―36― ヴァラクちゃん、落ちる

 なんでこんなことになったんだろう? とネルは一人黄昏たそがれていた。


 ちょっと前の自分なら誰が死のうが平気だった。

 それはニーニャが死んだと思ったときもそうだ。

 平気じゃないとやっていけない環境にいたせいで、感覚が麻痺していたのだろう。


 けど、ニーニャの優しさを味わって、そういう自分がすごく惨めに思えてきた。


「はぁ」


 ため息が自然とこぼれる。


 こんな感情を抱きながら、今後【灰色の旅団】でやっていくのはすごく過酷だ。

 なら、いっそ死んだほうがマシだ。


 それに、自分がニーニャにしたことを考えたら、やっぱり自分が許せない。


「なんで、こんなとこにいるわけ?」


 後ろから声が聞こえる。

 見ると、赤みかかった髪の毛をお下げのようにまとめた少女が立っていた。



【ヴァラク】

 15歳

 スキル:(隠蔽)

 職業:占星術師

 自尊心



 鑑定・改のスキルのおかげで少女の情報が頭に流れてくる。

 そうだ。ニーニャと一緒にいた少女の一人だと思い出す。


「別に私がどこにいようがあなたには関係ない」


 ネルは拒絶するような態度を示す。


「関係大アリよ。あんたはニーニャと一緒にいたはずでしょ。なのに、なんで別れてこんなとこにいるわけ?」


 少女が再び聞いてくる。

 煩わしいと思いつつ、無視したところでこの少女はしつこく聞いてくるだろうと思った。

 だから端的に質問に答える。

 

「死ぬためよ。ここが死ぬのにぴったりな場所なのは知っているでしょ」

「……まぁ、確かにそうね」


 ネルが今いる場所。

 ウィンの街近くにある森の最奥。

 そこに行くと突如として巨大な陥没穴が現れる。


 地獄の門。

 それが陥没穴の名だ。

 深すぎて、ふちに立って底を確認しようとしても暗闇しか見えない。

 さらに、穴の奥底には強力な魔物がいるとされているが詳しいことは知られていない。

 それは穴へと落ちて帰ってきた冒険者が一人もいないため。


 ゆえに、確実に死ぬには最適な場所といえた。


「もしかしてニーニャと喧嘩したってわけ?」

「まぁ、そんなところ……」


 実際には違うが、説明するのも面倒と感じ肯定する。


「それで死ぬとか、あんた随分と感傷的ね。バカなの?」


 なんで事情も知らぬ人にここまで言われなきゃいけないんだろう。

 ネルはムッとした。


「別に、あなたには関係ない」

「そういえば、あんた名前は? まだ聞いていなかった」

「ネル」

「ちなみに、ヴァラクちゃんの名前はヴァラクちゃんよ」

「知っている」

「えっ、なんで知っているのよ……」


 鑑定スキルのおかげだが、そうだと説明するつもりはない。


「それでネル、なんで死ぬのよ。詳しく理由を聞いてあげるわ」


 なんで会ったばかりの人に話をしなきゃいけないんだと思いつつも、少しぐらいなら話してみるのもいいかもしれないと思った。

 死ぬまえに、自分の気持ちを整理するために。


「私はニーニャにひどいことをした。だから生きている価値がない」

「ふーん、ニーニャは怒っているの?」

「別に……あの子は優しいから」

「なら、別に死ぬ必要はないんじゃないの?」

「……あなたは私が死ぬのを止めたいわけ?」


 ネルはそう聞いた。

 するとヴァラクは一瞬考える素振りをして、こう口にした。


「ほら、ヴァラクちゃんって完璧才女なの。だから完璧才女として目の前で死のうとしている人をとめる責任があるわけ」

「はぁ……」


 意味がわからない、とネルは内心思った。


「それにあんたが目の前で死んだら、ヴァラクちゃんが見殺ししたみたいで気分悪いじゃない」

「けど、私が死ぬことに変わりないわ」

「あ、ヴァラクちゃんいいこと思いついたわ」


 ひらめいたとばかりにヴァラクが手を叩く。


「ネルが穴に落ちたら、ヴァラクちゃんも一緒に落ちるわ」


 したり顔でヴァラクがそう宣言した。


「これであんたは落ちることができなくなった」


 バカじゃないの、とネルは思った。

 そんなので、自分を止められるはずがない。


「だから一度ニーニャのところに戻りましょ。こういうのは一度落ち着けば、案外後になって、なんでこんなくだらないことで悩んでたんだろうって感じになるもんよ」


 もうヴァラクの言葉はネルの耳に入っていなかった。

 ネルはゆっくりと穴のほうへと近づき――。


「ちょっ」


 とヴァラクが静止するのを無視して、


「ニーニャにありがとうと伝えて」


 言う同時に、ネルはひょいっと穴に落ちた。


(これで私は死ぬんだ)


 底に広がる暗闇を覗き見ながら、ネルはどこか他人事のようにそんなことを考える。


 ネルは目を閉じて。

 体が落下してゆく自分を意識した。


「うわぁあああああああああああっ」


 叫び声が聞こえる。

 上を見上げると、自分と一緒に落下するヴァラクの姿が。


「え?」


 ネルは思わずそう口にする。


「なんで……?」

「ヴァラクちゃんは有言実行する女だからよっ!」


 ヴァラクは落下しながらもドヤ顔をかます。


「けど、このままだと死ぬわね! どうしよう!?」


 本当に宣言通り落ちるやつがいるのかと、ネルは内心頭を抱えていた。

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