9話 密やかな手助け

 私は彼のその言葉を聞いて、混乱した。


……え、アンバルの生体センサーを、私のように取り出せという事なの?

彼は、私がしたように神殿から逃亡するの?

もしかして、私を匿ったせいなのだろうか。


「このところずっとそうだが、神殿に気付かれないように、居場所を特定や探索されないように、滞在は短時間にして、行動は迅速にする事が重要だ。

 とにかく、センサーは早く取り出して、早急にこの場所から撤退したい。」


 でも、私は医師のハイル先生から、医師が不在の場所で、他人に対して勝手に自分の能力や医療処置を施行する事がないように、手伝いを始めた最初の頃から厳重注意をされていた。


 ためらっている私に、アンバルは、


「これはハイルから預かってきた道具だ。

 あいつは、神殿の外の事には直接手を出さないと言っているが、事情はそれとなく知っている。」


 アンバルは袋を取り出した。


「まず1つは、彼からの手紙だ。

 差し出し人や宛先はあえて書いていないらしいが、知り合いの医者のリストが入っている。

 今後もしお前が医療助手を続ける可能性があるならば、リストの医者を訪ねてみろとのことだ。

 これは、後で自分で確認しろ。」


 そして、アンバルは一塊の包みを渡した。

中を見ると、浸透麻酔薬、消毒液、小降りのメス、それに創部の付着促進及び化膿の防止効果のある、創部用接着剤と内服薬が入っていた。


「取り出すための道具は、あいつから預かってきた。

 それに、生体センサーの一部は、無理に取り出すと警告アラームが発信されるようだ。

 ハイルは前もって、お前の生体センサーをこっそり設定して、生体感知の感度や警告域を変更している。

 俺のセンサーも同じように設定し直してもらった。」


 ハイル先生も逃走の手助けをしてくれていたのだ。


 生け贄の儀式の前、真実はまだ知らなかったが、健康に異常が無いか調べるための健康診断を受けた。


 その時、健康診断だけではなく、卵巣の一部を取り出すために、お腹に麻酔をかけて細い針で刺したのだ。


 検査や処置は女の先生が行ったが、その前にでも、センサーの操作をしたのだろう。


 一部の手術では、センサーを痛めないように、術前に設定を調整する事がある。


 女医の元に連れて行く時、何だかハイル先生は痛ましげな顔をしていた。

先生と会ったのは、それが最後になった。



 私は道具を広げる。


 まず、アンバルに埋め込まれているセンサーの位置の検討をつける。

大人で私よりも埋め込まれた年月が長いためか、触っただけでは少し分かりにくかった。

でも、皮膚の一部が1㎝ほど少し白い線のようになっているのでここがそうだろう。


 私は自分の力による痛み止めと浸透麻酔の両方をかけてから、切開部位を消毒し、私には大きめの手袋をはめる。

サイズが合わなくてやりにくいなと思いながら、アンバルの皮膚を小さく切開して、センサーを取り出した。

 目で確認できるという点では、自分の物を取り出した時よりずっとやりやすい。


 後は創部の接着剤で保護して、細菌が繁殖しませんようにとおまじないをかけておく。


 飲み薬の消炎鎮痛剤はアンバルに渡した。


 この後、誰かが探しにきた時の証拠が残らないように、センサー以外は全て持って帰る。


 メスは基本的にはディスポーサブルだが、消毒すればまだ何かに使えるかもしれない。



 私たちは急いでその場を離れ、途中からアンバルは車を降りて、別の方向からこっそり帰宅する事になる。

 万一のために目撃者を減らすためだ。



 ノーリアさんの家に戻った私たちは、夕食の準備を始めた。


 今日はご飯を炊き、色々な調味料で次々味付けをしながら固形肉や野菜、茸を炒めていく。

ノーリアさんは、料理が本当に上手だな。



 アンバルはしばらくして帰ってきた。


「ここで食べる晩飯も、これが最後になるかな。」


「あら、そんなに早く発つの。」


「逃走がばれた以上、早いにこした事はない。

 明日か明後日には、別の者と合流する予定だ。」


「だったらもう少し豪華な食事にすれば良かったわね。

 取って置きのお酒とおつまみも出すわ。」


 ノーリアさんは、ブドウ酒と佃煮のような物が入った瓶詰めを持ってきた。

たまにしか手に入らない、魚の卵を煮たものらしい。



「アンバル師匠は、神殿をやめて、どこかに行ってしまわれるのですか。」


「上手く潜り込めたら、外国に行く予定だ。」


 外国……この国以外の世界。

そういう世界があるのは聞いていたけれど、この国は外部から侵略を受けないために、あえて他の国と接触を持っていないと習っている。


「外国に行ってしまったら、もう帰って来ないのですが?」


「おそらくな。……将来のことはまだ分からんが。」



3人は、少し沈黙して、そしてアンバルは言った。


「コニー、昨日は、お前が生け贄に選ばれる時、なぜ俺が積極的に推薦したのか、それなのになぜ助けに行ったのか、ずっと訪ねていただろう。」


 私は頷いた。

今までずっと疑問だったことに、アンバルは答える。


「まず、生け贄に推薦した理由。

 神殿にいる限り、どのみちお前はいつかは選択される。

 遅くても4年後には必ず選ばれる。

 俺はこの先、この国を離れる。

 わずかでも生存の望みをかけて手助けができるとすれば、今年しか機会がなかった。」


「後、お前を助けた理由はいくつかあるが、一番大きな理由は、

かつて俺自身が生け贄として神に捧げられたことがあったからだ。」

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