―31― ネル、追想する④
ニーニャを自分のベッドに寝かしながらネルは考えてた。
一体どうしようか? と。
なんとかする、と言ったものの特に考えがあったわけではない。
勢いでそう言ってしまっただけだ。
とはいえ、一度やると言った以上責任を持たなきゃいけない。そうネルは考えていた。
ニーニャの願いは2つ。
自分を殺すこと。
他の冒険者を自分に殺させないこと。
その2つの願いを叶えるには自分はどうすべきか? 色々と頭を悩ませて、結論が出る頃には日が昇ろうとしていた。
「お、おはよう……ネルちゃん」
ふと、ニーニャがベッドから立ち上がっていた。
焦点があっておらず足取りも覚束ない。
ニーニャが言っていた現実か夢なのか曖昧な状態が今なのだろう。
「おはよう、ニーニャ」
そうネルは返事をする。
すると「ん」と返事をして、ニーニャは部屋を出ていこうとした。
「ニーニャ、今日からあなたは私と一緒に住むことになったから。必ず夜はこの部屋に帰ってくること」
「わかった……」
曖昧な返事をしてニーニャは部屋を出ていく。
本当に大丈夫か、と不安になったが、大丈夫なのを信じて待つしかない。今日、ネルはやらきゃいけないことがたくさんあった。
それからネルは一日中かけてある準備をした。
「ただいま……」
夜になると、約束通りニーニャは自分の部屋に帰ってきた。
見たところニーニャの目が虚ろで、意識がはっきりしていない状態なのだろう。
「ニーニャ、ここに座って」
ニーニャをベッドの上に座らせる。
「これを飲んで」
小瓶に入った液体をニーニャの口に当てる。
素直にニーニャは全部を飲み干した。
「今飲ませたのは催眠作用のある薬」
「ん」
と、ニーニャが短く返事する。
恐らくネルの言った言葉を理解していない。
今日ネルが一日かけてしたことは、この薬の入手と暗示のかけ方を調べることだった。
どうやらニーニャはすでに暗示にかかりやすい状態であるらしいが、薬を飲ませたほうがより効果的だろう、と思ってのことだ。
さて、具体的にどう暗示をかけるかだが……。
ネルは自分の唇に手を当てつつ考えてから、こう口にした。
「あなたはなにもできない無能」
「わたしはなにもできない無能……」
ぼーっとした様子のニーニャもそう復唱する。
「あらゆる結果はあなた以外がもたらしたもの」
「あらゆる結果はわたし以外がもたらしたもの……」
「あなたは無能だからなにが起こっても、あなたは関係ない」
「わたしは無能だからなにが起こっても、わたしは関係ない……」
と、ニーニャはネルの言葉をひたすら復唱する。
今日はこんなもんだろう。
ネルは暗示をかける作業を数日に渡って続けた。
そして数日後には、
【ニーニャ】
14歳
スキル:バフ Lv68 認識障害
才能:なし
頭痛
とスキルが1つ増えていた。
『認識障害』をスキルといっていいのかネルは判断に迷ったが、とりあえず目標は達成したといえる。
これでニーニャは自分を無能だと思い込み続ける。
この状態でなら、ニーニャは誰かを殺そうという発想に至れないだろう。
もし、なにか間違いで誰かを殺したとしても、それが自分の原因だと気がつかない。
1つ目の願いは達成だ。
ネルはもう一つニーニャに指示を出した。
それはクランメンバー全員を【バフ】させることだ。
本来、スキルには距離の限界がある。
10メートル以内の範囲にいる人間を回復させるという具合に。
けれどニーニャの成長するスキルなら、距離の範囲もそうとう広くなるんじゃないかとネルは予想した。
実際、やらせてみたところ1キロ以上離れた人物でも【バフ】することができた。
だから、可能なかぎりクランのメンバーを【バフ】させるようにニーニャに指示を出した。
暗示のかかっているニーニャはネルの言うことを無意識のうちに聞くようになっていた。
なぜ、ネルがニーニャにこんなことをやらせたのか、それには2つの理由があった。
1つ目はニーニャが無能と思い込んでいるのと、現実の相違をなくすため。
もし、現実と違うことが起きているに気がつけば暗示がとける可能性があった。
ニーニャの【バフ】のスキルがパウンドケーキを切り分けるように【バフ】させる対象が増えれば増えるほど、効果が減退していくことをネルは知っていた。
それはネルの【鑑定・改】のスキルのおかげで気がつけたのである。
だから、クラン全員を【バフ】させるという負荷をかけ続けることで、ニーニャが【バフ】させろ、と命令されたさいに、ニーニャは特定の人をほんの少ししか【バフ】できなくなる。
そしたらニーニャは無能と罵られるだろう。
すると、ニーニャは自分が無能だとさらに暗示がかかっていくに違いない。
ちなみにもう一つの理由は、もしうまくいけばいいな、という程度の淡い期待だ。
それからニーニャの願い――自分を殺してくれ。
これは無理に解決する必要はないだろう、と判断した。
殺してほしい原因である、無意識に誰かを殺すかもしれない、という願いは叶えたのだし、仮にネルが直接手を下さなくてもあの調子だとニーニャはいずれ死ぬ。
それほどニーニャは衰弱していた。
こうしてネルはニーニャを完全にコントロールすることに成功した。
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