7話 天国とお肉

 私はアンバルに向かって、ナイフを突きつける。


「私の力を知っているでしょ。

 本気を出したら、あなたくらい簡単に殺せるんだから。」


「ああ、知っている。

 あの舞台から自力で脱出できるくらいだからな。

 もしや、とは思っていたけどな。」


「だったらすぐに帰って! 私に殺させないで!」



 アンバルは彼の癖である唇の片端を上げながら言った。


「帰れと言われれば帰るが、せっかく迎えにきたのにお前は一緒に来ないのか?」


 私は目を見開く。


「え? もしかして、助けに来てくれたの?」


 本当だろうか。

騙して神殿につき出されるのではないだろうか。


 一度、私を裏切ったと言った人だ。

あの時の悔しさと哀しさは、まだ私の心の中に傷を残している。


 崖の下の舞台にも、無情に置き去りにされた。

助けに来るなら、もっと早く来てくれれば良かったのに。


 彼に対する疑いが頭をもたげたが、単純な私は即効で信じることにした。


 彼を信じるということは、この5年の間に習慣になっていた。


 だって、時には私の片手倒立や宙返りを支える役割もしていた人だ。

信用がなくて、そんな事ができるだろうか。


 もちろん、決して小猿として調教されたというわけではない。



 助けにきてくれたという安心感と同時に、彼に裏切られたと告げられた時の悔しさ、生け贄に選ばれたと司祭達に言われた時やその後の経過など、押さえ込んできた様々な思いがわきあがっできて、私は喉がつまり、涙がこみ上げてくる。


「ちょっと待った。泣くのは後だ。

 俺がこの場所に長時間いたという事が知られるとまずい。」


 思いきり泣きたいのに、泣かせてくれないなんてひどいではないか、

と思いながらも、私達は彼の指示に従い、焚き火を消してすぐに車に乗り込む。



 車で移動しながら彼の話す所によると、私が生きている間は彼の行動も監視されているだろうから、神殿から離れるわけにはいかなかった。


 私の生体反応が消えたと告げられたのが今日の昼過ぎで、日中はすぐに動くわけにはいかなかった。


 仕事が終わった後の短時間なら、彼の所在がこの付近にあったとしても、舞台や滝壺そのものに居たわけでなければ、

「弟子が最後を遂げた場所の近くにに行ってみたかった」というくらいの言い訳ですむかもしれない。

しかし、長時間滞在した事が分かると、色々と疑われることになる。


 今日も、このまま私を神殿に連れ帰るわけにはいかないので、途中で彼の知り合いの家に寄る事になる。



 なぜ私を助けてくれたのか等、色々と尋ねたい事があって矢継ぎ早に質問する私に、

彼は冷たく


「うるさい、細かい事は後で説明する。」

と返すだけだった。



「こいつを予定通りに頼む。」


 一軒の民家に付くと、ズタボロの私を1人の女性に押し付けて、アンバルはすぐに神殿に戻って行った。



「すごい格好ね、お嬢ちゃん。

 べっぴんさんなのにもったいないわ。

 それに、子どもだとしても、そのスカート丈はまずいわね。」


……一応舞踏用の服だから、下にオーバーパンツを履いているんだけどな……



 私を迎え入れてくれたのは、細身で背の高い、ノーリアさんという30歳前後の女性だった。


 表情や態度は何となく冷ややかで皮肉っぽいが、私だけに向けられているわけではなさそうだ。

アンバルと共通する雰囲気を感じる。



 私は乾いた服を貸してもらい、ご飯をご馳走になる。


 久々のまともな食事を目にした私は、感激した。


 ミートローフと野菜のソテーだ。

お肉には肉汁が浮いていて、チーズも乗っている!

お肉とスパイスのいい匂い……


「わあい、ありがとうございます!!

 いただきま……あれ?」


 気がつくと、メインディッシュの肉料理は取り上げられていた。


「……確かあなた、数日まともな食事をしていなかったのよね。

 よく考えると、急にたくさん食べるとお腹を壊すわよ。

 お粥を作ってあげるから少し待ちなさい。」


「い、いえ、お気を使っていただかなくても大丈夫です。

 お世話になっている立場ですから。」


……美味しそうなお肉を見せておいてから、取り上げるなんてひどいではないだろうか。

もしかして、意地悪されている?


 ノーリアさんは、私の心の声が聞こえたのか、

「意地悪しているんじゃないわよ。

 あなたも医療の真似ごとをしているなら、食事の知識くらいはあるでしょう。」


……ふうん、私が治療院で手伝いをしていたのを知っているんだ。

知識は無くはないけれど、それと私の食欲及び実行するかどうかというのは別問題だ。

それに、お腹を壊したら後で治せばいい。


 ハイル先生のような、賢明な医師が聞いたら、激オコして出禁をくらいそうな事を考えながら、私はうるうるした大きな瞳でノーリアさんを見つめる。


「お願い……お肉を下さい。」


 結局、根負けした彼女は、量を半分に減らしてお肉を出してくれた。


 その後、簡単にシャワーで身体を洗った私は、久しぶりの安全な寝床で、お腹も満たされて、ここは本当に天国のようだと思いながら眠りについた。


 翌日、案の定お腹を壊した私は自分で治したのだけれど、結局ノーリアさんにばれてしまい、朝食は栄養剤だけになってしまった。

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