―28― ネル、追想する①

 昔、孤児院にいたときの話だ。


 お菓子を同い年の男の子に奪われたことがあった。

 ただでさえ食べるものが少ない孤児院においてお菓子はとても貴重。

 だから奪われたことに対して、ネルは静かに腹を立てた。


「おい、俺とやる気か?」


 ネルが立ち上がると、男の子はそう口にした。


【ルウス】

 7歳

 スキルなし

 才能なし

 動揺


 物心ついたときからネルは人を見ると、その人の情報が頭に浮かんでくる。

 これをユニークスキルというのは、後から知った。


 男の子が動揺している。

 それがわかれば自分は落ち着くことができた。


 だからネルは冷静に、男の子の顔面を殴った。

 殴られた男の子はお菓子を放り投げる。

 それからネルは、取り戻したお菓子を夢中になって食べた。

 その傍らでは男の子は一人泣きじゃくっている。

 だからといって、気にはならなかった。


 あとから院長に怒られたが、別にどうってことはなかった。

 反省している、と言うだけ言って後は知らんぷり。

 ただ院長を見たとき、『疲労』の文字が浮かんでおり、こうはなりたくないな、と考えていた。


 ネルは自分のことを見ることもできた。


【ネル】

 7歳

 スキル:鑑定・改

 才能:斥候職

 平常心


 人を見ると、その人の情報が見えるのは【鑑定・改】というスキルのおかげらしい。

 改という文字がなんなのか、普通の【鑑定】というスキルとなにが違うのか、そのときのネルにはまだわからなかった。

 それと、自分には斥候職の才能があるようだ。

 だからネルは斥候職のスキルを手にするべく、様々な努力をした。

 毎日走り込みや剣の練習、さらには投石、また他の孤児院にいる子供に協力をしてもらって剣を躱す練習なんかもした。

 そうやって努力を重ねていって、9歳になったとき、


【ネル】

 9歳

 スキル・鑑定・改、投石、俊敏さ(小)、回避(小)

 才能・斥候職

 平常心


 と、まずまずの結果を手にすることができた。

 これなら孤児院を出たあとも冒険者としてなんとか食いつないでいくことができそうだ、と思っていた。


 そんなある日。

 孤児院に鑑定士と名乗る男がやってきた。


「ほう、君は9歳にしては随分とたくさんのスキルを持っているね」

「ありがとうございます」


 ぶっきらぼうにネルはお礼をいう。

 鑑定なんてしてもらわなくても、自分にスキルがあることぐらいわかりきっていたことだ。



 それから数日後。

 孤児院にガルガという冒険者がやってきた。


 聞くところによると、ネルの噂を聞きつけてやってきたらしい。


「やぁ、君がスキルをたくさん持っている子供だね。どうだ、うちのクランに入る気はないか?」


 詳しく話を聞くと、この男は【灰色の旅団】というクランのリーダーを務めているらしい。


 どうしようか? とネルは悩んだ。

 孤児院にいても大してご飯にありつけないため、少し予定が早まったが冒険者になることに躊躇はない。


 ただ、ガルガを鑑定すると、


【ガルガ】

 37歳

 職業 :大剣使い

 スキル:(隠蔽)

 悪意


 と出たのだ。

 どうやら【隠蔽】というスキルのせいで、ガルガがなんのスキルを持っているのかわからなかった。

 けど、悪意という感情は見えていた。


 どうしようか、悩んだ。

 考えた末、入ることに決めた。

 どっちにしろ自分は冒険者になろうと思っていた。ならばクランに入ったほうが今後なにかと有利だろうと判断したまでだ。

 ガルガに悪意があることだけが気がかりだが、自分ならその程度の障害はね除けられる。



【灰色の旅団】に入ってすぐわかったのは、どうやら自分の命は軽く扱われているらしいということ。

 体を壊すような過酷な特訓。

 冒険者になって日が浅いのに、危険な魔物と戦わされる。

 だけどネルにとって、それらの試練はがんばれば乗り越えられるものだった。

 そして乗り越えるたびに自分が強くなっていくのを感じた。

 だから、ネルにとって【灰色の旅団】での生活は充実しているといえた。


 けれど、ネル以外の孤児院出身の子供達にとってはそうではなかったようで、命を落とす者が後を絶たなかった。



「おい、立て! もうへばったのか!」


 訓練所で剣の特訓をしている最中。

 ふと、大人の大声が響いた。


「いいか、誰が飯を食わしてもらっていると思っているんだ! なら、早く強くなりたいと思わないのか! 今すぐ立ち上がれ!」


 また、誰かが特訓中に倒れたのだろう。

 倒れるたびに、監視役の人が怒鳴る。

 よく見る光景だ。


「あの! お願いします! 少しだけっ、休ませてあげてください!」


 ふと見ると、倒れた子供を庇うように手を広げている女の子の姿があった。

 透き通るような銀髪が目に入る。

 確か、名はニーニャと言ったっけ。


「ニーニャ! てめぇが一番使えない無能のくせして、刃向かう気か!」


 そう言ってニーニャは叩かれていた。


 ニーニャは2年前から【灰色の旅団】に所属しているらしい。

 その頃は【灰色の旅団】はまだできたばかりで、ニーニャは古参と言われる存在だった。

 そのせいか、ニーニャは他の孤児院出身の子供達のリーダーのような役回りを演じることが多く、今みたいに他の子供を庇うことも見慣れた光景だった。


 そして、ニーニャは誰よりも頑張り屋だった。

 剣の腕も弓矢の腕も読み書きも誰よりもできた。

 けれど、スキルは一切獲得できなかった。

 スキルがなければ、いくら剣の腕を磨いたところで魔物とはまともに戦えない。


(才能ないんだから、いくら努力しても無駄なのに)


 ネルはそう思っていた。

 才能ない子供がいくら努力したところでスキルの獲得はできない。


 けれど、才能ってのは普通の鑑定スキルではわからないらしい。

 ネルの【鑑定・改】が持つ特別な能力だった。

 けど、このことは誰にも喋っていない。ネルだけの秘密だ。



「おい、ネル。お前に頼みがある」


 ある日、クランリーダーのガルガに呼び出しをくらった。


「なんでしょうか?」


 このときには、すでにネルは優秀な冒険者として成長しており、他のクランメンバーに孤児院出身だからといって舐められることはなくなっていた。


「お前、鑑定スキルを持っていたよな」

「はい、そうですが」

「このニーニャをせめて使い物になるよう特訓させろ」


 見ると、ガルガの隣にはニーニャがうずくまっていた。


「いいですけど、猶予は?」

「1ヶ月だ」

「もし、できなかったら?」

「ニーニャを追放する」


 追放なんて聞こえの良い言葉を使って。

 実際は処分するくせに。


「わかりました、善処します」


 それからネルによるニーニャの特訓が始まった。

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