―15― ニーニャちゃん、決闘をする

「それじぁ、こっちから行かせてもらうぜぇ!」


 斧使いのアギンダはそう言って斧を振り上げる。

 そして――


「ヘヴィスイング!!」


 スキルを発動させながら、ニーニャめがげて振り下ろす。


「回避率【バフ・改】」


 最低限の動き、体を横にずらすことでニーニャは避けた。


「まだまだぁ!」


 アギンダはそう言って、斧を何度も振るった。

 けれど、その全てをニーニャに避けられる。


(遅すぎる……)


 内心ニーニャはそう思っていた。

 まぁ、相手は斧使いだし遅いのは当然か。


「物理攻撃力【バフ・改】」


 ニーニャは隙をついて蹴りを加える。


「ぐはっ」


 アギンダの体は宙に浮き、そのまま後方へと吹き飛んだ。


「おい、アギンダを蹴りで吹き飛ばしたぞ」

「斧使いってスキルで常時耐久が高いはずだよな」

「それをただの蹴りで吹き飛ばすって」


 その様子を見ていた冒険者たちは驚きの声を上げる。


「弱すぎます……」


 ニーニャは思ったことを口にする。

 やはり相手は初心者なのだろう。


「まだだぁ!」


 アギンダが立ち上がり吠える。


「えっ……まだやるんですか……」


 差は歴然としているのに、まだ戦わなくてはいけないのか。


「俺の本気を見せてやる! バーサーカーモード!」


 バーサーカーモード。

 スキルの1つ。攻撃力、耐久、素早さがバフされる代わりに本人は凶暴になり、味方でさえ斬りかかるようになる。


「バーサーカーモードって、やばいだろ!」

「最悪、女の子が死ぬぞ」

「おい、誰か止めたほうがいいんじゃねぇか!?」


 見ている冒険者たちが慌て出す。

 バーサーカーモードは理性を失うため、周囲の人を殺すまで止まらない。

 中には巻き込まれるかもしれないと思って逃げ出す冒険者もいた。


「うがぁあああああああああああああッッ!!」


 アギンダは目が血走り、全身の脈が浮き上がっていた。

 そして、斧使いには似つかわしくない素早い動きでニーニャに突進をする。


「だから遅すぎますし、動きも単純ですし、これでどうやって負けろっていうんですか」


 ニーニャにとってバーサーカーモードといえでも遅いことに変わりなかった。


「俊敏さ【バフ・改】」


 ニーニャに斧が振りかざされる瞬間。

 その場からニーニャが消えた。


「えいっ」


 そして、アギンダの横に現れたニーニャはつま先を前に出した。


「あ……?」


 アギンダが気がついたときには地面に倒れていた。

 ニーニャの前に出したつま先に、足を引っかけていたのだ。


「う、そだろ……?」


 誰かがそう口にする。

 まるで大人と幼い子供の試合だ。

 勝負にすらなっていない。


 あの女の子は誰だ? と皆が思った。

 あんな強い冒険者が、なぜ今まで知られていなかったんだ?


「なぁ、嬢ちゃん。名前はなんて言うんだ?」


 ふと近くにいた冒険者に話しかけられる。


「ニーニャと言いますけど」


 そうニーニャが答えると、周りの冒険者たちがざわめき出す。

 誰かニーニャという名前に覚えがあるやつはいるか? といった具合に。


「その、ニーニャちゃんのランクはいくつなんだい?」

「Fランクですけど」


 そうニーニャが答えると、より一層冒険者たちがざわめきだす。


「おい、この子がFランクなんておかしいだろ」

「そうだ、今すぐ更新すべきだ」


 冒険者たちが口々にそう言い出す。

 すると、奥にいたギルドの受付嬢がやってきた。


「あの、ニーニャさん。ランクの更新を致します」

「はぁ」


 と返事をしながらニーニャは冒険者カードどこにあったかな、と思いながら服のポケットをまさぐる。


「それであの子の実際のランクはどのくらいだ?」

「Cランクのアギンダを倒したのだから、最低でもBランクか」

「Aランクぐらいはあるんじゃね」

「けど、実績がないといきなりAランクにはさせてもらえないんじゃね」


 と、再び冒険者たちがそう言い合う。


 なんかおかしな流れになっているな、とニーニャは思った。

 酷い誤解をされているような?


「えっと、ギルドの規定に基づいてニーニャさんをDランクに認定致します」


 ニーニャの実績は人喰鬼オーガ巨大蟻ジャイアント・アントを倒したことと、Cランクの冒険者を決闘で倒したのみだ。

 決闘の内容を見ればニーニャがCランク以上あるのは明らかだが、あくまでもランクは規定に基づいて管理されている。


「おいおい、最低でもCランクにすべきだろ」

「そうだ、そうだ!」


 けど、決闘を見ていた冒険者たちにとってはその決定は不服であった。


「そ、そういわれましても、決まりですし……」


 不服を申し立てられた受付嬢はオドオドする。文句をつけられたところで受付嬢の権限ではどうしようもなかった。


「あの、すみません」


 ふと、ニーニャが口を開く。

 ニーニャが喋ったということで、他の冒険者たちが黙る。

 ニーニャがなにを喋るのか、そのことに皆が興味を持った。


「なんか誤解があるみたいなのでいうんですけど」


 と、ここで一度区切り、ニーニャは一度を息を吸ってからこう言った。


「わたしそんな強くないですよ。そこに寝転がっている人が弱すぎるだけで。恐らく初心者の方ですよね」


 瞬間、この場にいる誰もが同じ事を思った。


 そんなわけあるか! と。


 とはいえニーニャは長い間無能と蔑まれた過去があるだけに自分が強いとは微塵も思っていなかった。


「あ、あの、アギンダさんはあれでもCランクの冒険者でして」


 受付嬢は訂正しようとする。


「Cランクって初心者ですよね」


 確か【灰色の旅団】ではニーニャ以外、みんなBランク以上だった気がする。

 だからCランクは初心者みたいなもんだろう。


「いえ、Cランクになれるのはそれなりにすごいことですよ」

「でも、あの人すごい弱いですよ」


 ちなみに弱いと言われ続けている当のアギンダは恥ずかしくて立ち上がれないままだった。


「えっと、ですからそれは……ニーニャさんが強いのであって」

「わたしが強いなんて、そんなことあるわけないじゃないですかーっ」


 ニーニャは笑いながらそう言う。


「えっと、Dランクの更新手続きしておきますので、あとで冒険者カード取りに来てください!」


 受付嬢はそう言うとさーっ、と奥へと引っ込んでいった。


(逃げたな)


 受付嬢の様子を見ていた冒険者たちはそう思った。


「ニーニャ、あなたホントすごいわね」


 受付嬢がいなくなったのを見計らってネネリが話しかけてくる。


「わたしよりネネリさんのほうがすごいじゃないですか!」

「あの、ニーニャ。やめてくださいませ、変な誤解されますわ」


 言いながらニーニャの口を手で塞ぐ。

「おい、ネネリってあの子よりすごいのか?」と後ろで言われているのが聞こえてきたからだ。


「と、ともかくこれでわたくしたちが大量の魔物を狩ってきたことに文句を言うやからはいないでしょうし、報酬金をとりに伺いましょうか」


 素材の計算の方もすでに終わっているだろう。

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