第2話 こちら財宝とセットで罠もいかがですか?

「なあアイザック。撤退は賛成だけどさ。その前にあれやっつけちゃってもいいかい?」


 撤退を決心した俺に向かって盗賊のオスカーがネズミの残した宝箱を指差す。

 モンスターは結構な確率で宝箱を隠し持っている。中には財宝が入っているが、罠もセットでついてくる。

 ご一緒に落とし穴はいかがでしょうか? ご一緒にテレポーターはいかがでしょうか? やめてくれ財宝単品だけでいいんだ。ってなもんだ。


「なる早で頼むわオスカー」

「了解」


 早速オスカーは解錠作業に取り掛かる。

 しかし盗賊技能を持っていない素人の俺でもわかるほど荒く、つたない

 手が震え、ガチャガチャと大げさな音が宝箱から響き渡る。


「オスカー。宝箱から発せられるそのオーケストラはどうにかならないのか?」


 オスカーは皮肉には百倍返しの皮肉を打ち返してくる奴だ。だが今のこいつには到底そんな余裕はないらしい。


「そう言ってくれるなアイザック。今の……君は……というよりも僕たちだな……僕たちは……並どころ……か……素人同然……だ」


 オスカーの息は荒く。まるでこちら《解錠作業》こそが俺の戦闘なんだとと言わんばかりの鬼気迫る表情だった。

 

「昔は開けられないものは何もないと豪語していた凄腕盗賊がネズミの宝箱すらこれかあ……悲しいぜオスカー。俺はよう」

「正直……舐めていたよ……戦闘と違って……盗賊技能は……そこ、まで……レベルに影響しないと……思ってたんだけど、ね。そうじゃない、みたいだ……」

「な、なあオスカー。もう諦めて帰ろうぜ?」


 なんだかオスカーが急に心配になってきた。

 迷宮には一度発動すれば屈強なベテランパーティですら一瞬で全滅してしまうほどの罠も存在する。

 流石に1Fであるここでそれほどの罠があるとは思わないが、それでも今の俺達にはリスクが高すぎるぜ。


「リスクとリターンが……釣り合ってないのは……わかるよアイザック……でもね……繰り返さないと、駄目なんだよ……こういう技能ってのは……磨かれ……ないんだ。よし! 開いたぞ! ……あっ」

「アイザック、ベルティーナ。こいつ今”あっ”って言ったぞい」

「”あっ”と来ましたかオスカーさん」

「こんなにも心臓に悪い”あっ”を聞いたの私298年間生きてて初めてだわ」


 石だった。石つぶて。財宝についている中で最もポピュラーで最も安全な、所謂いわゆる”当たり罠”に入る仕掛けだ。

 解錠に失敗したオスカーがうっかり引いた罠は石つぶてだった。

 当たっても大して痛くない。もし起動してしまったとしても”石つぶてだったよ~””な~んだ。こ~いつぅ~。ハハハ”

 そんなちょっとした罠だ。ただし”ある程度実力のあるパーティならば”の話だ。

 オスカーは鬼気迫る表情で俺たちに振り向き叫ぶ


「みんな伏せるんだ!伏せグアッ!」


 無数に飛来する拳大の石が俺、ベルティーナ、ギフンに飛んでくる。

 咄嗟に無事な左腕に身に着けてある盾でベルティーナの前面に立ちふさがる。

 ギフンすまん。そっちは自力でなんとかしてくれ


「イテテテ! 痛たたたた!! おべっ!」


 たぶん鼻と、口に石が当たったんだと思う。咄嗟のことでよくわかんねえよ。

 鼻の骨がペキペキという音を立てながらへし折れ、更にゴリッとした音が口の中で響いた。何本か歯が折れたと思う。

 それでもなんとか生きている。生きてはいるが生命力の九割はすでに失われている実感があった。

 ネズミに噛まれて石ぶつかっただけで死にそうとか。本当に虚弱になっちまったなあ俺……


「ベ、ベフヒィーハ……ヒフン。大丈夫はいひょうふは?」

「ワ、ワシは大丈夫じゃ。背が低くてよかったわい。石の軌道がヒューマン、エルフに向けた高さじゃったのう。」

「わ、私は大丈夫……アイザックあんがとね……あんたこそ大丈夫? それにオスカーは!?」

「あ、そうだよ! オスカー! お前大丈夫かー!?」


 どうやら二人共無事みたいでよかった。けれど一番心配なのはベルティーナの言う通り爆心地に一番近かったオスカーだ。

 ベルティーナはオスカーに駆け寄り彼の安否を確認した


「オスカー!あんた大丈…夫……うわあ……うわあ……」


 ベルティーナは俺とギフンに振り返り、目を瞑りながら首を横に振った

 ギフンが髭を撫でながらベルティーナに問う。


「死んじゃった?」

「いえ。でも死んだほうがマシかもね」


 ベルティーナの言葉でオスカーがどのような状態かだいたいわかってしまった。見るのやめとこ。

 ギフンがオスカーに駆け寄り彼を背負う。


「こりゃさっさと帰還した方が良さそうじゃわい。オスカーの奴、今にも苦痛に耐えかねて舌を噛んで死にかねないわい」


 あまりの痛みからか、オスカーはギフンの背中でウーウー唸っている。絶対見ない絶対見ない!

 そんなオスカーの独唱オーケストラを聞きながら俺たちはダンジョンの出口へと向かった。

 帰る途中でモンスターと出会うかの心配は一切していなかった。

 何故ってここは入り口から五メートルの場所だから。

 まだ外の明かりがこちらに届く程の距離だ。

 

 探索距離五メートル

 探索時間二分


 ファイター アイザック 右腕裂傷及び火傷 鼻骨骨折及び全身打撲

 盗賊/錬金術師 オスカー 全身打撲及び内臓破裂

 侍 ギフン 右足裂傷

 ウィザード ベルティーナ 足首捻挫(嫌な方向にグネった)


 それが冒険者歴十年以上。大ベテランである俺たちの迷宮探索結果だ。

 ネズミとショボい罠相手にそんな醜態を晒したそんな俺達のレベルは1。

 最低レベルの最弱冒険者だ。


「大丈夫かいのうオスカー。すぐに寺院に連れてってやるからしっかりするんじゃぞい」

「うー……」

「はあ……」


 脱出と同時に安心と失望の溜息を吐き出す。

 ギフンもベルティーナも俺と同じタイミングで同じ性質の溜息を吐き出していた。


「ひはひ、へへふ20かはへへふ1はひふひな……(しかし……レベル20からレベル1はキツいなやっぱり)」

「そうじゃのう……レベル1ってこんなに弱かったかのう。完全に忘れとったわ」

「呪文も弱いのしか使えないし狙いもブレるしで……流石にヘコむわよこれ……」

「うー……うー……」

「オスカーもそうだそうだと言っているわよ」

「うー……うー……」

 

 元々俺達は冒険者としては最高レベルの20だったのだ。

 全員が全員その職業のトップと言っても過言ではない実力を兼ね備えていた。

 本来ならギフンは”居合”という東方に伝わる剣術で瞬きする間もなくゴーレムをみじん切りに出来るほどの侍だ。……侍だった。

 オスカーはどんな宝箱でも簡単に解錠し、ワイバーンすら一撃で粉々にする爆弾を調合出来るほどの盗賊/錬金術師だ。……盗賊/錬金術師だった。

 ベルティーナは一度その杖を振るえば星をダンジョンに落とすことすら出来るウィザードだ。……ウィザードだった。

 俺だってそんな彼らに負けないくらいの力量のファイター……だった。え? 他の三人に比べて地味? 余計なお世話だ!


 それが今では大ネズミ二匹にこの始末。

 ネズミに襲われて石つぶてを浴びて死にかけましたなんて恥ずかしくて到底口に出せないな……

 そんなくだらないことを考えながら俺たちは治療の為に寺院へと向かった。

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