8話 金髪とアースアイの瞳

 朝食の栄養剤を恨めしそうに見ていた私に、ノーリアさんはスープを追加で出してくれた。

とてもいい人だ。


「アンバルに、あんたの髪を切って染めるように言われているんだけど。」


「切ってもらえるんですか? 助かります。」


 多分自分で切り揃えるのは大変だと思っていたので、とても助かる。



 私は促されて、鏡台の前に座る。

首の回りに袋が巻かれ、私は自分の髪をほどいた。


 今は肩甲骨くらいの長さで、手を加えていないから、緩くカーブがかかっている。

普段は大抵お下げにしていて、舞の種類によって、アップにしたり、緩く巻いて下ろしたりしていた。


 ノーリアさんが、一房手に取り、さらさらと落とす。

窓からの朝日が当たり、金色にきらめく。


 瞳も、明るい場所ではさらに色鮮やかに見える。

深い青をベースに所々緑や褐色、金の色が混じる、アースアイと言われる瞳。


「こんなに綺麗なのに、隠すなんてもったいないわね。」


 神殿に来てから皆が、私の髪や瞳が綺麗だと言ってくれたけれど、私は嬉しいと思ったことがない。


 多くの人がそうであるように、黒か焦げ茶色だったら、私は家で家族と共に暮らしていられたかもしれないのだ。


「本当にいいの?」


 彼女は、再度確認して、ハサミを入れていった。

耳に半分かかるくらいの長さに切り揃えていく。

頭頂部はあまり短くすると、私はつむじが多いので、変に跳ねてしまう。

前髪は、必要時目の上に被るように、長めに切って普段は流しておく事にした。


「ありがとうございます! 

 久々にすっきりしました。

 何せ、剃らないといけないかなー、とか思っていたので、助かりました。」


「そ……剃る? ですって!?」


 私は森の中で考えていた計画を話した。

髪と目の色を隠すために、スキンヘッドにして、頭や目の回りに包帯を巻こうと思っていたことを。


「…………あんたが、実際にやらなくて、本当に良かったわ。」


ノーリアさんは絶句した後に、なぜかため息をつきながら言った。


 次は毛染めだ。

白髪用の毛染めで、髪と眉を染めていく。

髪の色を変えたり脱色することは、基本的に禁止されているけれど、白髪染めは大目に見られていた。


 色の定着を待っている間に、ノーリアさんが容器に入った黒い小さなガラスの欠片の様なものを、2つ取り出してきた。


「これは、目に入れるレンズよ。

 これで目の色を変える事ができるわ。」


 目の中に入れるレンズ……

昔、両親が話しているのを何となく聞いた事がある。『レンズが手に入れば、コニーは学校に行けるのではないか』と。

ただし、高価でなかなか手に入らない物なのだ、と。


「この国では禁止されているけどね。

 外国では、ファッションで、目や髪の色を変えて楽しむらしいのよ。

 外国からこっそり密輸しているので、高価だし、手に入れるのが難しいの。

 スペアも1つ渡しておくけど、これきりだから、無くさないようにしてね」


「そんな高価な物を、もらってしまっていいんですか? 

 私、お金を持ってなくて……」


「お礼なら、アンバルに言ってちょうだい。

 前から、何かの時のためにって用意していたから。」



 レンズを使うのは、最初は異物を眼に入れるという抵抗感があったけれど、すぐに慣れた。

ノーリアさんが、保管方法を説明してくれる。


 1ヶ月くらい入れたままでも大丈夫だが、外せる時は外して専用の液体に浸けておいたほうが、持ちはいいらしい。



 治療院には時々、近視や遠視で目の治療に来る人がいたけれど、ほとんどが目薬で治療していた。


 目薬が効きにくい人は、眼球の中に器具を入れることもあった。

手術を受けたり、継続的に目薬を買う余裕がない人は眼鏡をかける。

 目にレンズを入れるというのは、始めての経験だ。



 私は、シャワー室で髪を洗い、やはりノーリアさんが、前もって用意しておいてくれた、男の子用の服をきる。

厚手の布のズボンを履くのは久しぶりだった。


 私はもう一度、鏡台の前に立った。

5年前の自分によく似ている。


 ただ、髪を黒くしたせいで、抜けるように白い肌や赤い唇が、かえって目立つようになってしまった。


 ノーリアさんが、やや濃いめの肌色のファンデーションを差し出す。

舞台の時の白粉のように、軽くはたいておく。


 何だか目が大きいのも目立つな。

ちょっとこう、目付きを悪くしたほうがいいだろうか。

態度も、もうちょっと肩を反らして偉そうに……

あのクソガキの第3王子みたいな感じでふるまってみようかな。


「まあまあ何とか美少年に見えるわね。

 でも、後1~2年くらいが限界かしらね。

 胸も大きくなってきたら、隠さないとね。

 どちらにしても、変な男には気を付けなさいよ。」


 もう、髪も目も黒くしたから、神殿には狙われにくくなったと思うんだけど。



 お昼ご飯は、パンとオムレツ料理だった。

私はノーリアさんを見よう見まねで手伝ったが、自分の分はちょっと破れてしまって上手く包む事ができなかった。


 山の家では、時々豆や芋の皮を剥いたり、材料を切るのを手伝い、台所の母にもよくまとわりついていたが、火を使う料理はまだあまり手を出させてもらえなかった。


 神殿の食事所では、出来上がった食事を盛りつけたり、並べたり、偉い人達が食事をした後の片付け等を手伝っていた。

 火を使う料理なんてするのは、かなり初心者だ。

でも、形は悪いものの、玉子とひき肉が部分的にトロトロと混じり合い、とても美味しかった。


 それに、本当の玉子を食べるのも久しぶりだ。

神殿の巫子達の食事には、玉子に似せたタンパク質の「玉子液」が使われていた。


 その後は、ノーリアさんの持っている、電子書籍や動画の一部を見て過ごした。

神殿にあった物より、山の家で家族皆で見ていた物に似ている。


 珍しいのは、女の人が色とりどりの様々な形の服を着ている写真ばかりが乗っている本だ。

服ってこんなに沢山種類があるんだ。


 神殿では、かっちりした茶色の普段着か、舞やパーティーで着るフワフワした服を着ていた。


 そう思いながら一休みして、出してもらったお茶とお菓子に舌鼓をうっていると、


「そろそろアンバルのほうも準備ができたみたいよ。 

 呼んでいるわ。」


 コンピューターで何かの仕事をしていたノーリアさんは、外出の支度を始めた。



 私たちは、昨日アンバルが乗っていたノーリアさんの小型車で街の外れに向かう。


 少し木の密集した目に付きにくい所で、アンバルは待っていた。


「ああ、そういう格好をしていると、昔と大して変わらないな。

 調教しろと、連れて来られた小猿の時よりは少し大きくなったかな。」


 少し面白そうに私を見てそう言うと、彼は自分の左耳を指差して言った。


「昨日、お前が自分のセンサーを取り出した時と同じように、俺のも取り出してくれ。」

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