―32― そして、ネルは動き出す
ある日ネルは自分を鑑定すると『全ステータスバフ』という文字が消えていることに気がついた。
これはニーニャによってもたらされたものだった。
(ニーニャが死んだ……)
ふと、ネルはそう思う。
別に悲しくはなかった。
けど、喪失感はあった。
いつしかニーニャが死ぬことはわかりきっていたことだ。
だから、悲しむ必要はない。
けど、小さなお墓は作った。
石を置いただけの簡単なお墓だ。
そのお墓の周りにも、いくつものお墓があった。
それらはニーニャがつくったお墓だ。
どれも孤児院出身のクランメンバーのものだ。
◆
それから数日後。
クランリーダーのガルガがダンジョン攻略をすると宣言をした。
今までにない規模での攻略だ。
本気で最奥にいるボスまで攻略するつもりだろう。
そのメンバーにネルも加わることになった。
もしかしたら、ネルの密かに企てた策略が功を成すかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら。
そして
うまくいかない可能性のほうが高いだろう、と思っていただけに想定以上の結果が得られたことにネルはほくそ笑む。
それから【灰色の旅団】は荒れに荒れた。
36名の死亡。
しかもクランにとって優秀な人材ばかりが死んだ。
その責任を誰がとるんだ、という議論になった。
その矛先は当然、クランリーダーのガルガに向けられた。
ガルガは原因を調査する、といって表舞台から姿を消した。
◆
「おい、ネル」
ネルが一人で路地裏を歩いていたときのことだ。
目の前にはクランリーターのガルガがいた。
「みんなあなたのことを探している」
「そんなことはどうでもいい。それよりもニーニャが全クランメンバーを【バフ】していたのは本当か?」
そういえば、そんなことをガルガに話していたなぁ、と思い出す。
あのときは興奮していて、余計なことを喋りすぎた。
「そんなことあるわけがない。もし、私がそんなことを言っているとしたら、それはただの勘違い」
と、ネルは否定する。
「ああ、そうだよな」
ガルガがそう言って頭を掻く。
それから用は済んだとばかりにガルガはその場から立ち去った。
今あったことを他のクランメンバーに報告すべきだろうか?
別に話す必要はないか。
ネルは【灰色の旅団】において特殊な立ち位置にいた。
誰とも派閥を組まない一匹狼のような存在だ。
だから、ガルガの影響がなくなった【灰色の旅団】内で起きている派閥争いとは無縁だった。
ネルは一人で街を散策していた。
そのときである。
「ニーニャというとんでもない冒険者がいるらしいぞ」
ふと、話が聞こえる。
見ると、二人組の男性が談笑していた。
「ねぇ、今の話詳しく聞かせて」
ネルはそう口にしていた。
すると男たちは見るからに動揺し始めた。
この街にいる人達は相手が【灰色の旅団】だと知ると、決まって萎縮する。
「え、えっとだな、ウィンという街にニーニャという凄腕の冒険者がいるという話だが……」
男の一人がそう教えてくれる。
「ありがとう」
ネルは淡々とお礼を言って、男たちにお金を渡した。
ちょっとしたお礼だ。
(恐らく同名の冒険者……)
ニーニャは死んだ。
だからニーニャがいるはずがない。
そう思いながらもネルの鼓動は早くなっていた。
その足取りはウィンの街へと向かっていた。
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