―30― ネル、追想する③
クランリーダーのガルガが言った1ヶ月の期限が経った。
「これなら最低限、使い物になると思いますが」
最終的にニーニャの【バフ】のレベルは30になった。
そのおかげで、通常のバフスキルに比べてニーニャの【バフ】の方が優位であることが示された。
「使えば使うほど成長するスキルか」
そう言ってガルガは考える仕草をする。
ちなみに、ニーニャの【バフ】にレベルの概念があることまでは伝えていない。それはニーニャにも同様に伝えてはいない。
自分の鑑識スキルが特別であることを知られたくなかった。
「おもしろい。ニーニャ、お前はまだ追放しないでおいてやる」
「ありがとうございます」
ニーニャは頭を下げる。
これで自分の役目は終わった。
これでニーニャも安心できるだろう、そうネルは考えていた。
けど、ニーニャにとってはこれからが本当の地獄の始まりだった。
◆
「あの、ネルちゃん……いいかな?」
ネルが寝ている部屋にニーニャが訪ねてきたことがある。
「なに?」
時間は深夜。
ネルはすでにベッドで寝るようとしていた。
こんな時間にわざわざなんのようだろう? とネルは
「ちょっとお話したいことがあって……」
「まぁ、いいけど」
ニーニャを部屋の中に通す。
こうしてニーニャと面と向かって話すのは久しぶりだった。
【ニーニャ】
14歳
スキル:バフ Lv65
才能:なし
頭痛
ニーニャと特訓をしてから、1年以上の月日が経っていた。
【バフ】のレベルも随分と上がっている。
「それで話ってなに?」
「えっとね……」
ニーニャは話しづらそうに俯いたままだ。
顔色もひどく悪い。『頭痛』の文字も消えていない。
あれからもニーニャは魔力回復薬を飲まされ続けているようだった。
ネルは魔力回復薬のことまでガルガに教えていなかったが、きっとどこからか話が漏れてしまったのだろう。
「ねぇ、早く言って。時間も遅いんだし」
いつまでも話を始めないニーニャを急かす。
「そうだよね……」とニーニャは申し訳なさそうに口にする。
「実はネルちゃんにお願いがあって来たの」
「お願い?」
「そう、お願い」
「なに?」
「そのね……」
ニーニャは一度息を吸ってから、
「わたしを殺してほしいの」
と、口にした。
瞬間、ネルの頭にぐるぐると色んな感情が溢れ出す。
「どうして?」
まず、理由を聞かなきゃ判断しようがない。そう思った。
「最近、本当に頭痛がひどくてね。今が夢の中なのか現実なのか曖昧なときも多くてね。記憶とかも途切れることが多いし……」
魔力回復薬を大量に飲むと、様々な副作用が現れる。
その中には幻覚作用であったり、不眠症があったりしたはずだ。
「それでね、今日何人かの冒険者とダンジョンに潜ったんだけど、それであまり記憶がないんだけど、どうやらわたし人を殺したみたい」
『殺した』。ニーニャの口にからでてきたとんでもない単語にネルは背筋をゾッとさせる。
この子はなにを語ろうとしているんだろうか?
「あなたに冒険者を殺すだけの力があると思えない。なにかの勘違いだと思う」
思ったことを口にする。
【バフ】しかスキルを持たないニーニャに、他の冒険者を殺せるような力はないはずだか。
「うん、勘違いかもしれない」
素直にニーニャは認めた。
「本当に記憶がぐちゃぐちゃしていて自分がやったかどうかもよくわからない。けど、やっぱり自分がやったような気がする」
「確かに、今日ダンジョンから帰ってこなかった冒険者がいるって話は聞いていたけど……」
そう、今日ダンジョン内で死んだ冒険者は間違いなくいた。
その冒険者とニーニャがパーティーを共にしていたことも聞いている。
けど、やっぱり信じられない。
それはニーニャがそんなことするはずがないという思いからではなく、ニーニャに他の冒険者を殺すだけの能力を持っていないという事実に基づいた推測だった。
「冷静に考えたらわかること。ニーニャは【バフ】スキルしか持っていない無能。あなたが他の冒険者を殺せるはずがない」
だから、ネルは淡々と事実を指摘した。
「違う。最近考えるの。わたしのこのスキルは、わたしが考えている以上にとんでもないスキルなんじゃないかって……」
「けど、やはりあなたには他の冒険者を殺すことはできない」
「魔物を【バフ】させれば、その限りではないわ」
ジッ、とニーニャはこっち見て呟いた。
「そんなことができるの?」
「うん、魔物が襲ってきた一瞬だけ【バフ】させて、本来なら破れないはずの盾をぶち破ってきたわ」
「殺した理由はなに?」
「そいつ、今日わたしのことぶったわ」
「そう」
殺す理由としては十分だな、とネルは思った。
「それで、なんで私があなたを殺さなきゃいけないの?」
「わたし、このままだと他のクランメンバーも殺すことになるわ。だから、その前にわたしを殺して」
「別にいいと思う。殺しても」
素直にネルは思ったことを口にする。
別にクランメンバーが殺されることに思うことはない。むしろ清々するくぐらいだ。
「わたしはネルちゃんみたいに強くないから、そうは思えないよ」
「そう」
ネルは短く返事する。
そして、ふと浮かんだ疑問を口にした。
「なんで私なの?」
ニーニャとは特訓していた際に付き合いがあったぐらいで、特別親しい仲だった覚えはない。
他の孤児院出身の子供とか、ニーニャならもっと親しい人がいたはずだ。
なのに、なんでこんな大事な話を自分に聞かせるんだろうか。
「ネルちゃんは優しいでしょ。それにこんな話、ネルちゃん以外に話せる人いないよ」
(私が優しい……?)
そんな覚えはないが。
優しいのはどちらかというとニーニャのほうだ。
「死ぬなら、勝手に自分一人で死んで。それに私を巻き込まないで」
ネルは正直に思ったことを口にする。
わざわざネルがニーニャを殺す意味がない。死にたいなら、自分一人で死ねばいい。
「そう、だよね……」
ニーニャは頷きながら立ち上がる。
「ごめんね。変なことお願いして。わたし、ネルちゃんに甘えてたかも」
そう言うと、ニーニャはトボトボと部屋を出ていこうとする。
その背中を見て、ネルは思った。
もしかしたら、これが最期のお別れかもしれない。
「待って」
気がついたときには、ネルはニーニャの腕を掴んでいた。
「私がなんとかするから」
そう言って、ニーニャの体を自分の方へ抱き寄せる。
「あはは……やっばりネルちゃん優しい」
(別に私は優しくない)
そう思ったときには、ニーニャはすでに目をつぶっていた。
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