―29― ネル、追想する②

「ネルちゃん、ごめんなさい……。わたしが不甲斐ないばかりに」


 二人きりになると、早速ニーニャが頭を下げてきた。


「別に構わない。これも仕事だから」


 淡々とネルはそう答える。

 実際、この程度の頼み面倒だとは思っていなかった。それに、達成できなかったらニーニャが追放されるだけで、自分に不利益があるわけではないし。


 早速、ネルはニーニャを鑑定する。



【ニーニャ】

 12歳

 スキル:バフ Lv3

 才能:なし

 責任



 予想通り才能がない。

 けど、気になることが1つある。


「あなた才能ないから、なにをやっても新しいスキルを手にすることはない」


 と、まずは正直に言う。


「そうでしたか……」


 ニーニャは俯く。

 とはいえ、諦めるのはまだ早い。


「ニーニャ、【バフ】というスキルについて教えほしい」

「えっと、生まれ付き持っているユニークスキルです。他人のステータスを上昇させることができるんですけど、上昇値もわずかだし使い物にならないって。せめて、他のスキルを身につけて戦えるようになれって言われてて」


 確かに、ステータスを上昇させること自体は有用なスキルだが、本人が戦えないのではただの足手まといだ。


 とはいえ、他のスキルを獲得できそうにない以上、【バフ】をなんとかするしかない。

 それに、どうやらこの【バフ】のスキルにはレベルの概念があるらしい。

 レベルの概念があるスキルをネルは他に見たことがなかった。


「ニーニャ、あなたの【バフ】を成長させる方針でいく。どうやらあなたの【バフ】は使えば使うほど強くなるみたい」

「そ、そうなんですか? わかりました……」


 ニーニャは戸惑いながらも頷く。




 それから、ニーニャに【バフ】のスキルを時間が許す限り使わせた。


「あまり効果がでていない」


 一週間後、ニーニャを鑑定したネルがそう口にする。


【ニーニャ】

 12歳

 スキル:バフ Lv4

 才能:なし

 責任


 と、レベルが1つしか上がっていない。

 あと三週間ほどしかないのに、このペースだと時間があまりにも足りない。


「できる限りスキルを使って魔力を消費しているんですが……」


 ニーニャの言葉に嘘はないのだろう。

 けど、同じように続けていては、このままだとニーニャは追放される。


「強硬手段に出る」


 ネルはそう決めた。


「明日までに用意するから、また明日」


 そして次の日。


「ニーニャにはこれを飲んでもらう」


 そう言って見せたのは、小瓶に入った液体。


「これはなんですか?」

「魔力回復薬」


 スキルを消費し魔力がなくなった際に、魔力を回復させるために飲むものだ。


「魔力が切れたらこの薬を飲んで、スキルを使う回数を増やすんですね」

「違う。そうじゃない」

「え?」

「魔力が十分にある状態で飲んでもらう。そうしたら体内の魔力が過剰になり、魔力を消費しようと体が勝手に魔力を使おうとする。その状態が続けば、自ずとスキルが成長する」


 そう言いながらネルは見せた。


「これだけの本数を飲めば、追放はされないぐらいには【バフ】が強くなるはず」


 ネルの手元にある箱には100本以上の魔力回復薬があった。


「わかりました」


 そう言ってニーニャは小瓶に手を伸ばそうとする。


「待って」


 それをネルは止める。


「過剰に魔力回復薬を消費したら副作用が生じる可能性が高い。それでもやる?」

「や、やります!」


 ニーニャは頷いた。


「うっ、うぐっ」


 5本目を飲んだ頃にはニーニャに異変が生じた。

 苦しそうに頭を抱えている。


「やめる?」

「や、やります……っ」


 そう言って、ニーニャは次々と魔力回復薬を飲んでいく。

 途中、吐きそうになりながらもなんとか押さえつつ、飲んでいく。


 なんでこんなにがんばるんだろう? とネルは不思議に思った。

 ニーニャには『責任』の文字が浮かんでいた。

 その『責任』はなにに対する責任なんだろうか?




「ねぇ、なんでそんなにがんばるの?」


 ニーニャが魔力回復薬を飲み始めて一週間が経ったとき、ふとネルはそう口にしていた。


「だって、私ががんばらないと他の子たちが……」


 ニーニャはそう言って、魔力回復薬を飲み続ける。


 後から知ったことだが、ニーニャは孤児院出身の子供たちの待遇を改善しようと所望したらしい。

 そのためには、ニーニャ自身が強くなってクランに貢献しろ、と言われたとか。

 ネルは他の子供達とあまり関わりを持たないようにしていたため、そんな話微塵も知らなかった。


(バカみたい……)


 ニーニャのその話を知ったとき、ネルは素直にそう思った。

 自分のことさえままならないのに、他人のことを気にするなんて、ホントバカみたいだ。




「ねぇ、ネルちゃん。お願いがあるんだけど……」


 特訓が始まって2週間後。

 その日の特訓が終わり、気分悪そうにうずくまっているニーニャがそう言った。


「なに?」

「台所にお菓子があるはずだから盗んできてくれないかな」


 お菓子を盗む。

 ネルはニーニャがそういった非行をする人間に見えなかったから驚く。


「なんで?」

「時々盗んでは他の子供たちに配っているんだ。まぁ、たまに見つかってはぶたれるけど。最近、調子悪くてずっとできていなかったから……。駄目かな?」

「まぁ、いいけど」


 ネルは頷く。

 他の子供のためにお菓子を盗むなんて、なんてバカなことしているんだろうと思った。

 とはいえネルの斥候職のスキルなら、簡単に盗めるため自分がやることに関しては問題はないのだが。


「「ニーニャおねーちゃん!」」


 戻るとニーニャの元に子供たちが駆け寄ってきた。


「今日はみんなためにお菓子持ってきたから」

「ホント? やったぁー。ニーニャおねーちゃんいつもありがとう!」

「えっと、今日はわたしじゃくなてネルちゃんが持ってきてくれてから」

「あげる」


 そう言ってネルはクッキーの入った箱を渡す。


「「ありがとうネルおねーちゃん」」


 子供たちはお礼を言うと、お菓子の入った箱に夢中になった。


「みんな仲良く分けて食べるんだよー」


 そうニーニャは言うと奥へと引っ込んでいた。

 一見平常心を保っているように見えるがネルにはわかっていた。


【ニーニャ】

 12歳

 スキル:バフ Lv25

 才能:なし

 頭痛


『責任』の文字が『頭痛』に変わっていた。

 相当辛いのを我慢しているんだろう。


 とはいえこのペースなら、ガルガのいった期限までには最低限の成長が見込めそうだ。

 それまでの辛抱だ。

 ニーニャならきっと乗り越えられる。

 そうネルは思っていた。

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