―39― ヴァラクちゃん、大ピンチかも……
「ヴァラクちゃん、大ピンチかも……」
そう言ってヴァラクは顔をしかめる。
目の前には
「クギォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
迫る
「
一瞬、
効果は薄い。
「
ブオンッ! と、
お腹に直撃を許してしまった。
ヴァラクの体が宙に浮き上がり、壁に激突した。
「がはっ!」
口から血を吐く。
「まずいわね……」
そもそも占星術師は回復とサポートが専門で、一人で戦うには向いていない。
ネルがいない今、ヴァラク一人でこの困難を対処するのは正直不可能に等しい。
「クギォオオオオオオオオオッッ!!」
見ると、
「
ドゴンッ、と飛びかかろうとしていた
「意外と効いている……?」
今なら――。
グランドクロスをもう一度放つだけの魔力はもう残っていない。それに一分間も詠唱する猶予なんてないだろう。
15秒詠唱。
「
小さな隕石が頭上から
グランドクロスほどではないが、それなりにダメージを与えられるはず。
「う、そ……」
眼前には無傷の
スッ、とヴァラクの体から力が抜ける。
気がついたときには地面に倒れていた。
立ち上がろうとしても、力が入らない。
魔力切れ。
スキルを使いすぎた。
もう自分には抵抗する手段が残されていない。
「うっ……うっ……」
ポタポタと涙が溢れてくる。
こんなところで自分は死ぬのか、と思った。
陥没穴の底で死んだら、遺体は回収されないどころか行方不明という扱いになるだろう。
そしたら誰の記憶にも自分の死が刻まれることはない。
それは英雄とはあまりにも程遠い死だ。
けど、ネル一人守れない自分にはそれがお似合いなのかもしれない。
抵抗する術を失った自分を高みからあざ笑っているかのようだった。
(殺すなら早く殺しなさいよぅ……)
ヴァラクはそう思った。
早く、この絶望の時間が終わってほしいと願った。
その瞬間――。
スッ、と短剣が突き刺さった。
「グシャァアアアアッッッ!!! 」
「そいつから、離れてッ!」
ネルが立っていた。
左腕を失い、全身血まみれ。
片目は潰れ、まともに歩くことさえままならないはず。
それでもネルは立ち向かおうとしていた。
「なんで……」
ヴァラクは無意識のうちにそう言葉を発していた。
「なんで、そうまでして私を守るのよ!」
そもそもは、ヴァラクがネルを救うために一緒に穴に落ちたのだ。
ネルは最初から死ぬつもりで、だからネルにはヴァラクを守る理由なんてない。
なのに、今ネルはヴァラクを守るために立ち上がっている。
「だってあなたが死んだらニーニャが悲しむ。それは嫌だ」
なに言っているんだろう? とヴァラクは思った。
自分のためではなく、ニーニャのために戦うなんて。そんなの――
「意味わかんない……っ」
ヴァラクはそう言って泣いていた。
ネルは片足を引きずりながらも前に進む。
片手には短剣。
「加速ッ!」
喋るだけで口から血がこぼれる。
それでもネルはスキルを使って走った。
自分の命なんていらない。
けれど地獄には一緒に落ちてもらう。
ネルは短剣を
血が短剣にこびりつく。
それとほぼ同時にしっぽで弾き飛ばされた。
体が壁にぶつかった衝撃で意識が飛びそうになる。
けど、気迫だけでなんとか立ち上がる。
一歩前に進む。
すると、フラリと体がよろけた。
その瞬間を
気がついたときには再び体が宙を舞っていた。
「がはっ」
地面に体をぶつけた衝撃で口から血を吐く。
とっくに体は限界を迎えていた。
それでも自分にはやらなきゃいけないことがあると思えたら、立ち上がれた。
(あれ……?)
立ち上がろうとした瞬間、全身から力が抜けた。
いくら心の中で「動け」と思っても、体がびくともしない。
「なんで……」
まだ自分にはやることはあるのに。
なんで体は動かないんだ。
「動け……ッ、動け……ッ」
そう何度も念じる。
なのに体は動かなくて――。
「ネル、もういいから……!」
いつの間にかヴァラクが近くまで来ていた。
いや、もしかした自分が弾き飛ばされた場所にヴァラクがいたのかもしれない。
「ネル、ありがとね」
そう言ってヴァラクがそっと抱き寄せる。
なにが「ありがとう」なんだろう。
自分はなにもできていないのに。
「ヴァラク、逃げて」
このままだと2人とも死ぬ。
「ううん、逃げないよ」
なぜかヴァラクは逃げようとしなかった。
それどころか、より抱きしめる力を強めていく。
「なんで……」
自分に力があるなら、今すぐにもヴァラクをどかすのに。
犠牲になるのは自分一人だけでよかったのに。
なんでヴァラクは逃げないの……。
神様。もしいるなら、この子だけでも救ってください。
もうネルには祈ることしかできなかった。
光が見えた。
ひどく眩しい光だ。
それがなんの光か見当もつかない。
ただ――
「物理攻撃力【バフ・改】!!」
さっきまでなにもなかったはずの空間に、銀髪の少女がいた――。
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