―33― ニーニャちゃん、猫耳!

「ニーニャ、またたびですわ!」

「にゃ―ん」

「こっちですわ!」

「にゃーん」

「ホントはこっちですわ」

「い、いじわるしないでほしいにゃん」

「か、かわいい……! わたくし、ニーニャを一生飼うことに決めましたわ!」


 猫耳をつけているニーニャをネネリが頬ずりしていた。


「あ、あんたたちなにしてんのよ……」


 ヴァラクは目の前の状況がよく飲み込めないでいた。


「なにって、ニーニャが新しい装備を買いたいとおっしゃっていたではありませんの」


 ネネリが、なにを聞いてんだ、という口調でこっちを見る。

 そう、今日はニーニャが装備を一新したいと言い出したので3人で装備屋を訪ねていたわけだが。


「それはわかっているんだけど……」


 装備を買う過程で、なぜこんなことになるのか。周りに人だっているのに恥ずかしい。


「ヴァラクちゃんはこの装備かわいいと思わないにゃん?」


 ニーニャは立ち上がって小首を傾げる。

 ニーニャは全身猫のような装備で固めていた。

 猫耳のついたフードに肉球のついた手袋。それにしっぽまである。こんな装備をよく見つけてきたな、と思わず感心してしまう。


「まぁ、ヴァラクちゃんの次にかわいいんじゃないかしら」


 確かに猫耳装備のニーニャはかわいかった。

 特に猫耳の部分を触りたい。そして、全身を思っきり撫で回したい。

 そんな欲望をぐっとヴァラクは抑える。


「わーい、ヴァラクちゃんに褒められたにゃん!」


 そういって、ニーニャはその場をぴょんぴょん跳ねる。

 そんな様子を見て、ネネリがニーニャをかわいがるのもわからなくないよな、とか思う。


「ネネリが手に持っているのはなんなのよ?」

「これはまたたびのおもちゃですわ」


 そう言ってネネリは手に持っているのをゆらゆら動かす。

 すると、ニーニャが「にゃん」と言って飛びかかる。


 もし、ニーニャがこの装備をつけることにしたら、毎回こんなのを見せられるのか、と思うとヴァラクは辟易した。


「ニーニャ! このちょーセンスがいいヴァラクちゃんがもっといい装備を選んであげる!」

「わたくしのセンスに文句をつける気ですの」


 と、ネネリがジト目でこちらを伺う。

 そう、さっきはネネリに好きに装備を選ばせたからこうなってしまったのだ。

 ならヴァラクが選んでしまえばいい。


「わーっ、ヴァラクちゃんにも装備選んでほしいにゃん」


 と、ニーニャは飛び跳ねた。







 30分後。


「くっくっく、どうだ? 我の生まれ変わった……えっと、なんだっけヴァラクちゃん?」

「えっ、忘れたの? こう言うのよ」

「くっくっくっ、どうだ? 我の生まれ変わった姿は。ふっ、聞かずともわかる。どうやら貴様の視線を奪ってしまうほどに、ま、まばゆいようだな」


 後半、ひどくたどたどしかったけど、なんとかセリフを言い終えたニーニャである。


 ニーニャは全身黒いドレスに身を包んでいた。

 さらに十字架のアクセサリーをつけ、そして必要性がわからない黒い眼帯をつけていた。

 ゴスロリと呼ばれるタイプのファッションだったはずだ。


「まぁ、ありですわね!」


 ネネリはグッと親指を立てる。

 ニーニャのかわいさを引き立てるには、こういった方向性もあるんですわね、とネネリはヴァラクの発想に感心していた。


「わーっ、ネネリちゃん褒められたーっ! じゃなかった!? えっと、我を褒めるとはお主中々……もうなんて言えばいいのか、わかんないよ!?」

「えっと、こう言うのよ……」


 ヴァラクはニーニャに耳打ちする。


「我を褒めるとはお主中々の慧眼であるな!」


 やっと言えたニーニャである。


「ふ、ふぐっ」


 たどたどしい感じが余計かわいく思えてきて、ネネリは鼻血がでそうになってしまった。


「よ、よくこんな服を見つけてきましたわね」

「ふふんっ、ヴァラクちゃんにかかればこの程度お茶の子さいさいなんだから!」


 ヴァラクは胸を張っていばる。


「それにしても、よくできた服ですわね」


 ネネリはニーニャの服をつまむ。

 目を凝らすと細かい刺繍が施されているのがわかり、また違った楽しみ方がありそうだ。


「もしかしてヴァラクはこういう服が好みなんですの?」

「えっ、そ、そんなことあるわけないしっ!」


 なぜかヴァラクは顔に真っ赤にさせて否定していた。

 過去になにかあったのかもしれない。


「ねぇ、思ったんだけどこの服じゃわたし戦えないよ」


 確かに、ニーニャの言う通りだった。







「けっきょくその服にしたのね」


 ニーニャは猫耳装備をつけて装備屋をでる。

 とはいえ肉球のついた手袋やしっぽは買わなかった。どちらも戦闘には不要だからだ。


「ニーニャ、かわいいですわよ」


 ネネリが褒めてくれる。


「えへへっ、ありがとにゃん」

「別に猫耳をつけたからって、語尾ににゃんをつける必要はないのよ」

「はっ、確かにそうだにゃん。じゃなかった……そうですね」


 ヴァラクの言う通り、にゃんをつける必要性がどこにもなかった。

 てか、なんで今までつけていんだろう……。


「えー、にゃんをつけて喋っているほうがかわいらしいですのに」


 ネネリが不満そうに口を尖らせる。


「いや、公衆の門前でにゃんつけてしゃべるのはおかしいでしょ」


 と、ヴァラクが冷静につっこむ。


「ねぇ、そういえば、なんで装備を一新したの? 別に前の灰色のフードのままでもよかったじゃない」


 ふと、ヴァラクがそう口にする。


「えっとですね……」


 ニーニャはどう答えるべきか困った。

 実を言うと装備は前々から変えたいと思っていたのだ。

 魔物を狩り続け、やっと貯まったお金で、その願いを叶えることができた。

 装備を変えたかった理由は――。

 灰色のフードは【灰色の旅団】の象徴だから。

 そんな服を身に着けているのは嫌だった。


「あの服、ずっと前から着ていて結構ボロボロだったんですよ」

「ふーん、確かに言われてみればそんな感じだったわね」


 そうヴァラクは納得してくれた。


 よかった。咄嗟についた嘘で納得してくれて。



 もしも、2人に【灰色の旅団】のことを喋ったらどんなリアクションをするんだろうか?


 2人とも素敵な人だから、きっと同情してくれるに違いない。

 けれど、言いたいとは思わなかった。


 あれは自分にとって暗い過去だ。

 せっかく今が明るくて楽しいのに、そこに暗い過去を持ち込みたいとは思わない。


「ねぇ、手をつないでもいい?」

「わたしくはいつでも大歓迎ですわ!」


 そう言って、ネネリはガシッとニーニャの手をつなぐ。


「ねぇ、ヴァラクちゃんもダメかな?」

「まぁ、別にいいけどね……っ」


 ヴァラクは恥ずかしながらも手をつないでくれる。


 それから3人で手をつなぎながら歩いた。


 通り過ぎる人たちからは「仲いいわね~」という感じの微笑ましい視線を向けられる。

 それはちょっと恥ずかしかったけど、ギュッとニーニャはより手に力を入れる。



 この温かい関係がいつまでも続けば、それはニーニャにとってすごく幸せなことなんだろうな。








「に、ニーニャ……なんで?」


 目の前に灰色のフードを被った女の子がいた。

 鮮やかな紺色の髪の毛に黒い瞳。

 そう、名前は確か――


「……ネルちゃん」


 ぽつり、ニーニャは呟く。

 久しぶりの邂逅だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る