―05― ニーニャちゃん、初心者と遭遇する!

 ニーニャの敏捷さ【バフ・改】に追いつける魔物はそういなかった。


 だからニーニャは自由にダンジョン内を駆け回ることができた。

 例え、道中にてドラゴンがいようが、攻撃する樹ドライアドがいようが、大鷲グリフォンがいようが無視することができた。


(やっぱり上層に近づいているだけあって、魔物たちはわたしに追ってこれない感じだなぁ)


 とか呑気に考えているニーニャだった。

 なお、ニーニャはダンジョンの下層へと向かっていた。


 とはいえ、ニーニャにも不安が1つあった。


(全然、他の冒険者を見かけないや)


 普通、上に上がれば上がるほど、他の冒険者と遭遇する確率が上がるはず。

 なのに、見かけない。

 なぜだ――?


(まぁ、どうでもいいか!)


 思考を放棄したニーニャちゃんだった。

 どうせ考えたってわからないのだから、考えるだけ無駄である。

 実は、ダンジョンの下に潜っているから、という考えには全く至れないニーニャであった。


 と、そのとき――


「くそっ、しつけぇんだよ!」


 男の怒号の声が聞こえた。

 それから剣と魔物が打ち合う音が。


(他の冒険者だぁ!)


 とりあえず見に行こう。


 いきなり現れて驚かせるわけにもいかないし、ひとまず茂みに隠れて様子を窺ってみる。


(ふむふむ、5人組のパーティか)


 前衛に剣を手にした剣士が魔物と相対している。

 後ろでは魔術師がなにやら呪文を唱えている。

 さらに、その後ろでは神官が怪我を負っている2人の冒険者を治癒していた。


 相対する魔物は巨大耳兎ギガンテ・コネジョ

 その大きさは5メートルにも達し、数いる魔物の中でもでかいとされている。

 ランクはA級。


(随分と大きなウサギさんだな。しかも可愛い。もふもふしたい)


 頭の中で、巨大なウサギに「わーい」と言いながら飛び込む自分を想像して、勝手に癒やされるニーニャちゃんだ。


(大きいけど、きっと見かけ倒しなんだろうな。かわいい魔物が強いわけないよ)


 ニーニャは少しお馬鹿なところがあった。

 けれどニーニャを責めてはいけない。

【灰色の旅団】に迫害されて、長い間頭痛により苦しめられてきた経験がある。その経験がニーニャをお馬鹿にさせた。

 ニーニャはかわいそうな被害者だった。


(けれど、あの冒険者たちは苦戦しているな。きっと初心者なんだろうな)


 ダンジョン上層は初心者の冒険者が狩りをするのが相場だ。


 ちなみに今戦っているのは皆、A級と凄腕の者ばかりであった。


(苦戦をはね除けられたときこそ、冒険者として成長する一番のチャンスだ。がんばれ初心者たちよ)


 随分と上から目線での物言いだった。

 一応ニーニャは冒険者を始めて8年戦ってきたのでベテランの部類ではあるのだが。

 とはいえ目の前の冒険者は見るからにニーニャより年上だ。


 と、ニーニャは生暖かい目線で戦いを見守っていたとき。


 巨大耳兎ギガンテ・コネジョと相対していた剣士が吹き飛ばされた。

 残るは魔術師だけ。


 魔術師が必死に魔術を放つが、分が悪いのか巨大耳兎ギガンテ・コネジョはビクともしない。

 このままだと冒険者たちは全滅する。


「初心者を助けるのも冒険者の仕事よね」


 ニーニャはそう言って、飛び出す。


「物理攻撃力【バフ・改】!」


 そしてパンチを繰り出した。


 ドゴンッ! 大きな音を立てて巨大耳兎ギガンテ・コネジョは地面から浮き上がった。

 ただ、図体が大きいせいか、一発では倒せないようだ。


「なら、もう一発。物理攻撃力【バフ・改】!」


 もう一発パンチを繰り出す。

 けれど巨大耳兎ギガンテ・コネジョはまだ倒れない。


「なら、連打! うりゃぁああああああ!」


 パンチを何度も繰り出した。

 そして、気がついたときには巨大耳兎ギガンテ・コネジョは倒れていた。


「ふぅ」


 そう言って汗を拭うニーニャ。

 やっぱりパンチだとどうしてダメージが入りにくいな。

 ダンジョンを出たら剣を買おう、と決意するニーニャである。


「あ、ありがとうございます……」


 当然現れたニーニャにひとまず女性の神官がお礼を言う。


「いいの、いいの。これも仕事だから」


 そう初心者を助けるのも冒険者としての立派な務めである。


「いえ、本当に助かりました。それにしても随分とお強いんですね」


 まぁ、初心者に比べたらニーニャが強いのは当然であった。


「そ、そうかな……っ」


 とはいえ、褒められて悪い気分はしない。

 照れるニーニャだ。


「おい、ミクティス。あんまおだてるなよ。相手はあの【灰色の旅団】だぞ。俺たちに借りを作って高い利子をいただこうって魂胆に決まっている」


 ふと、パーティの1人である剣士がニーニャに突っかかってきた。


(え? なんでニーニャちゃんが【灰色の旅団】とわかったの?)


「まさかエスパー?」


 実はすごい人なのかもしれない。


「格好を見れば、【灰色の旅団】なのはわかるだろ!」

「格好?」


【灰色の旅団】はその名前の通り、灰色がトレンドマークである。

 ニーニャももちろん灰色のマントを羽織っていた。


「おー、なるほど」


 納得するニーニャだ。


「ともかく俺は【灰色の旅団】は大っ嫌いなんだよ! だから、助けられたとはいえ感謝なんかする必要はねぇ!」


 剣士はそう宣言した。

 とはいえ、剣士がこんなこと言うのも無理のないことだ。


 このS級ダンジョンがある町、ネルソイ都市では【灰色の旅団】が牛耳っていた。

【灰色の旅団】の冒険者であるか否かで、様々な待遇に差がでる。

 例えば、武器1つ買おうとしても【灰色の旅団】だと優先して買うことができるし、素材を売るにしても【灰色の旅団】だと優遇される。

 しかも、食事1つ食べるのだって【灰色の旅団】だと並ばないで食べることができるぐらいだ。

 これは一重に【灰色の旅団】がお金をばらまいているからだが、他の冒険者からしたらおもしろくないのは事実だ。


 それに【灰色の旅団】は傲慢な者が多く、それがきっかけで他の冒険者と衝突を起こすなんてことも多々ある。

 まぁ、ネルソイ都市において【灰色の旅団】に喧嘩を売る、それはつまり冒険者として生きていけなくなるのと同義なので、ほとんどの冒険者が【灰色の旅団】には極力近づかないようにしているのだが。


 ゆえに、彼らA級パーティも【灰色の旅団】に日頃から恨みを抱いていた。

 彼らはA級ではあるがクランには所属していないので、どうしても様々な不遇を強いられてきた。


「でも、相手は女の子だし、助けてもらったんだからお礼はしないと」


 と、神官がなだめる。


「ふんっ、どうせこいつも【灰色の旅団】内にあると噂される秘薬とやらで強くなった口だろ。【灰色の旅団】は小狡い方法で強くなったくせに偉そうなやつばかりだからな! ホント嫌いだね!」


 ちなみに噂される秘薬とはニーニャ自身のこと。

【灰色の旅団】はニーニャの存在を他のクランに奪われたくないがために、極力隠したかった。

 けれど人を集めるにはニーニャの存在を宣伝するのが手っ取り早い。

 ゆえに考えられたのが、【灰色の旅団】には強くなれる秘薬があると宣伝することだ。

 そうすることでニーニャの存在を隠しつつ、人を集めることに成功してきた。


「おい、ランド。その辺にしておけよ」

「いくら【灰色の旅団】だからって、無闇に喧嘩売る必要がどこにある」


 と、他の冒険者からもランドと呼ばれた剣士を非難する声があがる。

 彼らは良心ゆえに非難したのもあるが、それより【灰色の旅団】を敵に回したら怖いという経験則から非難した、という側面もあった。


「ふんっ」


 と、ひとまずランドと呼ばれた剣士は大人しくなった。


「ホントごめんなさいっ。気分を悪くされたでしょ?」


 と神官がなだめる。


「いえ、全然大丈夫です」


 実際、ニーニャは平気だった。

 それどころか「うんうん、わかる。【灰色の旅団】ホント最悪だよねー」と共感したいぐらいだった。


「それにしても巨大耳兎ギガンテ・コネジョをいとも容易く倒せるなんて。SS級以上の実力はあるんじゃないでしょうか」


 SS級だなんて。

 いくらなんでも褒めすぎ。

 でも、悪い気分はしないニーニャであった。


「まぁ、確かに君たち初心者に比べたらわたしは強いかもしれないけどねー」


 別にニーニャに悪気はなかった。


 けれど、彼らはダンジョンの下層まで到れる有数の実力者たちである。

 確かに巨大耳兎ギガンテ・コネジョには苦戦していたが、それは度重なる戦闘が原因で、もし万全な状況で戦えていたら苦戦せずに倒すことができていただろう。


 彼らにだって誇りはある。

 それはニーニャに常時穏やかに対応していた神官だって同じ事だ。


 だというに、たった今、『初心者』と馬鹿にされた。


「ふ、ふふふざけんなっっ!! 【灰色の旅団】だからって舐め腐りやがって!」

「今のは俺でも腹が立つな」

「ホントそうだな」

「そ、そうね。今のはいくらなんでも訂正してもらいたいわね……」


 神官でさえも、ニーニャに邪険な対応をしてきた。



(あれ? なんで怒っているんだろう?)



 ニーニャにはなぜ彼らが怒っているのか? 全く見当がつかなかった。

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