―37― ニーニャちゃん、おやすみ
ネルは地獄の門と呼ばれる深い穴に落下中だった。
「ねぇ、ネル! あんたも協力しなさい!」
なぜかヴァラクも一緒になって穴に落ちていた。
「無理。どうしようもない」
ネルは拒絶する。
実際、ネルにはこの高さから落下して生還するような方法なんてひとつも思いつかない。
「んー、まずはなにも見えないのを克服すべきね」
ヴァラクはそう言って、スキルを唱えた。
「
途端、ヴァラクの持っていた天球儀がまばゆい光を放つ。
これで暗闇だった穴の中が見えるようになる。
そういえばヴァラクの職業は占星術師だったか、とネルは鑑定で見た結果を思い出す。
「ネル、手を繋いで!」
ヴァラクが手を伸ばす。
ネルは思わず手をとってしまう。
「ふふっ、手を繋いだわね」
なぜかヴァラクは笑っていた。
「もしかしてヴァラクちゃんが考えなしに飛び込んだ、と思った?」
ネルは目を見開く。
まさか、なにか策があるというのか?
「
瞬間、フワッと落下速度が急激に落ちる。
「ヴァラクちゃん天才すぎる! これだけの高さから落ちても生還するなんて!」
ヴァラクが自画自賛していた。
はめられた、とネルは思った。
まさか、ヴァラクがこんなスキルを持ち合わせていたなんて。
「さっきのは演技?」
さっきヴァラクは「どうしよう!?」と叫んでいた。
けれど、こんなスキルを隠し持っていたなら焦る必要なんてどこにもなかったはずだ。
「半分は演技」
ヴァラクはそう言って下を見る。
「けれど、あんたに協力してほしいのは本当。だって、これからが本番みたいなもんでしょ」
穴の奥底には蠢く影があった。
地獄の門の底には強力な魔物がいる。そういえば、そんな話があったことを思い出す。
「あんたには私が生きるための協力をしてもらう。嫌だとは言わせない」
「魔物に殺されるのは私にとって本望なのだけど」
「もしかして私を見殺しにするつもり?」
そう言われたら「いいえ」と言うわけにいかない。
だって最近、見殺しにして後悔したばかりだから。
「仕方ない。協力する」
そう言って、ネルは頷く。
「それじゃあ、ここから生きて帰りましょうか」
ヴァラクがスタッと地面に降り立つ。
ネルも一緒に地面に降りた。
「グゴォオオオオオオオオオオオオ!!」
眼前には雄叫びをあげた魔物の姿が。
ランクSS級。
岩ような肌を持つ巨大な龍。
SS級はSランクの冒険者が10人以上いて、なんとか互角になるかどうかというレベルの強さ。
ネルとヴァラク2人だけでは敵う相手ではない。
「あなたなにができるの?」
「ヴァラクちゃんは治癒と敵を状態異常にできるかんじ!」
「そう。なら、私が敵を引きつけるタンクやるから、後方から援護お願い」
本来、敵の攻撃を一手に引き受けるタンクと呼ばれる役割は耐久力のある盾使いや斧使い、大剣使いなどが担う事が多い。
けれど、ネルは【灰色の旅団】とメンバーと魔物狩りする際、耐久の低い斥候職であるというのにタンクを引き受けることが多かった。
それは、ネルが低い耐久力を高い回避力でカバーすることで十分タンクとしての役割を全うできるためだ。
ちなみに、回避を生かしてタンクを引き受ける者を回避盾と呼んだりする。
「加速」
ネルは両手に双剣を握り、スキルを使って接近する。
その胴体を動かし、ネルに激突する。
が、十分回避可能。
ネルは横にヒラリとステップをいれ、
「回転斬り」
ネルにとって最も攻撃力の高いスキルを発動させる。
だが――。
ガッ、と弾かれるような音がする。
(全く効いていないッ!!)
予想はできたことだ。
けど、現に全く攻撃が効かないのを見せられると堪えるものがある。
(弱点のようなものは……?)
魔物には必ず弱点が存在する。
例えば目であったり関節部分であったりなど。
けれど、
あと考えられるとしたら、口の中か。
「
ヴァラクの声が聞こえる。
途端、
「あれ? あまり効いていないかんじ!?」
一瞬、
そして、ヴァラクの存在を認識したようで標的をネルからヴァラクに移した。
このままだとヴァラクが襲われる。
「加速」
ネルは
ならば、好きに攻撃をさせてもらう。
「疾風斬ッッ!!」
両腕を
例え、噛まれて両腕を失っても構わない。
目論見通り
「ネル、それっ!」
「別に問題ない」
「今、治すわよ」
「そんな暇はないッ!」
怒鳴る。
ダメージを与えられたとはいえ致命傷にはほど遠い。
本当に2人で倒せるのか、とネルは思った。
◆
「なぜ、ニーニャがこんなところで寝ていますの」
同時刻。
ネネリは森の中で寝ているニーニャを見つけたところだった。
その手には天球儀が。
ヴァラクの持っている天球儀である。といっても予備の天球儀であり、普段使っているのと比べ小さく簡略的な構造となっている。
ヴァラクとネネリは
けれど、探している最中に2人が違うところにいると知り、ヴァラクとネネリはそれぞれ手分けして探すことにしたわけだ。
それでネネリは天球儀を借りニーニャを探すことにしたわけだが。
なぜか森の中で寝ているニーニャに出くわした。
周りにはダチュラの粉が散布されているため、魔物に襲われる心配はなかったようだが。
「ニーニャ、起きてくださいまし」
言いつつネネリはニーニャの頬をペシペシと叩く。
起きる気配がない。
「すぴー」
ニーニャは気持ちいいよさそうな寝息を立てていた。
つん、とニーニャの頬を突く。
柔らかい。
「す、少しぐらいなら問題ありませんわよね……」
と、よくわからない言い訳としつつネネリはニーニャの頬をぷにぷにと触って堪能していた。
「ふへへっ」
ネネリは誰かに決して見せられないようなだらしない笑みを浮かべてしまう。
「それにしても随分と複雑な構造をしていますわね」
ふと、ネネリは天球儀に目をやる。
宙に浮いた天球儀はクルクルと色んなところが回転していた。
借りる前にヴァラクから最低限の見方は教えてもらったが。
確か、この丸いのが回転していたら危険な状態にあるはずだ。
随分と激しく回っている。
といってもニーニャは見る限り危険な状態にいるとは思えない。
であれば、紺色の少女の方が危険な状態にいるというわけか。
「ひとまず、移動いたしましょうか」
ネネリは立ち上がり、ニーニャを抱えるのだった。
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