第58話 さよなら蜘蛛君
「助かったぜアッシュ。助けてもらったのはこれで二度目だな」
「まさかレベル5であの糸を切るとは……到底考えられない。君たちは……君たちは何者なんだ……?」
「ただのかませ犬さ。主役はお前だったよアッシュ」
「糸を切った一連の動き……あれはレベル5の新米冒険者パーティが使えるようなものじゃないはずだ……」
実は僕たちレベル20のベテラン冒険者でしたー。と言ってもいいんだが。
ま、言いふらすようなことでもあるまい。こいつだって秘密主義者なんだしな。
「いや本当偶然偶然。それよりすごかったな首切り! 鮮やかな手並みだったぜ!」
忍者の首切り。噂では聞いていたが実際に見るのはこれが初めてだ。
そりゃファイターの俺だって首を切断することくらい出来るが……
それでもやはり本職のソレは比べ物にならない程鮮やかだった。
首筋に光が横に走る。その瞬間にはすでに首と胴が別れを告げていた。力で『ふんにゃ!』っと切り落とす俺とは全く手並みが違う。
王の首の切断面を見るとそこに綻びは一切生じていない。もう一度胴とくっつけたら蘇ってしまうのではないか。そう感じさせるほど切り口は鮮やかだった。
「……君たちがいなければそれも叶わなかった……僕は確実に……死んでいた……礼を……言うよ……」
「んじゃお互い様ってことだな。お疲れさんの握手だ」
「……」
握手を申し出るとアッシュはすぐさま踵を返す。
どうやら握手をする気はないらしい。
「馴れ合いは嫌いかい。ま、孤高の忍者らしくていいんじゃねえかな」
「……い、いや……気にしないで……くれ……」
アッシュは俯いたままこちらに視線すら向けずにポツリと呟く。
恥ずかしがっているのか人見知りなのか。第一印象とはだいぶ違う表情をアッシュは見せてきた。
そんな俯いた忍者を目の前になんだかフツフツとからかう気が湧いてきてしまう。
「何よ何よ~アッシュちゃんどうしたのさ~? 握手苦手なん? 握手苦手忍者マンなんか!?」
「さ、触るな……!」
「アイザックー! ギフーン! ソニアちゃーん! 全員無事みたいね! よかった~! 特にソニアちゃん無事でよかったー!」
「俺とギフンはどうでもいいんかいな」
何故だか恥ずかしがるアッシュをからかっているとベルティーナ、オスカー、デュランスがこちらへ駆けつけてきた。
こいつらが一人でも欠けていたら糸は切れなかったんだよなあとしみじみ思ってしまう。
火炎保護がなければ丸焼けだった。自由移動がなければ油の池を全力疾走できなかった。
圧縮火炎瓶がなければ武器に炎を凝縮して宿すこともできなかった。
レベルは吸われても積み重ねた経験や知識は吸われてないってことだな!
というかそれすら吸われてたらもはや人格崩壊レベルの所業だからな! そりゃ完全な廃人だ。
「あなたがアッシュ君ね? 見たわよ~あの首切りスラッシュ! やるじゃない!」
「どうも……」
「うむ。ワシも職業柄首切りは得意な方なんじゃがあの手並みは素晴らしかったぞい!」
「……それは……どうも」
「それでアイザック。あの子はどうするの?」
「あの子って……あいつ?」
「そう。あの子」
ベルティーナが油の池でひっくり返りながらモゾモゾと暴れている大蜘蛛を呆れたように指差す。
大蜘蛛は足をバタつかせる度に油が跳ねて更に体に跳ねる。
暴れる程に体に塗れる油の量が増えて自力で起き上がることができなさそうだった。
無防備な魔物など早急にトドメを刺すのが冒険者の基本なのだが……
なんというかその……俺はどうにもやる気を削がれていた。
「まあ……倒してもいいけども……あれを見るとなあ……」
「そうねえ……なんだかねえ……あれを見るとねえ……」
「(´;ω;`)」
「何? あれはそのあれかな? 悲しいよ~って言いたいのかな?」
「まあ、見た感じそうじゃないかしらね。うん」
大蜘蛛は仰向けになりながら尻から糸を出していた。
宙に浮かばせているその糸は蜘蛛の何かしらの感情を表しているように見えた。
見たところあれは涙を流しているし悲しみの感情なのだろう。うんきっとそうだ。
「大蜘蛛から敵意が消えている。恐らく、これだろこれ」
鼠の王が己の威光を示す為、眼前の敵を破壊し尽くす為に用いた三尺に伸びる杖。
杖は王の体から手放され油の池に沈んでいる。
それを拾いベルティーナに受け渡すと彼女は目を閉じ、軽く杖の先端を撫で回してからウンウンと頷く。
「はいはいはいはい。これはあれね。うん。オスカー。これあれよね? ほら。あれ」
「え? あ、ああ。ちょっと見せてくれ」
オスカーに杖を受け渡すベルティーナ。お前実は何もわかってねえだろ!
杖を受け取ったオスカーはベルティーナの様に目を閉じて杖を調べ始める。
「これは『一筋の糸』だね」
「ああ~『一筋の糸』。そっちね! そっちの方のあれね!」
「ベルティーナちょっと黙ってて。お願いだから」
「……はい」
「ま、見ての通りだけどそこの大蜘蛛。今は攻撃性が一切見られないよね? 王が杖を握っている間はあれだけ凶暴だったってのに」
「ああ。ってことは」
「そう。蜘蛛を操ることの出来る能力があるんだよこの杖は。それと……何かまだ能力がありそうだね……すまない今の僕のレベルじゃここまでだ」
「いや、十分助かるよオスカー」
なるほど。鼠の王はこの杖、『一筋の糸』を利用して大蜘蛛を使役してたわけか。
アッシュの不意打ちを防いだり糸で俺を遠距離から拉致したりとかなり手こずらせてくれたもんだ。
下手したら王よりもこいつの方が強かったんじゃないかな……っていうかたぶんそうだわ。
「おお……結構なマジックアイテムじゃねえか。ベルティーナ。持っとけよ」
「それじゃありがたく。でも大蜘蛛君は逃してあげましょう。本当は大人しい子なのに戦わされて辛かったでしょう」
「(´・ω・`)」
仰向けになりながらも大蜘蛛は糸で返事をする。こいつ実はめちゃくちゃ頭いいんじゃねえか?
「それじゃ
軽い詠唱の後に杖を振りかざすと池が見る見るうちにしぼんでいき、土に吸い込まれていく水のように油は地面に染み込んでいった。
仰向けのままその身を横たわらせていた大蜘蛛がすぐにその身を起こす。
あれだけ攻撃性に溢れていた目も今は落ち着いている。人を襲うような生き物にはすでに到底見えない。
眺めていると大蜘蛛はこちらに振り返り目をパチクリさせている。
「(´∀`)ノ」
これは……感謝の意を示しているのだろうか。
「ほら蜘蛛ちゃん。もう操られるんじゃないわよ」
「もう俺のこと拉致ったりすんじゃねえぞ。カードの弁償代は請求しないでおいてやるよ」
「(*´・ω・)ノシ」
大蜘蛛は尻から別れの挨拶と思われる糸を紡ぎ出したかと思うとすぐに身を翻し壁に張り付く。
そして驚くような速度で壁を駆け上がり天井に空いている大きな空洞にその身を入れていった。
散々苦しめられたけど、こうやって見るとなんだか憎めないから困る。
「いいのかよベルティーナ? あいつを仲間にすれば戦力増強だったはずだぜ?」
「ああいう子無理に戦わせちゃ駄目でしょ」
「同感だ」
「なら聞かないでっての」
「あ、アイザック。というかみんな。少しいいかな?」
「んあ? どしたよオスカー」
オスカーは鼠の王の死骸を覗き込むように観察していた。何かただならぬ様子を身にまとっていた。
つい先程死闘を制したというのに何ら余裕を感じさせていなかった。
「来てくれ。見てほしいものがある」
「腕? こいつの腕がどうかしたのか?」
オスカーは王の死骸、胴体の右腕を持ち俺達に見せつける。
皺の寄ったブヨブヨした皮膚に黒い斑点の染みが浮かび上がっている。
お世辞にも美肌とは言い難い。ベルティーナが口から軽く泡を吹き出しながらアバアバ言っている。
だが美肌云々はどうでもいい。気になるのはその腕に刻み込まれた数字だった。
王の手首には「12004」という入れ墨が掘られていたのだ。……数字?
「12004?」
「なんスかねこの数字? デュランスわからないっスか?」
「うーん……いや俺もわからんなあ」
ソニアもデュランスも俺と同じく首をひねるのみだ。
「この数字は……囚人番号だ。アールンド刑務所では囚人管理の為に罪人に墨を彫っているんだ」
「そういえばそうじゃったのう。有名な話じゃ。終身刑と死刑が確定した罪人のみじゃったっけ」
ああそうだ。その厳しさから罪人の流れ着く地と言われているアールンド刑務所。
もはや今後外に出ることがない囚人はこのように墨を掘られると聞いている。
王の腕にその墨が刻まれているということはそれはつまり……
「そう。アールンド刑務所で起きた集団脱走事件。こいつはその一人だ」
ダラリと垂れ下がった腕を見せつけながらオスカーはそう言い切った。
その事実を告げられた瞬間に誰もが息を飲んだ。
異形の正体が囚人であったことはわかってはいたが。
その原因でもあった鼠の王すらもその正体は囚人だったってのか!?
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