―23― ニーニャちゃん、帰りたい

「ネネリちゃん、わたし疲れました―」

「もう少しなんだから、がんばりなさいな」


 ラスター村に向かう道中。

 ニーニャの愚痴に対しネネリが発破をかける。


「お嬢ちゃん方、あれがラスター村でありますよ」


 行商人が指し示す先には集落が広がっていた。


「わーっ、やっとだー!」


 ニーニャは両手をあげながら走り出す。


「ちょ、ニーニャ待ちなさーい!」


 後ろからネネリの声が聞こえたが気にしない。

 早く村に着いて休みたかった。


「ふー、やっと着きましたぁー」


 集落についたニーニャは立ち止まり伸びをする。


 と、そんなとき――。


「おい、逃げろぉおおおお!」


 叫び声が聞こえた。

 はて? なんだろう、と声をほうを向くと。


「グゥゴギャアアアアアア!!」


 うめき声をあげながら迫ってくる子鬼ゴブリンがいた。

 随分と大きな子鬼ゴブリンだ。

 肌も黒いし、珍しいタイプの子鬼ゴブリンなのだろうか。


 ともかくこのままだと殺されそうなので拳を握る。


「物理攻撃力【バフ・改】」


 パンチを繰り出すと、子鬼ゴブリンは盛大に吹き飛んでいった。


 けれども手応えは感じない。

 やはりパンチじゃ限界がある。


 ニーニャは腰から短剣を抜いて、


「俊敏さ【バフ・改】」


 未だ宙を舞っている子鬼ゴブリンのところまで一瞬で追いつく。


「物理攻撃力【バフ・改】、切れ味【バフ・改】!」


 短剣で狙いを定めながら【バフ】を重ねていく。


「クリティカルヒット率【バフ・改】!」


 そして短剣で子鬼ゴブリンを切り裂いた。


「よし」


 と言いながら着地する。


 盛大に切り裂かれた子鬼ゴブリンの死骸が床にボトッと落ちた。


 通常の子鬼ゴブリンよりは大きかったが大して強くはなかった。

 所詮しょせん子鬼ゴブリンか。


「ニーニャ!」


 ネネリが遠くから走ってくる。


「大丈夫ですの?」

「うん、全然大したことない魔物だったよ」

「そ、そうですのね……」


 なぜかネネリは呆れ顔でそう口にしていた。


「お、おい、今、どうやって倒したんだ……?」


 見ると、そこには男の人がいた。

 剣を背負っていることからして冒険者だろうか。

 さっき「逃げろ」と叫んでいた人だ。


「えっと……」


 どうやって倒したんだ? と聞かれてもニーニャには答えようがなかった。


「普通に?」


 首を傾げながらそう答える。

 別に特別なことをした覚えはない。


「普通って……」


 男の人はそう絶句していた。

 なんでだろう?


「おい、子鬼ゴブリンが死んでいるぞ!」


 また別の人の声だ。

 見るにここに住んでいる村人っぽい。


「う、嘘だろ……?」

「誰が倒したんだ?」


 ぞろぞろと湧いて出てくるように村人たちが集まってくる。


「あの冒険者が倒したに違いない!」

「俺、あいつが立ち向かうとこ見ていたよ」

「もしかして、あいつすげぇ冒険者なのか?」

「ああ、そうに決まっている」

「あいつこそ俺たちのヒーローだ!」


 そう言って、村人たちは男の剣士のもとに寄ってくる。


 手柄を横取りされた。

 まぁ、今日は子鬼ゴブリンをたくさん狩ったのだし一匹ぐらい横取りされても別にいいや。


「ねぇ、ネネリちゃんこれからどうするの? 泊まるの? それとも馬車で帰るの?」


 そんなことよりニーニャは今後のことのほうが気になった。


「そうね、両親に心配かけますしできれば帰りたいのですが、都合よく馬車を見つけられるでしょうか?」

「うーん、ひとまず探しに行こうよ」


 ニーニャはそう言って集落の中心に向かおうとしたとき――


「ち、違う! 俺が倒したんじゃない!」


 耳をつんざくような否定が聞こえた。


「あ、あいつだ。あいつが子鬼ゴブリンを倒したんだよ!」


 と、後ろから声が聞こえる。


「ニーニャ、指を差されていますわよ」


 隣にいたネネリがそう言う。


「えっと……」


 あまり気乗りしないニーニャだった。

 たかが子鬼ゴブリン一匹。誰が倒したかなんてどうでもいいだろうに。


「こ、この子が倒したんだって……」

「ありえねぇだろ」

「そもそもこの子、冒険者なのか……?」


 村人たちが疑いの目でニーニャを見てくる。

 ニーニャは一見か弱い少女にしか見えない。唯一冒険者らしい見た目の短剣も今はマントの中に隠しているし、冒険者に見られないのは仕方のないことだった。


「えっと、私じゃないです」


 大人の人たちに疑いの目で見られる。しかも大勢に囲まれながら。

 その状況がニーニャにとって苦痛だった。

 だからこの状況から早く脱しようと嘘をつく。


「おい、やっぱりこっちの剣士が倒したんだろ!」

「今から村をあげてお祝いだ!」

「おい、名前はなんて言うんだ?」


 ニーニャが否定したのをきっかけに、再び村人たちが剣士を称賛し始める。

 よかった、これで解放される。


「ニーニャ、ホントにいいのですか?」


 ふと、ネネリがそう問いかけてくる。


「えーっと、なにがですか?」

「んー、まぁ、わたしくはあなたのその純粋無垢なところもかわいいと思っていますけど」


 諦めがちにネネリがそう言う。

 ちょっと、なにを言っているのか理解できない。


「皆、待たせたな! このクラシスが今すぐ打倒する!」


 唐突に、男の人が皆の前に躍り出る。

 男のくせに長い金髪。

 すごい派手な人だ。


「ザック! 遅れてごめんなさい! 無事なの!?」

「ネ、ネロン!」


 金髪の男の人とは別に、冒険者らしき少女もやってくる。


「ザック無事だったのね。よかったぁ」

「あぁ、心配かけたな」


 ネロンと呼ばれた少女はザックの無事を確認すると、安心しきったのかその場にへたり込む。


「む、これは一体どういうことだ?」


 クラシスがすでに死んでいる子鬼ゴブリンを見て、そう口にしていた。


「ああ、子鬼ゴブリンなら、この坊やが倒してくれました」

「なん、だと……?」


 クラシスは信じられないと言いたげな表情だった。


「だから俺じゃなくて、倒したのはそこの女の子だって!!」


 ザックが叫ぶ。


(うげっ)


 と、ニーニャは心の中で声を漏らす

 なんでこうどうでもいいことに皆こだわるのだろう。


「だから私じゃないです」

「なんでさっきから嘘をつくんだよ!」


 怒鳴られた。

 たかが子鬼ゴブリンを倒したぐらいで、なんでこうも面倒なことに巻き込まれなきゃいけないんだろう。


 そう思うと泣けた。


「う、うぐ……っ」

「ちょっとあなた、いい加減にしてくださいまし! この子が違うと言っているんだから違うんですわ! ほら、ニーニャ泣かないの。お姉ちゃんはあなたの味方ですわ」


 そう言ってネネリが抱き寄せてくる。

 優しい。


「別にそんなつもりじゃ……」


 ザックは狼狽していた。


「お、おい。結局どういうことなんだ?」


 村人たちは困惑していた。

 あまりにも意見が食い違いすぎて、誰が倒したのかわからない。


「お、俺、実は見てたぜ。その女の子が倒しているとこ」


 ふと、村人たちの中からそう主張するものが現れた。


「お、俺も見てた。ちょっと信じられないけど、一撃で倒してた。遠くから見てたから、あんま確証はなかったんだけど」

「わ、私も……。遠くからだから、ちゃんとは見てなかったけど。その女の子が倒していたような……」


 それに続くように他の村人たちもそう主張する。


「確かに、お嬢ちゃんが倒してるのこの目でしっかり見てたぜ。お嬢ちゃんが否定するもんだから言わないでいたが」


 行商人もそう答える。


「マ、マジかよ……」

「ホ、ホントにこの子が倒したのか」


 最初は疑っていた村人たちも徐々に信じ始めていた。


「ニーニャもう泣き止みましたか?」

「……うん」


 ニーニャはネネリにあやしているもらっている最中だった。


「お嬢ちゃん、さっきは疑って悪かった。その、お嬢ちゃんが子鬼ゴブリンを倒したってことでいいのかい?」


 村人の代表者らしき人物に話しかけられる。


 コクリ、とニーニャはうなずく。


「そうか、それは村のみんなでお嬢ちゃんに感謝をしないとな」


 そんなのいいのに、とニーニャは思った。

 それより早く帰りたい。


「ま、待て! そこの小娘が本当に倒したというのか! 信じられぬ!」


 と、この場に水を差す者がいた。

 S級冒険者クラシスである。


「おい、貴様! ランクはいくつの冒険者だ!」

「Dですけど……」

「Dランクなんて格下もいいところでないか!」


 なんでまた見も知らぬ人に怒鳴られなきゃいけないんだ。


「なぁ、そもそもクラシスって弱いんじゃないのか……」

「あの女の子でも勝てる魔物だったんだろ。なら、実は大したことない魔物だったんじゃね?」

「それに負けるクラシスって……」

「でも、一応S級冒険者だろ」

「聞いたことあるぜ。他人の手柄を横取りして不正にランクをあげる冒険者がいるって」


 村人たちの中に、クラシスに対して疑念を抱く者たちが現れ始めた。


「おい、そこのお前ら無礼であるぞ!」


 クラシスが叱咤する。

 そしてニーニャを見てこう宣言した。


「もし本当に子鬼ゴブリンを倒したというなら、この俺と勝負しろ!」


 もう意味がわからない。

 ニーニャはただ襲いかかってきた子鬼ゴブリンを倒しただけなのに。

 それがなぜこんなことになるのか……。


「帰りたい……」


 ボソリ、とニーニャがそう口にする。

 それをネネリがしっかりと聞いていたのだろう。


「お断りしますわ!」


 ニーニャの代わりにネネリがそう主張した。


「村の方々、馬車を1つ用意できませんこと?」

「で、ですが、私たちはあなた方にお礼を申し上げたい」

「あなた、この村の村長ですか?」

「ああ、そうだが……」


 目の前の男が村長だと確認すると、ネネリはそっと耳打ちした。


「わたくしエルガルト家の三女ですの。ここは素直に従ってくださいまし」


 他の者に聞こえないように小声でいう。


「そ、それは大変失礼いたしました。おい、今すぐこの者たちに馬車を用意したまえ」


 しばらくするとニーニャたちの元に馬車がやってくる。


「これはほんのお礼ですが、受け取ってください」


 村長から小袋を渡される。

 中には金貨がいくつも入っていた。


「こ、こんなの貰えないですよ」

「ニーニャ、ここは受け取りなさい。ご厚意を無碍にしないことも美徳でしてよ」

「わ、わかりました。ありがとうございます」

「それと子鬼ゴブリンの死骸は回収していきますか?」

「いえ、いいです。お金もらったし」


 たかが子鬼ゴブリン一匹ぐらい別にいいや、と思った。 


「さっきはすまなかった。そして、本当にありかどう!」


 ふと、1人の男がニーニャに近寄って深く頭を下げる。

 確かザックと呼ばれていた剣士の冒険者だ。

 ザックの後ろにも数人ほどいてザック同様頭を下げていた。

 ザックと同じパーティの冒険者たちだろうか。


「えっと、わたしは大したことしてないですけど……」


 うん、本当に大したことをした覚えがなかった。


「随分と謙虚なんだな……」


 本心なのだが。


「本当にありがとう」ともう一度ザックたちにお礼を言われたあと、ニーニャたちは馬車に乗り込む。

 その際、クラシスに「逃げる気か!」と挑発されたが、そこはネネリがうまく拒絶してくれた。


 やっと帰れる、そんな思いをニーニャは馬車の中で抱いていた。

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