12話 エセル王子の憂鬱
テラカルタム王国の、第3王子エセルバートは、憂鬱な気分で夏至を祝うパーティー会場を眺めていた。
『あれ、あいつ昨日の夏至祭にも今日の祈神舞にも出て来なかったけれど、パーティーも欠席か。』
せっかく、憂さ晴らしにからかって遊んでやろうと思ったのに残念だ。
エセルの脳裏に1人の少女の姿が浮かぶ。
初めて会ったのは4~5年前。
パーティーに花を添える舞手の1人として参加していた。
小さな身体に、やけに短いけれど金色のクルクルした巻き毛と複雑な色合いの大きな瞳。
何だか、姉上達の持っている人形に似ているなと思ったものだ。
そいつは、パーティーの参加者の膝に乗り、それはそれは幸せそうに、料理を頬張っていた。
味見という名の毒見だというのに。
この時代、本気で誰かの毒殺を図る馬鹿はまずいない。
しかし、時々テロで異物が混入されたり、珍しい食べ物を出すことがあるので食中毒が起きた前例があった。
身体の小さな子どもに先に異常が出現すれば、すぐに原因を調べて、あらかじめ解毒剤を投与しておけば発病せずに済む。
そういう理由で、舞手や楽士で参加する子どもの巫子に、料理の味見をさせるのが習慣になっていた。
だが、一見ガラス細工にも見えるそいつの実態は、とんでもない悪ガキだった。
ちょっとからかってやろうと思って手を出すと、他の女の子みたいにおどおどしたり恥ずかしがったりせずに俺の事を無視するか睨み付ける。
けっこう動きが素早くて、チョロチョロと俺の攻撃をかわす様子は、愛玩用の小ネズミやリスのようだった。
しまいにそいつは、冗談でスカートを捲ってみた俺の腹を、奇声をあげて蹴りつけやがった。
その後もからかうのが面白くて、パーティー会場や神殿の附属施設の芸術院に行っては、格闘技の技を披露させたり踊りを踊らせたりした。
どこで習ったのか、様々な変わった踊りを踊ったり、見た事もない格闘技で俺の剣の相手をする。
小型の剣を持たせてみると、最初は蝿の攻撃くらいだっのが、独自の技を習得してどんどん強くなっていった。
これはヤバいと思い、まさかこんなチビに負ける訳にもいかないと、俺も稽古に精を出す。
そんなこんなで数年が経過した。
あいつがいないなら、誰か愛妾になるような女でも探そうかな。
だが、夏至の日のパーティーに参加するような子女は、ほとんどが1等級国民だ。
もう少し格の低いパーティーか、年頃の巫女達の中から、手頃な女を選んだ方がいいかもしれない。
いくら何でも、あいつはまだ子どもすぎだし、そもそも、自分の性別すら自覚していないふしがある。
あと5年以上は完全に対象外だ。
王宮に別邸が用意されるなら、あいつを番犬に飼ってもいいか聞いてみようかな……
エセルが憂鬱にしているのには、理由があった。
先日15歳になった時、父の国王と大臣の1人からエセルの将来について話があったのだ。
政権争いや後継者で揉めないために、王位継承権第1位の王子や婚約者が決まっている王女以外は、予定外の子どもができないように不妊の因子となる抗精子抗体の注射を射たれる。
いずれ婿入り先や領地が決まり、後継ぎが必要になれば抗体を中和する処置が取られ、また子どもを作る事が可能になるという。
それまでは、数人愛妾を囲っても良いが、愛人の立場なので2等級国民以下から選ぶようにと言われた。
20歳になる前には赴任する領地が決まるか、鎖国状態では特例の留学が認められるかもしれない、という。
「なあ、コニーのやつ今日も参加しないのか」
数日後、格を下げた夏至の祝いの席に参加したエセルは、顔見知りの司祭に声をかけた。
体調が悪いのでなければ、明日にでも剣の稽古をつけに行ってやろうと思っていた。
最近、コニーの技を見よう見まねで習得したので、見せびらかしたい。
「はい、コニーはもうパーティーに参加することはありません。」
「え? あいつ、また出禁を食らったのかよ。」
コニーはこれまで、その奇行が原因で何度かパーティーの出禁を言い渡されている。
(原因の大半はエセルがらみだったが)
「いいえ、そうではなくて。
もう永久に参加することはないのです。
あの子は神に捧げられましたから。」
「え!! どういう事だよ!!
お前は何を言っているんだ!!」
エセルは大声で司祭を問い詰める。
騒ぎになって別室に通されたエセルの元に、司祭長がやって来た。
「国王にも許可をいただきました。
この際ですから、この国の祭事についてお話しておきましょう。
ただし、国民の不安をあおらないように、この件は内密にお願いします。
軽々しく広めると、王族といえど処罰の対象になります。」
そして、司祭長は王国の四季の儀式について語り始めた。
話を聞き終えたエセルは呆然としていた。
政治には興味が無いといえ、まさか自国でそのような祭事が行われているとは知らなかった。
コニーが捧げられたという祭壇に連れて行ってくれるように頼んだが、神域には立ち入り禁止だという。
「なぜ……どうして……」
すでに取り返しのつかない状態であることを知り、怒りと共に冷や汗が浮かんでくる。
コニーが生け贄として捧げられたという事もショックだったが、彼にはもう1つ懸念があった。
兄や姉達と違い、彼は子どもの頃からあまり教育も厳しくされず、比較的行動の自由が許されていた。
それはずっと、自分が末子だから甘やかしてもらえているのだと思っていた。
だが、もし、それが思っていたのとは違っていたならば……
そもそも、自分には王族としての役割とは、違うものが求められていたのだとしたら……
四季の生け贄の条件を聞いた彼は、背筋が凍りついていくのを感じた。
王国の第3王子エセルバートは、髪はダークブロンドで所々明るい毛が混じり、瞳は紺に近い青い色をしていた。
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王国なので(大統領制とかだと設定が面倒なので安易に走りました)
一応「王子」ですが、一般的なイメージとは違うと思います。
どちらかというと、親が政治家等の権力者で、勘違いして色々やらかしてる息子のイメージかも。
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