間話【幼年期5】大トカゲとの対決
今日も私と兄のパリスは、掃除や畑の収穫など簡単な家の手伝いをすませると、山の中に遊びにきていた。
そろそろ秋の実りの季節で、山ブドウやアケビなどの果実、栗などの木の実、山菜、茸などが収穫できることがある。
それ以外にも、昔飢饉の時に植えられた、芋類の一種や、若い枝や根の一部を食用にできる木などもあるけれど、美味しいものではないのでよほどの事がない限り、積極的には採集しない。
果実類も、家の側で手入れをしているものに比べると甘味も乏しく可食部分も少なくて、物珍しさやお腹が空いている時などにつまみ食いをする程度だった。
最近の大きな目的は栗拾いだ。
山の動物達や虫に先を越されないように早い者勝ちで確保である。
皮剥きはちょっと大変だが、ホクホクの炊きたての栗御飯や、甘露煮などが楽しみな時期である。
とりあえず、私の大きな役目は、毒蛇や毒蜘蛛、大型の獣が近づいてこないように、
『あっちに行け、こっちに来るな』
と心のなかで念じることだった。
特にこれからの時期、冬眠前に備えて食料を確保するために、熊が人里近くまで下りてくる事が多くなるらしい。
先日も何度かガーズィーおじさん達と狩りに出かけて、この近くの熊や猪は仕留めたけれど、他所からやって来るかもしれない。
山の生態のためにも全てを狩り尽くしてしまうわけにはいかない。
栗を見つけると、イガを踏んづけて、中身を確認する。
虫喰いがひどくなさそうであれば、火箸で摘まんで籠の中に回収していく。
今日は沢山の栗が落ちていたが、その分虫喰いも多く、私と兄は選別するのに夢中になっていた。
その時、ゾワッと背筋が寒くなった。
嫌な予感がして見上げてみると、少し先の岩影に2mは超えそうな大きな灰色のトカゲがいて、こちらを見つめていた。
「兄さん! トカゲがいる!!」
私も兄も大トカゲの実物を見た事がなかった。
普通は山里に近い場所に生息しないように退治されているからだ。
しかし、危険な生き物なので特に注意するようには教えられていた。
今回、近づいてくるのを見落としたのは、トカゲに慣れていないためか、感知しにくい生物なのか、いや、栗拾いに夢中になって、油断していたせいなのか。
『あっちに行け!』
私は強く念じるが、トカゲにはあまり通じないようで、こちらに近づいてくる。
「コニー、早く逃げろ!!」
兄は、とっさに火箸をかざして私とトカゲの間に割り込む。
私は急いで、近くの木に駆け寄りよじ登った。
兄はトカゲの注意を私から逸らそうとして、違う方向に駆け出すが、後を追うトカゲは太い脚とずんぐりした身体に似合わず、思いのほか足が速い。
兄は必死に逃げるが、逃げた方向は薮ばかりで避難できる手頃な木がなく、すぐに追いつかれそうになる。
私は必死に、トカゲにどこかに行ってくれるように念じるが、トカゲは兄のことしか目に入らないようだ。
兄は低めの木に飛び付くと、急いでよじ登った。
しかし、高さが足りないのであまり上には行けず、迫ってきたトカゲは、兄の片足に食らい付き、履いていた長靴がもぎ取られる。
このままでは、兄がトカゲに食べられてしまう。
焦った私は、届きはしないものの、手近な枝を投げつけながら、注意をこちらに引こうとする。
『兄さんの所から離れて! こっちに来い!!』
トカゲは赤い舌をチロチロと出しながら、こちらを振り返った。
退散させるのは無理でも、気を引くことはできるようだ。
私がトカゲの気を引いて呼び寄せている間に、兄は警笛の緊急通報を鳴らし、木の上の方に登ろうとするが、先の枝は細くてこれ以上は無理な様子だ。
緊急通報は家族に届いただろうか。
母とカラン兄さんは日中は畑に出ていて、通報を感知するセンサーは多分持っているはずだけれど、父は仕事に行っているかもしれない。
母とカラン兄さんだけではトカゲを撃退できないのではないだろうか。
警備隊が来てくれるとしても、こんな山奥ではものすごく時間がかかるだろう。
それからは、私とトカゲのにらみ合いが続いた。
トカゲはパリス兄さんを諦めていないようで、気を抜くとすぐに兄の方に向かおうとする。
兄は足を噛まれて血が出ているようだし、木にしがみつくのに必死で弱ってきているみたいだ。
焦る気持ちの中、しばらくすると、カラン兄さんが空気銃を構えて飛び込んできた。
カラン兄さんはまだ大きくなりきっていない身体には大きめの銃を構え、冷静にトカゲに狙いを定め、何度か命中させる。
気絶はさせられなかったものの、トカゲは残念そうにこちらを振り返りながらのそのそと撤退していった。
少し遅れて、母も空気銃を持って駆けつけてきた。
2人は急いでパリス兄さんを木から助け下ろす。
噛まれた左足からは血がダラダラと出ており、とりあえず手持ちの布を巻いて、母が背中に背負って家をめざし、私も急いで後をついて行く。
パリス兄さんの足に巻いた布はすでに血で真っ赤に染まっていた。
私は母の横をついて歩きながら、血液で手が汚れるのもかまわず、傷口を必死で押さえる。
……傷口痛いだろうな。
前に私がした「痛いの痛いの飛んで行け」は効き目があると言っていたから、やっておこう。
でも、このままでは身体中の血が足りなくなってしまう。どうやったら血が止まるんだろう……
ようやく家にたどり着くと、ちょうど父が慌てて飛行車で戻ってきていた。
パリス兄さんはすでにぐったりしている。
解熱鎮痛剤を飲ませ、傷口をとにかくきれいに洗う。
傷はさほど深くなさそうなのに、血が流れ出すのが止まらないのだ。
「大トカゲの噛み傷はやっかいだと聞いた事がある。
涎の成分に血を止まりにくくする毒が含まれているらしい。」
大トカゲはその場で獲物が仕留められなければ、とりあえず噛みついておいて、失血で獲物が弱るのをしぶとく待つのだそうだ。
……どうやったら血が止まるのだろう。
私は小さい頃からやんちゃで生傷が絶えなかったけど、傷はどうなっていたかな。
そう、すぐにかさぶたができていた。
血が固まってかさぶたができたら、この傷もふさがるんじゃないのかな……
「とにかく、すぐに街の治療院に連れて行こう。」
両親とカラン兄さんが、治療院や警備隊に連絡をしたり、家を出る準備をしている間、私は傷がふさがることを念じながら、一生懸命に傷口を押さえていた。
治療院の手配はついたが、緊急で傷を見ることができる医者がいる施設は、ここから1時間以上かかる街にあるという。
とにかく、安静と保温と水分補給に気を付けて、後は止血をするしかなく、どうしても止まらなかったら、足首を縛って血流を止めるしかない。
その場合、駆血した先が壊死して、最悪足を切断したり、駆血を解除した後に悪い血が身体を巡って心臓が止まるリスクもあるという。
私は泣きながら傷をふさいでいた。
今回、私が油断せずもっと早くに気づけば、安全に逃げ出せていたかもしれない。
それに、パリス兄さんは私を庇って逃がしてくれたのだ。
布を交換するために一旦傷口を確認すると、ようやく血が止まっていた。
しかし、両親やカラン兄さんが交代しようとすると、また布が赤く染まってくる。
「私も街の治療院まで行く!
それまでずっと傷を押さえているよ。」
「でも……」母はためらう。
「私が車から出なければいいんでしよ。
兄さんの治療が終わるまで、中に隠れて待っているから……」
「……そうだな、どちらにしても、コニー1人を家に残していくわけにはいかないしな。」
結局、父が車の運転をして、母は家で待機して警備隊が来た時の案内をする事になった。そして、カラン兄さんと私が街について行く。
街に到着時するまで私はひたすら傷を押さえて、
『血がかさぶたみたいに固まって出血が止まりますように、
傷口がふさがりますように、
痛みが強くなりませんように、
トカゲの毒が消えますように』
と必死に祈り続けた。
パリス兄さんは、しゃべるほどの余裕は無いのか、何も言わず、時折労うように私の頭を撫でてくれる。
カラン兄さんは、一定の時間おきに、パリス兄さんに温かい飲み物を与えた。
ようやく街についてパリス兄さんが治療院の中に運ばれる頃、私は物心がついてから初めて来た街の様子も見る余裕がないほど疲れ果て、カラン兄さんに毛布でくるまれた後は翌日の昼まで夢も見ずに眠りについた。
パリス兄さんは、治療院に到着した時には、不思議なほど傷がくっついていたという。
噛まれた場所や全身の血液の検査でも、トカゲの毒の悪い作用も薄れていた。
念のために創部用の接着剤で補強した後は、痛みや炎症を押さえる薬と貧血を改善する薬を処方された。
貧血については栄養をしっかり取ること、足がひどく腫れたり身体に異常が出たらまた治療院に来るようにと言われて家に帰された。
この国では、3等級以下の国民は、よほどのことがない限り病院に入院などさせてもらえない。
治療費もすごくお金がかかる。
普段は医師の常駐していない救護所で、簡単な処置をしてもらうか、薬を買うくらいだ。
パリス兄さんは、半月ほどで足の腫れや貧血も改善し、動き回る事ができるようになった。
その間、私はしばしば兄の元を訪れては足を撫でて、早く傷が治るようにおまじないをかけていく。
どちらにしても、トカゲの巣が見つかるまでは外出禁止になった。
両親も外出の時は、必ず空気銃を持参している。
哺乳類と違ってトカゲは生物探知機が感知しにくいらしい。
本来、この国の山中にいてはいけない生物なので、見つけ次第警備隊が巣ごと根絶するという。
年が明ける前に、トカゲ達は駆除されたという連絡を受けた。
冬場は大トカゲを始め、爬虫類の活動は低下するのでまずは一安心だ。
新年のお祝いには、家族皆が浮き浮きした気分で集う。
そして皆が各々に、この一年の感謝の言葉を互いに述べるのが習慣だ。
「トカゲの毒からは、コニーが助けてくれたんだよな。ありがとう。」
パリス兄さんが恥ずかしそうに、小さめの声で私に言った。
「ううん、私もパリス兄さんに、トカゲから庇って助けてもらったからおあいこだよ。
カラン兄さんも、空気銃でトカゲをやっつけてくれたし。
すごく格好良かったよ。」
「……今度は一撃で仕留められるように……
銃の練習を今年はするよ……」
今回の件は一家揃って反省をした。
私がいつも害獣に気付いたり、追い払ったりしていたので、それが当たり前になってしまい、家族皆の危機感が薄れていたのだ。
それに、最近は楽に狩りができていたので、自然や自然界の生き物に対する恐怖心や警戒心も、乏しくなっていたのだろう。
「でも、今年は栗ご飯があまり食べられなくて、本当に残念だったよな。」
父さんが茶目っ気のある態度で言う。
「茸もよねえ……」
父さんに返すように、にこやかに笑いながら、母さんが言う。
そうやって家族皆で笑いながら年を越せて、本当に良かったと思った。
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大トカゲはモデルはいますが、実在しません。
マッドサイエンティストのだれかが、何かの生物に遺伝子を組み込んだ可能性は、ありますが。
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