―06― ニーニャちゃん、泣く

 なぜかニーニャの発言で冒険者たちが怒った。

 原因は不明。


(とりあえず謝ったほうがいいのかな?)


 と、ニーニャは考える。


(けれど、悪くないのにわたしが謝るのはおかしい気が……)


 素直に頭を下げることができないニーニャちゃんだった。


「ひとまず、さっきの発言だけでも取り消してください」


 終始穏やかだったはずの神官がムッとした表情でニーニャを見つめる。

 すごく目が怖い。


(この目、どこかで見たことがある)


 そうだ。

【灰色の旅団】の人たちと同じ目だ。

 ニーニャの脳内にフラッシュバックが蘇る。


「この無能が!」と言われて殴られた。

「非戦闘員が調子に乗るんじゃねぇぞ!」と言われて殴られた。

「なんでこんな無能のために俺らが盾にならなきゃいけないんだよ!」と言われて殴られた。


 さっきまで忘れかけていたトラウマが蘇ったのである。

 結果。


「ふ、ふぐぅ……うっ……ううっ」


 ニーニャは泣き出していた。

 涙がぽろぽろと零れてきたのである。

【灰色の旅団】にいたときには、そんな泣かなかったのに、なんで今は涙が零れてくるんだろう。


「あっ、えっと、ご、ごめんなさいっ! わたしたち別にそんなつもりじゃ……」


 対して神官はオロオロとしだす。

 まさか泣き出すとは思っていなかった次第である。


「おい、ミクティス。お前がなんとかしろよ……」

「そうだな、ミクティスが悪い」

「うん、うん」


 他の冒険者たちはミクティスと呼ばれた神官を責めた。


「えっ!? 私!? なんで、私だけが悪い感じになっているの!?」


 ミクティスは突然の理不尽に絶叫した。



 それから数分後。


「どう、落ち着いたかしら……」

「うぐっ、うぐっ」


 ミクティスになだめられていたニーニャは首を縦にふって首肯する。


「ごめんなさいね。私たちもつまらないことで意地になってしまって」

「ニーニャもなんかわかんないけど、ごめんなさい……」


 未だにニーニャはなぜ彼らが怒ったか理解できないままだった。


「ほら、鼻水でているわよ。これで拭きなさい」


 そう言ってミクティスは白いハンカチを渡す。


「うん」とニーニャは頷いて、なぜか勘違いしてミクティスの服の袖で鼻水を「ジュルジュルジュル」と出すのだった。

 ミクティスの服とハンカチが同じ白だったので仕方がない。


 そんな様子を他の冒険者たちはまるで親子みたいだなぁ、と眺めていた。

 ミクティス本人に直接それを言ったら怒るだろう。

「まだ、親になるほど老けていません!」といった具合に。


「よし、それじゃあ、俺たちはここから移動するか」


 剣士のランドがそう言って立ち上がる。


 他の皆も「そうねぇ」といった感じで立ち上がる。


(そっか、みんなとお別れかー)


 とニーニャは思っていた。



 そのとき――


 ガサリ、と草木を揺らす音が。


「「――――ッ!」」


 一瞬で、皆が戦闘態勢に入る。


(あれ? なんか雰囲気変わった?)


 ニーニャだけは呑気にしていた。


「……マジか。俺たちどんだけ不運なんだよ」


 ランドがそう呟く。


 茂みから現れたそれは、異形の姿をしていた。

 明るい青色の肌を持つ人型、それでいて筋肉質なのが遠目でもわかるほど。そして、頭には巨大な角が生えていた。


 俊敏な人喰鬼アギル・オーガ

 ランクはSS級。


 通常のDランクである人喰鬼オーガに比べて小型なのが特徴である。

 小型ゆえに筋肉は引き締まり、通常の人喰鬼オーガより力強く、そして異常に素早い。

 逃げたくても俊敏な人喰鬼アギル・オーガの方が速いため、不可能。



(随分と小さな人喰鬼オーガだな。なら、普通の人喰鬼オーガに比べても弱いだろうし、これなら初心者の人たちでも倒せるかも)


 ニーニャの頭は単純だった。

 恐らく頭痛により脳細胞が激減したせいだ。


「俺とギルとアッシュでなんとか動きを食い止める。その間、支援は頼む!」


 剣士のランドが指示を飛ばす。

 そして、ランドを含めた3人が前衛に出た。


「おい、【灰色の旅団】の女! あんたは手伝ってくれないのか!」


 ランドがニーニャに聞く。

 本心としては【灰色の旅団】に助けをこうのは屈辱的だ。

 けれど、状況が状況だ。

 ニーニャの強さはさっき見たのですでに知っている。もし、手伝ってくれるなら戦力としては申し分ない。


「わたしは手伝わないよ」

「くそっ、やっぱり【灰色の旅団】の連中はクズ野郎だ!」


 ランドは言葉を吐き捨てる。


人喰鬼オーガを倒せるようになって冒険者として一人前っていうしね。みんな私の力を借りないで、乗り越えるのだよこの壁を。そうすれば晴れて脱初心者だよ!)


 一応ニーニャとしては初心者の育成を影ながら応援しているつもりである。


 それから、ニーニャは彼らの様子を眺めていた。


 流石A級パーティーである。

 SS級の魔物、俊敏な人喰鬼アギル・オーガに対し、一方的にやられるわけではない。


 彼らは戦闘続きで満身創痍であったが、わずかな休息で最低限戦えるだけの回復はしていた。


 そして、俊敏な人喰鬼アギル・オーガの素早い動きに三方向から向かい打つことで、なんとか行動を制限させ、そこに後方に待機している魔術師が魔術を打ち込む。

 見事なコンビネーションだ。

 そうやって俊敏な人喰鬼アギル・オーガに徐々にダメージを加えていった。


 けれど、ジリジリと俊敏な人喰鬼アギル・オーガの方が優勢になっていく。

 俊敏な人喰鬼アギル・オーガと接触していた剣士や盾使いがそのスピードについていけなくなってきたのが原因だ。


 そして、フォーメーションが崩れていった。

 そうなれば俊敏な人喰鬼アギル・オーガが一方的に攻撃をしていくチャンスである。


(やっぱり初心者じゃ、弱い人喰鬼オーガといえども厳しいか)


 未だ呑気なことを考えているニーニャだった。

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