―40― ニーニャちゃん、現れる

 なにもない空間のはずだった。

 気がついたときには、目の前にニーニャがいた。



「物理強化【バフ・改】!!」



 ニーニャがパンチを繰り出す。

 その威力は絶大。

 拳を振るった風圧だけでネルたちは吹き飛ばされるんじゃないかと思った。


 そんなパンチをくらったのだ。岩山龍ロック・ドラゴンは無事で済むはずがなく、壁に激突した。

 そしてピクリとも動かなくなる。



 たった一撃。

 あれだけ苦労した魔物を一撃で倒してしまったのだ。



 まるで奇跡のような出来事にネルは夢でも見ているんじゃないかと、自分の頭を疑いそうになる。


「夢じゃないわよね……」


 同じことを思ったようでヴァラクがそう口にする。


「うん、夢じゃない」


 そう、夢なんかじゃなく確かに現実で。

 無事助かったようだ。






「どうやら間に合ったみたいですわね」


 と、ニーニャとは別のもう一人の少女が立っていた。



【ネネリ】

 15歳

 職業:黒魔導師

 スキル:火炎弾バラデラマ氷ノ槍ランザフィエロトルエーノ転移トラシション

 妹好き



 転移トラシションというスキルが目に入る。

 もしかしてこのスキルを使って、穴の底までやってきたのかもしれない。

 ただ、転移トラシションは上級の魔導師でも扱うのが難しいとされている。それを目の前の少女がやってのけたというのか。


「ど、どっから来たのよ!」


 ヴァラクが叫んでいた。

 いきなり現れたのだ。叫びたくなる気持ちはわかる。


「その説明をするよりも、あなたがたを治す方が先――」

「ネルちゃん大丈夫!?」


 ネネリの話を遮るかのようにニーニャが叫んだ。


「まぁ、なんとか……」


 喋れているのが不思議なぐらいボロボロではあるけど、生きてはいた。そういえば死ぬつもりだったなのになぁ、とか思う。


「こ、このままだとネルちゃんが死んじゃうよ!? えっと、えーっと、自然治癒力【バフ・改】!」


 徐々にではあるが、傷が塞がっていくのがわかる。


「あなた、そんなこともできましたの……」

「ヴァラクちゃんが治癒担当のはずなのに……、あれ? ヴァラクちゃんいらない子……」


 ネネリとヴァラクがそれぞれの反応を示していた。


「で、でも左腕までは復活しないと思うんだけど……」


 あくまでもニーニャの自然治癒力【バフ】は本来人間に備わっている治癒能力を強化しているにすぎないのだろう。

 だから、失った腕を再生するような真似はできない。


「左腕はどこで失いましたの……?」

「あれに食べられた」

「なら、解体すれば出てくるかもしれませんわね。けど骨が折れそうですわ」

「あ、あのーヴァラクちゃんも治してほしいんだけど……」

「わっ、ごめんね、ヴァラクちゃん。自然治癒力【バフ・改】!」


 数分経った頃には2人とも最低限動けるぐらいには傷が塞がりつつあった。

 それでもネルの左腕が再生する兆しは見られなかった。


「ヴァラクの治癒では左腕再生いたしませんの?」

「いや、流石にヴァラクちゃんでもそれは無理かも」

「なら、ニーニャに【バフ】させた上で治癒をさせてみたらどうですの?」

「そ、それはわかんないけど……」

「えっと、わたしの【バフ】そんなに効果ないと思うけど」

「ニーニャはわたくしの言うことをただ素直に聞いていればいいんですわ」

「うん、わかった!」

「ホントいい子ですわね」


 とか言ってネネリはニーニャの頭をなでる。

 それをニーニャは「えへへ」と嬉しそうにしていた。


「ニーニャはそれでいいわけ……」


 ぼそりとヴァラクがつぶやくがニーニャには聞こえてなかったようだ。

 それからヴァラクの魔力が切れていたため、回復するまである程度待つ必要があった。


「それでニーニャ、ヴァラクの治癒能力を【バフ】してくださいまし」

「えっと治癒能力【バフ・改】!」

「わっ!? ヴァラクちゃん今ならいける気がする!」


 ヴァラクが立ち上がるとネルの元に駆け寄る。


治癒サングリア!」


 すると、じっくりとではあるがネルの左腕が再生してくる。


「ニーニャ、あなたすごいのね……」

「え? すごいのはわたしじゃなくてヴァラクちゃんですよ」

「なにを言って……は!?」


 ネルは思い出していた。

 自分が過去にしたことを。そのせいでニーニャは自分が強いと自覚できなくなっている。


「ニーニャごめんねぇ。私死ぬから許して……」


 泣きながらネルが謝罪した。


「え? なんで!? 死ぬとかダメですよ!?」

「そ、そうよ! あんたが死んだらヴァラクちゃんが命張った意味なくなるじゃん!」


 二人が必死に引き留める。


「冗談はさておき――」


 ネネリがそう言った。

 冗談というのは、死ぬって言ったことに対してだろうか。全く冗談のつもりじゃないのだが。


「この穴から出る方法考えませんと」


 それなら転移トラシションを使えばいいのでは? とネルは思うのだった。

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