ダンジョンズ&かませ犬s

気づいたら寝てた

第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第1話 最強ファイター。ネズミに殺されかける

 薄暗く、ヒンヤリとした、不快感と気持ちよさが混じり合うような湿度。

 どこから漏れ出たのかピチョンピチョンと水滴の音だけが響く。

 心地よい暗闇と静寂だけがその空間を。迷宮を支配していた。

 

 暗闇と静寂、その支配を破ったのは俺達の掲げる松明たいまつと俺が歩く度にみっともなく響かせる”ガシャンガシャン”という鎧が擦れる音だった。

 一歩歩くごとにプレートアーマーの各部位が叫びを上げる。

 自分でもどうしてこんなにうるさい音を立ててしまうのか理解出来ない。


「アイザック、君から発せられるそのオーケストラはどうにかならないのか?『ああ愛しのモンスターさん! 是非とも私を襲ってくださいまし!』と言っているようなものだぞ」


 後ろからハーフリングの盗賊が、オスカーが冷たい声を浴びせてくる。恐らく視線もさぞかし冷たいことだろう。

 そうは言うけどさあ……

 

「仕方ないだろ。しっくりこないんだよ」


 後ろの仲間に背中で返事をする。このやかましい音を消せるものならとっくのとうに消している。

 本当にこのアーマーは着心地が悪かった。少しでも体を動かせば大きな音が鳴り、腕と肩の可動域はごく僅か。

 これはアーマーではなく拘束衣なのではないだろうか。そんな疑問すら浮かび上がってくる。

 これでも防御力より動きやすさを優先したアーマーだというのだから気が滅入るよ。

 そういえば忍者はアーマーを一切装備しなくてもプレートアーマー以上の防御力を有すると聞く。

 いいなあ忍者。ズルいなあ忍者。俺もなりたいな忍者。

 

「敵だ! 二匹!」


 オスカーがそう言い終わるや否や俺の隣ではドワーフの侍、ギフンが抜刀しつつ臨戦態勢に入っていた。

 恐らく、いや絶対に俺から発する音で気づかれたのだろう。いやもう本当申し訳ない。

 不意打ちではなかったことに感謝しつつロングソードと盾を構えるが

 前に躍り出た二匹は小さく、そして素早かった。

 今の俺の動体視力ではその影の正体を見極めることも出来ず、ただただその影に翻弄されるのみだった。

 しかしボサッとしてはいられない。

 影は明らかに敵意を持った動きで距離を詰めてくる。


「おいおいおい! 見える!? ねえギフン敵の動き見える!?」

「いや~全然わからん! 全然わからんよアイザックゥ~!」


 片方は俺に。もう一匹はギフンに飛びかかってきた。

 迎撃しなくては! しかし……

 影は想像以上に早かった! いや俺が遅いのか? 細かく動く影を捉えきれない!

 とは言えとにかく振らねば当たるものも当たらない!

 駄目元でロングソードを構えて影に向かって振るう!


「ハッ!!」


 ガイイン! 

 

 手応えはあった。ただし敵を打ち据えた感触ではなく床にロングソードを思い切り叩きつけた手応えだ。

 敵を切れずに空を切ったロングソードが床を叩いたのだ。我ながらなんと初歩的なミスだ!

 こんなの素人でもなかなかお目にかかれないお粗末なミスだぞ俺!

 ロングソードのグリップを握る右手が大きく痺れ、そのすぐ後に洒落にならないレベルの痛みが右腕全体に走る。


「いっっっだっだだだだだ!!!」

「お、おい! アイザックお主大丈夫か!? 右腕とんでもないことになっとるぞい!」


 あまりの痛みに思わず叫び声を上げてしまう。そら叫ぶよ!

 だって右腕に40cm程の大きなネズミがぶら下がってんだから!

 ただぶら下がっているだけならいい。平和な光景だよ。誰も傷つかない優しい世界だ。

 だがこの大ネズミは大きな牙を腕に突き立ててぶら下がっているのだ!

 骨まで届いているのだろうか。ギシギシと骨がきしむ音が俺の中にだけ響く。

 ええ~!? ネズミの噛みつきってこんなに痛かったっけ? こんなに容赦なかったっけ?


「痛い痛い痛い! ベルティーナ! これ! これなんとかして! なんか飛ばすやつ! なんか飛ばすやつで!」


 半狂乱になりながら後方に立っているダークエルフのウィザードであるベルティーナに大ネズミがぶら下がった右腕を掲げる。


「う、動かないでよね! 絶対動かないでよね! 」

「たたたた頼むベルティーナァ!」


 ベルティーナが目を閉じ詠唱を始めると杖の先端に火が灯る。

 詠唱を終え、目を見開き、腕にぶら下がっている大ネズミを見定めながらベルティーナは杖をかざす。


火矢ファイアボルト!!」


 彼女の杖から直径数十cmほどの火矢ファイアボルトが発せられる。

 命中すれば大ネズミ程度なら簡単に倒すことができるだろう。

 そしてめでたいことに火矢は勢いよく、真っ直ぐに大ネズミへ突き進み見事に命中する。


 ”ギイ!”と叫び声を上げながら炎に包まれる大ネズミ。

 と、俺の右腕。

 当たってた当たってた! 俺にも当たってたんだよ! 

 右腕に走っていた痛みは熱さへと変貌した。肉が焦げる音が耳に、肉が焦げる匂いが鼻に広がった。

 

 「熱い熱い熱いいいいい! なんでそういうことするのさああ!」


 右腕に回った炎を消すために床を転がりながらベルティーナに抗議の声を上げた。

 痛いし熱いしでもうワケがわからない! 昔はもっとこう……スパッ! とかっこよく魔法を打ち込んでたじゃんかよベルティーナ!

 ただでさえもうこれ以上ないって程悲惨な目に合っているのにどうして追い打ちをかけるようなことが降りかかってくるのか!

 困惑の表情を浮かべながらベルティーナは転げ回る俺に駆け寄ってくる。


「あの状況じゃあれがベスト! ベストだったの! ほら! 腕出して! 消すから!」


 ベルティーナが身にまとっているローブで俺の右腕をパタパタと叩く。

 回転とベルティーナの”パタパタ”でようやく腕に回った炎は鎮火した。

 火は収まったが右腕とネズミはミディアムレアのステーキに仕上がっていた。


「うう……魔法の矢マジックミサイルならネズミだけ貫けただろ……俺はそっちを撃つと思ってたよ」


 魔法の矢なら腕を巻き込まずにネズミだけを対象に取れてたはずだ。

 少なくとも俺の右腕はミディアムレアのローストヒューマンになんてならなかったはずだ……そうさそうに違いない。

 

「今は火矢の呪文しかセットしてないのよ。それに私あれ苦手なの。エヘッ」


 ベルティーナは舌を出して照れ笑いを浮かべる。


「300代のエルフが舌出し照れ笑いとか流石にもう厳しいッスよベルティーナ姉さん」

「私は298歳って言ってんでしょうが!」

「おごっ!」


 蹴りがみぞおちに突き刺さる。痛い。つま先で蹴るのはやめてくれ。


「あいたたた……!」

「お? どしたんだベルティーナ」


 ん? よく見るとベルティーナの眉間に皺が寄っている。


「さっきのネズミに驚いて……グネッた」


 そう言いながら足先をこちらに見せつけてきた。

 見てみると確かに捻ってるし軽い痣も出来ている。これは厄介な方にグネっちゃったなベルティーナのやつ。


「グネってはりますやんベルティーナ姉さん! 天下の最強ウィザードベルティーナ様がネズミにビビってグネってはりますやん!」

「うっさいわね! あんたこそネズミに噛まれて『ベルティーナママ~痛いの~これ取って~ムァムァ~』って泣き叫んでた癖に! 最強ファイターが聞いて呆れるわね!」

「言ってねえよ! どんだけの極限状態でトチ狂ったらムァムァ~なんて発音できんだよ!」

「おいおいおい。アイザックにベルティーナ。君たち二人共落ち着きなよ」


 俺とベルティーナの間にオスカーが割って入る。

 どうやらギフンとオスカーも同じタイミングで仕留めていたらしい。


「そっちは大丈夫かいのう?」

「ああ、なんとか死んではいない。ギリ生きてる」


 立ち上がると同時に自分の右腕の傷を確認する。

 骨まで届く裂傷からの火球で完全に右腕の感覚がない。むしろ感覚がなくてよかったよ。

 中途半端に傷つけられて感覚が残ってたらもうね、俺本当にベルティーナにムァムァ~って言ってたわ。確実に。いやギフンにプァプァ~って言ってたわ。


「とはいえ俺は右腕が”これ”だよ”これ”! こりゃ撤退だ撤退! ギフンもベルティーナも傷ついてるし寺院で治療してもらおうぜ」


 右腕をギフンに見せつけながら弱々しい強がりの笑みを浮かべる。でもやっぱりいてえ!

 ギフンはそんな俺の腕を見て目を見開く。


「これは……ひどいのう。ワシらがやったのはネズミじゃったけどもう一匹は火トカゲサラマンダーだったのか?」

「いや……同じく大ネズミだ」

「しかしその火傷は……ワシじゃったらママーって泣き叫んでるレベルじゃわい」

「実際泣き出す三秒前だよ」

「いいんじゃよ? ワシのことをママって呼んでも……ヒゲ吸う?」

「やめろギフン! 侍が義の道にバリバリ反してんじゃねえよ! お前一応最強の侍だったんだろが!」

「も、もういいでしょ! ほ、ほらほら! いつまでも突っ立ってないで撤退準備しましょしましょ!」


 ベルティーナが俺とギフンの会話を慌てて遮り撤退を促す。

 もう本当仰る通りで危険すぎるよ。また大ネズミが出てきたら今度こそ一巻の終わりだ。

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