11話 故郷と名前

「そんな訳で数日中には、俺はこの国を出る。

 他国の傭兵や商人に混じって旅をするから、子どもは連れて行ってやれないがな。

 この先は、自分でどうにかしろ。」


 アンバルは、袋を差し出した。中にはコインが詰まっている。


「俺も逃走資金が要るからあまり分けてやれないが、1~2ヶ月程度の旅の資金にはなるだろう。」


「でも、こんなに色々してもらって、お金まで……」


「まあ、いいさ。

 この5年の間、俺はお前に給料を払っていないからな。

 本当は、神殿が出すべきなんだろうが。

 半分はハイルからの給料だ。」


……ええええ!!! 

そういえば、私、わずかなお小遣いくらいしかもらっていない!


どうしよう、これから司祭長に苦情を言いに行ってやろうか。



「一週間くらいなら、ここに置いてあげてもいいわよ。

 もちろん、働いてもらうけどね。

 簡単な家事やコンピューターのデータ入力くらいならできるでしょう。

 それに、あなたお金や交通機関の使い方もろくに知らないんじゃないの?」


 それまで、チビチビとお酒を飲みながら静かに話を聞いていたノーリアさんが言った。

ノーリアさんは、1週間後に用があってしばらく留守にするが、それまではこの家に置いてくれるという。


 それはとても助かる。

実際、私は普通のお店で買い物をしたことがない。

山の家では、町に連れて行ってもらうことはなかったし、神殿では月に1~2度お小遣いをもらって、出入りの商人や通信販売に、甘いお菓子や塩辛いお菓子やたまには奮発して豪華なお菓子を届けてもらったくらいだ。


 実際のコインはほとんど触った事がない。


 この国の通貨には5種類ある。

下から順に、赤、黄、緑、青、紫で、円形のコインの中に、それぞれの色の固有のホログラムが浮かんでいて見る角度によって変わる。

目でも確認するけれど、機械に通して確認することが多い。


 国民の中でも、2等級以上の多くの人達は、ほとんど現金を持つことはない。

極少のチップを手の甲などに埋め込んで、それをセンサーで認識させて会計を行うのだ。



 他に、私は買い物以外に大きな問題を抱えている事が分かった。


 私は誘拐される前に暮らしていた、山の家の場所がどこにあるのかをよく知らないのだ。

アンバルも分からないという。


 一番近くの町がパトリアで、家のあった村落はシグナ村。

 しかし、領地の名前については、記憶がなかった。

村から神殿までの道中も、私は気を失っていたので、移動に要した時間もよく分からない。


 アンバルやノーリアさんが言うには、この国では詳しい地理については国の極秘事項となっていた。


 経済に関わる1~2等級国民の権益や治安維持、防衛のために、国内の情報は厳密に管理·操作されているそうだ。

首都周辺の領地の名前や場所くらいは多少は分かるが、実際に国全体の大きさがどれくらいで、領地がいくつあるのかも、一般にはほとんど知られていない。


 また、領地内の人の出入りは制限されており、領内の実態は地理も含めて隠匿されているのが普通だった。

 災害などが起こり、一部で変にうわさが広がりそうな時は、国営放送による一時的な実況中継などが行われることがあるが、今現在の領地の様子が放送がされることはまれだ。


 兄さん達は学校で、国民の義務や刑罰、村や町での生活ルール、町の周囲の簡単な地理や自然との付き合い方などは習っていたが、外の領地の話などは習っていないはずだ。

もし習っていたなら、勉強好きのカラン兄さんが教えてくれたはずだ。


 領地の名前が分からないのでは、まずどこに向かえば良いのか分からない。

やみくもに故郷を目指す前に、ハイル先生の知り合いの医師を訪ねてみてはどうかという話しになる。


 医師なら、学会参加等のやり取りで、何か情報を持っているかもしれないし、他の領地にも行った事があるかもしれない。


 それまでに私は、山の家の周囲の地形や特徴について、できるだけ思い出して書き留めておく事にする。


 夢の国では、鮮明な視野で様々な国に行く事ができるのに、自分の記憶はさっぱりだった。



「それはそうと、お前、名前はそのままにしておくのか。

 まあ、無理に変えなくてもいいとは思うが、舞台やパーティーで顔ばれしているだろうし、気づく奴は気づくかもしれん。

 俺はこの先、親父の名前だったセルダンを名乗るつもりだ。」


「名前……か。

 じゃあ、しばらくはルディにしようかな。」


 私は、神殿に来てからは、愛称であるコニーとしか名乗っていないが、両親が付けてくれた正式な名前は、コルディーネという。


 長くて普段使いするには面倒なので、誕生日のお祝いの時くらいしか、本名を呼んでもらうことはなかった。

私にとっては、コニーの方が本名なくらいだ。


 コニーとは別の愛称、それはルディ。

小さな頃に、母が一緒に寝る時や背中におぶってあやしてくれた時に、話してくれた物語の主人公の名前だ。

 ルディは私のリクエストに合わせて、様々な冒険をする。


 時には物語の作成に、父や兄も加わる事がある。

寒い冬の夜や嵐の時など、両親の部屋に皆で集まって眠る事があった。

エネルギーが足りなくて薄暗い中、皆で次々お話を作っていって遊ぶのだ。


 それはとても楽しかった。


 よし、故郷に帰るまでの冒険の間、私はルディとして旅をしよう。

また、コニーと名乗るための冒険の旅を。


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もし、司祭長に苦情を言ったら、

「お前の教育で赤字になっとるわ!

 教育費を返せ!」

と、怒鳴られそうです。

巫子としての格をつけるために、王立芸術院で、詰め込みの高等教育を受けたコニーです。

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