第60話 一ヶ月チーズ食い放題!
◇
「んじゃま、依頼の達成及び無事生還を祝って~乾杯!」
「乾杯!」
掛け声と共に全員のジョッキがテーブルの上で重なりエールの泡が跳ね飛ぶ。
卓上にはチーズフォンデュ、チーズグラタン。ジャガイモとチーズをベーコンで巻いて焼いたカロリー爆弾と多種多様なチーズ料理がこれでもかと並んでいた。
一つ一つが意匠をこらした火吹酒と魔法使い亭の亭主ドレンさんの名物だ。
あの死闘の後、俺達は監禁されていた残りの囚人を救出して刑務所に送り届けていた。
幸か不幸か囚人たちはやはり意識は虚ろであったため護送にはなんら苦労することがなかった。
ベルティーナの見立てでは軽い昏倒呪文が使われていたらしい。
大量の脱走囚人を連れて刑務所に顔を見せた時は刑務官たちに驚かれたものだが『迷宮の奥地で倒れていた』とだけ説明するとすぐに納得してもらった。
脱走した囚人が迷宮に逃げ込みにっちもさっちも行かなくなった。とでも思われたのだろう。
後はトントン拍子で囚人たちがブタ箱にぶち込まれていくのを眺めているだけだった。
「ネズミの件解決してくれてありがとね~。ネズミがまた罠にかかるようになった~って思ったらみんなが戻ってきたじゃない? それでピンときたの!」
亭主のドレンさんはネズミの挙動を見てすでに事件の解決を悟っていたらしく
テーブルには報酬の金貨が入った袋と豪勢な食事が並んで用意されていたのだ。
「うっま! このチーズフォンデュうまっ! これ一ヶ月食い放題とか体張ったかいあるなあ! あるなあ! おい!」
「うまいっス! めちゃくちゃうまいっス!」
「これ孤児院に持ち帰ってもいいですか!?」
「デュランスちゃんだっけ? もう全然余ってるから好きなだけどうぞ~」
生死の境目を彷徨うレベルの死闘だったからだろうか。俺達全員は極限なまでに腹が減っていた。
ソニアは常に両手に料理を持ちながら忙しなく食べ物を口に運んでいる。
逆にデュランスは背筋をピシッと立たせながら一口ごとにナプキンで口を拭いている。
お前その髪の毛でハイソサエティなマナーわきまえてんじゃねえぞ!
しかし……このチーズ料理……どれもめちゃくちゃうまい!
かませ犬クロスレビュー 温野菜のチーズフォンデュ
アイザック(ファイター) 九点
普段は注文できずに眺めていることしか出来なかった高級メニューの代名詞チーズフォンデュ
ここは安いメニューでもしっかり美味しいんだけどさ。でも高い奴はやっぱりやっぱり美味い!
下茹でしたジャガイモ、ニンジン、ソーセージに鍋に温めたチーズを絡めるだけの単純な料理だが、仄かに白ワインの風味が香る。
どうやら隠し味に白ワインを混ぜていると見える。その風味がチーズの旨味を
ギフン(サムライ) 七点
確かにチーズフォンデュ本体の味付けは絶妙。チーズそのものの素材の良さに頼り切っていないのは好印象
しかし野菜とソーセージの仕込みがやや雑。ジャガイモは面取りをしっかりしてその分湯で時間を短くするとよりホクホク感が増すと思う。
ベルティーナ(ウィザード) 十点
チーズをケチらずにドッッップリとつけたフォンデュをしたかった夢が叶った時点でもう満点
カロリー? ダイエット? そんなの来年から来年から。エルフの寿命をお舐めじゃないよ!
オスカー(盗賊/錬金術師) 八点
わざわざ温暖地方の品種の野菜を仕入れて使っている所に職人の仕事を感じる。
チーズとの絡みを考えた上でのチョイスに脱帽。
だがチーズに混ぜているワインはもう少し抑えめの方が個人的にはグッドかな
ソニア(格闘家) 百万点
めちゃくちゃ美味しくてすごいと思ったっス。
デュランス(クレリック) 十点
使っているワインはコートポール地方の五年ものでしょうか。
あえて若いワインを使うことで軽い風味付に抑えているのが素晴らしかったです。
これが十年以上のワインだとチーズよりもワインの重さが先に口に広がってしまうはずなので正解だと思います。
もちろんコストも安く仕上がりますし。過ぎたるは及ばざるが如しの良い実例とも言えます。
とても勉強になりました。ご馳走様でした。
平均点十六万点のチーズフォンデュをつまみながら俺達は今日の出来事を振り返っていた。
「しっかしよう。孵化? ハザン教? ありゃいったいどういうことよ。オスカー博士どうよ? なんかわかんね?」
「うーん……まだ情報が足りないね。ただ僕たちのレベルドレインと鼠の王の台頭。これは繋がっていてハザン教も一枚噛んでいる可能性が高い……ってことなのかなあ」
「ハザンかあ……ハザンねえ……」
どうにもオスカーの歯切れも悪い。そりゃそうだ。これだけじゃなんもわかんねえよなあ~。
そもそもアッシュだってどこ所属なのか。何のために鼠の王を追っていたのかも不明だったわけで。
あいつ本当に秘密主義者にも程があんだよ!
「ふえ? ハザン? 孵化? なんスかそれ?」
「あの。旦那。俺達何も聞いてないんですけど」
「俺達アッシュの唇を読んでたんだよ。なんか考え事しながらボソボソ言ってたろ? そん時ハザンがどうとか孵化がどうとか読み取ったわけ」
「ええ!? 皆さんそんなこと出来たんスか!?」
「し、知りませんでしたそんなの……」
「正式にはレベル、欲望、ハザン、孵化。この四つだね」
「す、すごいですね……俺全然わからなかったです。というか唇を読むという発想すら出てこなくて」
「やっぱりあの忍者の言う通り私とデュランスは未熟者なんスね……」
アッシュに否定された時の様に再び俯くデュランスとソニア。
んも~! そんなことで悲しむなってばあ!
「あーあーあー! 違う違う違う! ほら! 偶然知ってたっていうか! 本当偶然偶然! な!? ベルティーナそうだよな!?」
「そ、そうね! ほら! 勉強すれば簡単に覚えられるからこんなの! アイザックとギフンでも出来ることならソニアちゃんもデュランス君も超余裕! 余裕で出来るから!」
「なんかしこりが残る言い方だけどまあ……覚えておいて損はないぜ読唇術は。暇があったら教えてやるよ」
「うむ。余裕じゃ余裕」
「あ、ありがとうっス! 兄さん! 姉さん!」
「助かります旦那!」
「そんで話は戻るけどさ。やっぱりハザンだよな。ハザンっつったらあのハザン教だよな?」
「そうじゃろうのう」
「ハザンですかあ。すいません俺は別の宗派なんでハザンのことは全然わからないんですよ」
「いいっていいって。気にすんなよ」
デュランスが申し訳無さそうに頭を下げる。
ハザン教。アールンド王国で最も信者の数が多い宗教団体。
とはいえハザン教は別にカルト教団ってわけでもなんでもない平凡な教団だ。
戒律も別に厳しく甘くもない。「よく働きよく食べよく眠れ」だ。
めっちゃいいこと言ってるじゃねえか。
まさに今日俺達は良く働いてよく食べて、これから泥のように眠るわけで。信者だったら鑑と言われる程の活躍だな!
「別にカルト教団ってんじゃないぜハザン教は。そもそもハザンの顔になってるリーゼッテもいい子だしな」
「ふ~ん。いいって何が? どこが良かったの? 顔? スタイル? 年齢?」
何か刺すような視線を感じた。ベルティーナだった。
むしゃむしゃとチーズ料理を頬張りながらもこちらへ視線を定めたままだ。
「え? 何? ベルティーナ何? どしたん? い、いや性格? なあデュランス! リーゼッテはいい子だったよなあ!?」
「そっすね~。いやどうだったですかね~」
素っ気ない態度を取るデュランス。
え、やだこの子なんでたまに反抗的になっちゃうの? 反抗期なの? その前髪に精神を乗っ取られてきてるの?
というかなんでベルティーナは半ギレなんだ? おじさんもう何もかもがわからないよ。
「ま、まあアイザックの言う通りハザンの顔である聖女リーゼッテ。彼女に悪い噂が流れたことは一度もないね。もみ消した後すらない」
「毎週会ってるけどめちゃくちゃいい人っスよリーゼッテ様は!」
「え!? ソニアちゃんリーゼッテと会ったことあるの!?」
「毎週食料持ってきてくれるんス。うちの子供達とも遊んでくれるし本当まさに聖女様! って感じっス!」
「だからそう言ってるじゃんよお~! 普通にいい子なの! 普通に! しかもデュエル&ドラゴンズプレイヤー!」
「ふ~ん……ま、信じてあげるわ」
「対応が世知辛い!」
結局は何もわからず俺達のミーティングは最低限の情報共有と『これからも迷宮探索頑張りましょう』で締めることとなった。
全員疲れていたし何より目の前のご馳走に集中したかった。こういう時はパパっと打ち切って飯にするのが正解ってもんだ。
「だ~か~ら~。次の俺の組むデッキはファイター系のままにすべきか否か悩んでるって言ってんだよお~」
「い、いや旦那俺初心者だからわからないですってば。旦那が一番手慣れてるんですから」
「こういうのは他者の目線ってのがな! 必要なんだよ! 客観視ってやつよ!」
「わからないですってば旦那ぁ~。というか飲みすぎですってば!」
酒とご馳走にうつつを抜かして出来上がってしまい、俺はデュランスに絡んでいた。
話す話題といえば俺の新しく組むデッキのテーマについてだ。
大蜘蛛に拉致られている最中に目印代わりにカードをばらまいたせいで俺のデッキはほぼ半壊してしまい、デッキの組み直しが必要不可欠となっていた。
「牛車に歩哨にベレン! こいつらいないならもう英雄デッキ組む必要ないんだって~デュランスゥ~」
「わかりましたから! 前髪掴まないでくださいよ! うわ酒くさっ!」
デュランスの前髪を弄りながら今後のデッキ構成を考えてはいるのだが大量に摂取したアルコールが俺の歩むべき道を曇らせていた。
どうすっかな~。同じデッキ組むってのもアリっちゃありだけどさ。それもなんかつまらないというか。
いい機会なんじゃないかなとも思うんだよなあ。そんなことをグチグチ考えていた俺の背中に思いも寄らない声がかかる。
「それならクレリック/盗賊デッキなんていかがです? アイザック様」
「へ?」
驚きの余り脳のアルコールが飛び抜けてシラフに戻る。
罵声とゲップだらけの酒場に似つかわしくない、まるで天使の羽根で包み込んでくるかのように暖かな声が俺の背中に降り注ぐ。
瞬間振り向くと声の主は深く被っていたローブを外してこちらに笑顔を向けてきた。
「アイザック様。ご要望どおりリーゼッテ参りましたわ」
ハザン教団聖女リーゼッテがそこに立っていた。
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