―34― ニーニャちゃん、思い出す
死んだと思ったニーニャが目の前にいる。
亡霊に思わず出会ってしまったんじゃないかと、一瞬自分の頭を疑う。
それど、やっぱり目の前にいたのは亡霊なんかじゃなくて……。
「に、ニーニャ……なんで?」
ふとしたときには、疑問が口をついて出ていた。
【ニーニャ】
14歳
スキル:バフ・改 認識障害
才能:なし
楽しい
同時にニーニャの情報が目に入る。
「……ネルちゃん」
ニーニャも戸惑っていた。
ニーニャの両隣には知らない少女たちがいる。
それに、ニーニャの情報が『頭痛』から『楽しい』に変わっていた。
ネルは察してしまう。
ニーニャには今友達がいて、そして楽しいんだってことが。
だからネルはニーニャの前には出てきてはいけなかったんだ。
ニーニャにとって自分は幸せを壊す存在だ。
「待って……!」
無意識のうちに、ネルは一目散に逃げていた。
とにかくニーニャから離れなくては。
そう思った。
◆
「ニーニャ、さっきのはお友達ですの?」
「う、うん」
「追いかけなくてもよろしいのですか?」
「どうかな……」
さっきは勢いが余って「待って」と叫んだものの、ああして逃げた相手を追いかけるべきなのか自分にはよくわからなかった。
「悩んでいるってことは本当は追いかけたいってことよ。別にどうでもいいなら、そもそも悩むはずがないでしょ」
「そうですわね。どんな事情があるのかわかりませんが、お友達なら行ったほうがよろしいのでは?」
2人に背中を押される。
「うん、そうだよね。2人ともありがとう!」
ニーニャは前に踏み出す。
なにを話すのかは会ってから考えよう。
「俊足【バフ・改】!」
ニーニャは地面を強く蹴った。
◆
ネルにとってこの世界は過酷だ。
強くないと生き残れない。
それは孤児院のときからそうだった。
弱かったら食べ物を奪われる。だからネルは強くなって食べ物を奪うほうへと回った。
【灰色の旅団】に入った後もそうだ。
弱かった者たちはみんな死んだ。
ネルは強かったから、今もこうして生き残っている。
ネルにとってニーニャは弱い人間だ。
だから大人たちに都合よく使われて衰弱していった。
そして、ネルはこれからも過酷な世界で行き続けるし、常に強い方から弱い者が死んでいく様を見続ける。
それはネルにとって死ぬまで続く
(過酷な世界から脱するなんて選択肢もあったんだ)
ネルはニーニャの今の姿を見て、初めてそのことに気づかされた。
ネルにとって【灰色の旅団】は一生ついてまわるもので、逃げることなんて許されないものだと思っていた。
実際、【灰色の旅団】は脱退を許さない。
脱退しようものなら、なにをされるかわかったもんじゃない。
「ネルちゃん!」
(え?)
後ろを振り向くとニーニャがいた。
嘘、まさか追いかけてくるなんて。
「加速」
ネルは斥候系のスキルを発動させる。
加速を使えば、相手が同じ斥候職でない限り絶対に追いつけない。
「ネルちゃん、待ってよ!」
「え?」
ニーニャが並走していた。
おかしい。
自分は相当速く走っているはずなのに。
「加速……!」
ちゃんとスキルが発動していなかったのかもしれない。
そう思い、もう一度スキルを使う。
そして、もう一段階スピードがあがった。
「ね、ネルちゃん、は、速いよっ!」
「え?」
なんでニーニャが自分に追いすがろうとしているんだ?
ニーニャは速く走れるようなスキルなんて持っていなかった。
本来なら、一瞬でニーニャとの距離を突き放さなくてはいけないはず。
なにかがおかしい。
「か、加速……っ!」
さらに、もう一段階スピードをあげた。
なのに――
「ね、ネルちゃん逃げないでよ! 少しお話ししたいだけなのに!」
全然、ニーニャとの距離が離れない。
いつの間にか、街からでていて森の中を走っている。
(おかしい……っ)
ネルは混乱していた。
まさかニーニャが自分に追いつけるなんて、そんなのあり得ない。
(なんで、私についてこられるの?)
「あっ」
気がついたときにはネルの体力に限界がきていた。
ふらり、と足がよろけ地面に倒れる。
体中、汗だらけ。
もう足が動きそうにない。
「ネルちゃん足が速いんだから、追いかけるのに苦労したよ……」
ニーニャが隣に立っていた。
息はあがっているが、まだ余裕そうにも見える。
「私を追いかけて……復讐をしに来たってわけ?」
ネルは咄嗟にそう言う。
ニーニャが追いかけてきた理由が、他に思いつかなかった。
「え、なんで?」
と、ニーニャが小首を傾げていた。
「だって私、あなたに酷いことした」
「そ、そうだっけ……?」
ニーニャは目をそらす。
「覚えてないの?」
「いや、そ、そそそそそんなことないよ!?」
動揺しすぎだ。
嘘をつくのが下手すぎる。
「忘れたんだ」
「ま、待って、い、今思いだすから!」
そう言ってニーニャは頭を指で押さえて「ん~~~っ」と唸り始める。
必死に思い出そうとしていた。
「………………」
ニーニャが無言でこっちを向いていた。
どうやら思い出すのを諦めたらしい。
次の瞬間。
ぽん、とニーニャが手を叩いて、ぱぁ、と笑顔になる。
いい方法を思いついたらしい。
「知力【バフ・改】!」
そう言って、ニーニャは自分の頭を【バフ】させた。
ネルにはそれが、なにをしているのかよくわからなかった。
「思い……出したよ!」
そう呟いてニーニャはこっちを向いた。
「思い出したの?」
「うん、思い出した。全部ではないけど。でも、ネルちゃんがわたしになにをしたのかは思い出した」
「なら、私がニーニャにすごく酷いことしたってわかった?」
「そ、そんなことはないと思う……」
「なんで? 魔力回復薬を最初に飲ませたのは私よ」
「けど、ネルちゃんは最初の一ヶ月だけで、それ以降は他の人たちに飲まされ続けた。知っているよ、ネルちゃんが魔力回復薬のことを黙っていたのを……」
「……けど、あなたを見殺しにしたわ」
「私を追放したのはガルガだよ。誰だってガルガには逆らえない」
「けど……ッ」
「それに、私がネルちゃんにお願いしたんだよね。私を殺してくれって。それをネルちゃんなりに叶えてくれたんでしょ?」
「でも、あなたを救おうなんて一切考えなかった!」
「どっちにしろ、あのときの私はひどく衰弱して放っておいてもそのうち死ぬ運命だった」
「けど、私はあなたの死を利用した……」
「そうなの?」
「……そうよ。私はすごく最低なの」
「けど、ネルちゃんなりになにか考えがあったんでしょ」
「なんで、そんなに私のことかばうの!」
「それは、ネルちゃんが優しいことわたし知っているから」
「違うッ!!」
自分でもびっくりしてしまうほど、大きい声を出していた。
「わ、私は、優しくない……ッ」
心の底から否定したがっていた。
そう、自分は優しいとはほど遠い存在だ。
「違うよ。だって、わたしネルちゃんにたくさん助けられたもん」
そっとニーニャがネルを抱擁していた。
「私、ずっとネルちゃんにありがとう、って言わなきゃいけないと思っていた」
「そんなことした覚えない」
「知っているよ。ネルちゃんが陰ながらわたしたちのこと守ってくれていたのを」
「し、知らないそんなの……っ」
「ネルちゃんが孤児院出身の子供たちの中で、一番最初に強くなってくれた。強くなったネルちゃんは大人たちに睨みを利かせてくれた」
「でも、大した意味はなかった」
「けど、ネルちゃんが先頭を走ってくれたおかげで、わたしたちは希望を持てた。みんなネルちゃんを目標にがんばることができた」
「でも、私はみんなを助けようとしなかった」
「知っているよ。わたし、ネルちゃんがどんだけ辛い立場だったのか。ネルちゃんが孤児院出身だからって差別されても、強くなることで周りを認めさせようと努力していたことも」
「で、でも……っ」
「それにわたしは何回もネルちゃんに命救われている」
「え?」
「わたしが魔物と無理矢理戦わされているとき、ネルちゃんがこっそり助けてくれていたこと、実は気がついていたんだぁ」
えへへ、とニーニャが笑う。
「だから、ネルちゃんにはありがとうって感謝してもしきれないよ」
ニーニャがとても眩しく見えた。
その眩しさに自分が呑まれてしまいそうになる。
ネルの中で、なにかが変わっていく。
「ニーニャ、ごめんね」
素直な感情が口をついて出ていた。
「別にネルちゃんが謝ることはないよ」
うん、ニーニャならそう言ってくれると思った。
だって、ニーニャは優しいから。
だからこそ、その優しさに甘えてはいけない。
ネルは静かに決意した。
いくらニーニャが責めないとしても、ネルが罪を犯したことに変わりはない。
そう、罪には罰が必要だ。
「え?」
ニーニャは言葉を漏らす。
次の瞬間、ニーニャはバタリと地面に倒れていた。
ネルの手には睡眠袋が握られていた。
それからニーニャの周りに魔物が嫌いな匂いを発するダチュラという植物から作られた粉を散布する。
これで寝ているときに魔物に襲われるなんてことは起きない。
それからネルはトボトボと前を歩く。
自分の死に場所を探すために――。
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