に私を拘束して捕まえた女と、知らないもう1人の女だった。

女が持っているライトが部屋を明るく照らす。


「あら、目が覚めたのね。」


「1人ぼっちで心細くなったでしょう?

 さあ、これから私達の言うことを良く聞いて、言うとおりにすれば、もっと明るくて、フカフカのベッドのある部屋に行って、ご飯も食べさせてあげるわ。

 どう? 言うことを聞く?」


「聞くわけないでしょう!! 

 私を早く家に返してよ。

 無断で人を拉致や監禁をしたら刑法で裁かれるのよ!」 (と、カラン兄さんが言っていた)


「なっっ!! 

 それは3等級国民の話でしょう。

 神殿には関係ないわ。」


……しんでん? 死んでん?

この人達、死んでるの? 

幽霊というやつなの、それは可哀想に。


「それはどうも御愁傷様です。

 でも、私、幽霊の言うことも聞く気はありません。」


「はあ? この子一体何を言っているの?」


「連れてこられたショックで、混乱しているのかもしれないわね。

……もう少し頭が覚めてから、話を聞いたほうがいいんじゃない?」


「……ともかく、詳しい話を聞くのは明日にするわ。

今日はここの、硬いベッドで1人で寂しく過ごしなさい。

 明かりもこれだけよ。

 食事は言うことを聞くようになるまでは、栄養剤だけよ。」


 女達はそう言って、飲み物の入った容器を置いて出ていった。



 暗くなった部屋のなか、灯りは女達の置いていった小さなライトだけだ。

せいぜい手元を照らすことができるくらいである。

 しかし、私は山育ちなので、暗闇にはそこそこ慣れている。


 家全体のエネルギーは父が調整していて、冬場等に暖を取るためのエネルギーが不足する時は、灯りを節約する事もあった。

 少しの灯りがあれば、私にとってはさほど不自由というわけではない。


 女達が置いていった飲み物は、少し人工的な甘い味がして、飲めなくはないけれどさほど美味しい物ではない。

 しかし、今日はご飯抜きらしいので、いやいやながらも飲んだ。


 ご飯抜きは辛い。

 両親や兄は私がどんな悪さをしても、食事を完全に取り上げることはしなかった。


 収穫が少なくて、冬場に家全体の食料が乏しくなった年には、家族皆で話し合い、体重あたりや労働力のカロリーを計算して、できるだけ栄養素の必要量が均等に配分されるように調整していた。

 飢えるまではいかなくても、両親や兄弟もひもじい思いをしていることを示されると、私は子ども心なりに、限りある食べ物については適切に分け与えるルールを守らなければいけないことを学んだ。



 ここからどこか遠い部屋からは、怒鳴り声や悲鳴がうっすら聞こえてくる。

映画でも見ているのかな……


 怖い映画は見たくないし、お腹も満たされない私は、早々に寝て、夢の国で美味しいものを食べる人に憑依する事にした。


 だが、なぜか夢の国にはうまく飛んで行くことができなかった。


 夢の国らしき所にはたどり着くのだが、難しい文字で書かれた画面を触ったり、良くわからない沢山の機械をいじったり、画面で写し出された沢山の人に話しかけてやり取りをしたり、数人でもったいぶった動作を繰り返したりするのだ。


 お腹も満たされないし、全然面白くない!


 私は、試行錯誤を繰り返して、ようやく昔から馴染みの「ラーメンおじさん」にたどり着くことができた。

 その夜はおじさんにくっついて行って、美味しい海鮮ラーメンを満喫したのだった。



 翌朝、辺りが明るくなって目を覚ました私は、鉄格子の窓にたどり着くことを考えていた。


 鉄格子の窓は、扉の反対側の壁の上の方に、2つある。

 うち一つは端の方にあり、部屋を仕切る左右のレンガの壁に、端のほうが埋まっていた。


 私は小さなテーブルを部屋の隅に持っていき、靴を脱いでよじのぼる。


 壁の四隅は、一面はツルツルした石だが、もう一面は、レンガでできていて、わすかにでも、手や足がかかりそうな場所がある。


 私は石の壁の方には手足を突っ張って身体を支え、レンガの壁のほうには少しでも手や足がかかりそうなポイントを探して手足をかけて登っていく。


 ようやく、格子に手が届いた私は、窓の格子に飛びついた。


 格子は触ると、細かい赤茶けた粉が手に付着する。

……んー、これは「カビ」だったっけ。

「錆び」だったっけ?


 とにかく、物を破壊していくという意味では同じだな。


 カラン兄さんが教えてくれたのは、「カビ」はバイ菌が沢山繁殖して物を腐らせていく。

 でも、カビには時々、人間の役に立つ物もあって、色々利用する事もある。


 一方、「錆び」は、硬い金属を、徐々に壊していくものだ。

 特に鉄は、水と酸素が原因で、侵食を受けて徐々に破壊されていく。


 コニーは鉄格子を次々揺さぶっていった。

びくともしないものもあれば、若干ぐらぐらしているものもある。


 コニーは、一度バケツの所に戻り、濡らした布の水を格子にかけて、空気中の酸素を集めていった。


『錆びろ! 錆びろ! もっと錆びろ!』   


 これで少しは、ぐらぐらの鉄格子が、もっと緩くなって外れてくれるだろうか。

 んー、でもやっぱり硬いな。なかなか難しい。

錆びは増えているかもしれないけれど、かなり時間がかかりそうだ。

 もう少し効率的に破壊するには、別の方法を考えたほうが良いのかもしれない。


 格子に細工をしながら、夢中でガチャガチャ!

とやっていると、急に扉が開き、昨日の女2人が部屋の中に入ってきた。


「ちょっとあんた!! 

 いったい何をしているの!!」


「怪我をしないうちに、早くそこから降りなさい!    

 全くリーゼときたら、こんな山猿を、いったいどこから捕まえてきたの!?」

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