第57話 鼠の王戦 決着!

「し、失敗だ……!」

「あ、あの人がアッシュですか旦那! で、でも……」

「王の野郎……レベル15忍者が本意気ホンイキで狙った暗殺を……しのぎやがった!!」

「あ、アッシュさんの腕に糸が!」


 暗殺を失敗したアッシュは咄嗟に蜘蛛の体を蹴り上げその反動で距離を取る。

 だが、着地したアッシュと大蜘蛛の間には白い、シルクのように白く美しい一線が通っていた。

 俺の足に巻き付いてた時と同じだ。

 やばい……あの糸はやばい! あの糸がアッシュを蝕んでいる限り忍者の強みであるスピードが殺される!


「クソッ……アッシュが自由に動けない限り俺達に勝ち目はねえぞ……!」

「で、でもアッシュさんはレベル15なんですよね!? 糸も、こう……スパッと切れないんでしょうか!?」

「無理だ……あの糸の剛性と弾性……あれはアッシュの独力では絶対に切れない!」

「そ、そんな……」


 デュランスから治癒術を受けながら俺はこれからすべき行動を考えなければならない。

 考えろ考えろ考えろ考えろ! 徹底的に考えろ! 考えることをやめたら死ぬぞ!

 護衛の残りは二匹、内一匹はほぼ戦闘継続困難、士気低し。

 王はすでにアッシュに狙いを定めている。

 糸はアッシュの独力では切れない。アッシュと王の距離は約十五メートル

 蜘蛛は追撃にいかず様子見。自発的に動くことなし。

 俺にかかっている強化魔法は加速、祈祷。

 ベルティーナ、デュランス共に呪文の回数は余っている。だが使える魔法でこの局面をどう突破する?

 オスカーの火炎瓶も健在だ。だが決定打には成りえない……やはり糸、糸だ。

 アッシュに絡みついた糸をどうにかしなくては勝てない!

 よし……一か八か、やってみるか。

 デュランスの治癒術で俺に叩き込まれた傷も回復しつつあった。よし、立てる!

 まずはみんなに作戦を伝えなければ。それまで持ってくれよ……アッシュ!



「みんな聞いてくれ!!」

「アッシュ君大ピンチじゃからな! どうにかせんといかんのう!」

「アイザック! 糸だろう!? 糸をどうにかするんだろう!?」

「ああ! まず糸だ! まず糸をどうにかする! デュランス!」

「呪文はまだ余りまくってますよ旦那!」

「前衛全員に火炎保護プロテクションフロムファイア!と自由移動フリーダムムーブメントだ!」

「わかりました! 火炎保護から始めます!」


 デュランスが詠唱を始めると手元に暖かな光が灯り始める。

 俺、ギフン、ソニア。俺達前衛にデュランスが手をかざすと暖かな光が体を覆う。

 火炎保護がついた証だ。これなら多少の無茶は出来るはずだ。


「ソニア! 俺とギフンの動きに合わせろ! お前の反射神経なら出来る!」

「わ、わかったっス!」


 なんとも心配そうな顔を浮かべるソニア。

 すまん説明する時間がないんだ! アッシュが倒れてしまえば全てが台無しになる!

 お前のアドリブ力なら絶対に大丈夫だ! というか大丈夫というていで話を進めさせてもらうぞ!


「ギフン! オスカー! ベルティーナ! 俺達がこれからどうするかはもうわかってるな!?」

「わかっとるわい! アルラウネの時のじゃろ!?」

「そう! 正解! ギフンにアイザックポイント十点追加!」

「やったわい!」

「何よアイザックポイントって!」

「そんなの俺もわかんねえよ! こちとら極限にテンパってんだよ! 時間ギリギリのケツカッチンなんだよ!」

「わかったわかった! 切羽詰まってるのはわかってるよアイザック! あの時と同じ戦法だね!?」


 オスカーが火炎瓶を懐から取り出す。オッケェ。 オスカーはいつでも行けるな! 


「ベルティーナ!」

「わかってるわよ! グリースでしょ!」


 すでにベルティーナはグリースの詠唱に入っていた。 


「ナイスベルティーナ! 判断早い!」

「……そ、それで私にはアイザックポイントは追加されないわけ……!?」

「えっ……?」

「い、いやだから、ギ、ギフンがもらえるなら私もほら……じゃ、じゃないとなんか……不公平じゃない?」

「……」

「いいからよこしなさいよポイントォ!」

「ベ、ベルティーナにアイザックポイント二十点進呈!」

「そんなポイントなんてどうでもいいからさっさとアッシュ君どうにかしなさい!」

「なんなんだよお前よお! ベルティーナよお! お前よお!」

「なんでベルティーナは二十点でワシは十点なんじゃい!!」

「みんな! 今はそんな漫才している場合じゃない! 僕とベルティーナが君たち前衛と合わせるよ!」

「そ、そうだな! デュランス! 自由移動フリーダムムーブメントはかかったか!?」

「今、今終わりました!」


 デュランスの報告と同時に両足に光が灯る。

 ガラクタだらけの足場にも関わらず、両足にかかる負担は一切感じられなくなっていた。

 これなら不安定な足場だろうがどこまでも流麗に駆けることが出来るはずだ。

 前衛全員に火炎保護プロテクションフロムファイア自由移動フリーダムムーブメントがかかった!

 いいぞデュランス!


グリース! 撒いたわよ!」


 ベルティーナの声と同時に大蜘蛛の足元に黒々とした油の池が湧き上がり、胸焼けするほどの油臭が空間全体に広がる。

 粘度の高い油が蜘蛛の足を絡め取ったその瞬間、大蜘蛛が嫌がるように身じろぐ。

 下準備は万全だ!


「アッシュ! よく持たせてくれた!」


 アッシュは手首に糸を巻かれた状態で鼠の王と大蜘蛛の攻撃を躱し続けていた。

 繰り出される王の杖と蜘蛛の足を紙一重で躱し、糸で体ごと振り回された際には力に逆らわずに跳躍。

 驚異的な身体能力だ。そこらのレベル15忍者とは格が違う。

 それでも反撃のチャンスは見つからず回避に徹する他ない。

 このまま体力を消耗すれば直に捉えられてしまうだろう。急がねば。


「行くぞ! ギフン! ソニア!」

「おうさ!」

「へ!? は、はいっス!」


 俺達は大蜘蛛へ駆け出す。チャンスは一回。しくじれば確実に敗北だ!


「懐かしいのうアイザック! あの時もギリギリの状況じゃったのう!」

「だな! アルラウネは本当に厄介だった!」


 過去に俺達が植物学者を護衛する依頼で出会った魔物アルラウネ。

 触手を伸ばして相手を縛り付ける厄介な魔物だ。

 アルラウネの触手に絡め取られた学者先生を助ける為に執った戦法。それを今ここで再現する!

 すでに俺達は油の池に足を踏み入れているが自由移動フリーダムムーブメントのお陰で難なく走っていられる。

 やはりグリース自由移動フリーダムムーブメントの組み合わせは強い!

 さあ! 仕込んでいくぞ!


「ソニアァ! 自分の武器を! お前が身につけているバンテージを油に浸すんだ!」

「は、はいっス!」


 走りながらロングソードを油に浸す。

 剣を浸した瞬間にジャブリと豪快な音と共に油が大袈裟に跳ねる。

 ギフンは刀を。ソニアも右腕を油に浸す。

 大蜘蛛も鼠の王もこちらに注意は払っていない。アッシュさえ仕留めればこの勝負、勝てるとすでに悟っているからだ。

 それならそれで好都合! せいぜい舐めてろや! 


「ぜええい!!」

「チェストオ!」

「ギッ!」


 残った異形二体を俺とギフンが駆け抜けながら斬り伏せる。残るは王と大蜘蛛のみだ!


「よし! 飛べえ!」

「せいやっさ!」

「はいっス!」


 油の池を難なく走り抜け、俺達は大蜘蛛とアッシュの直線上、糸の手前で跳躍する。

 空中に飛んだ俺達はアッシュ、鼠の王、大蜘蛛、そして走っている糸を見下ろす。


「ソニア! 右腕を高くかざせ!」

「わかったっス!」


 俺はロングソードを。ギフンは刀を。そしてソニアは右腕を天井に届かんばかりにかざす。


「ベルティーナァァァ!! オスカァァ!! やってくれえ!!」

「ああ! 頼むよみんな! 受け取ってくれ!」

「ええ! 後は、頼むわよぉ!」


 俺達がかざす武器に向かってオスカーは火炎瓶を、ベルティーナは火球ファイアボールを放つ。

 火炎瓶と火球、そして剣が同時に激突する。瓶が割れる音と共に炎の奔流が剣を纏う。

 ベルティーナの呪文とオスカーの錬金術が合わさり火は火炎に成り、

 剣に走る火炎は油によって業火へと変貌する。


「ああああ! 熱いっス! 燃えるっス!」

「熱くない!火炎保護プロテクションフロムファイアをつけてるし体は燃えてねえだろ!」

「で、でもなんで武器にだけ!?」

「オスカーの火炎瓶は二種類存在する! 広範囲を燃やす範囲火炎瓶。そして圧縮された炎を繰り出す単体用の圧縮火炎瓶だ!」

「本来広がる炎をギュッと縮めたんじゃ! これは強いぞい!」


 デュランスによる火炎保護と自由移動。

 オスカーの錬金術で生み出した圧縮火炎瓶。それをベルティーナの火球と共に凝縮して油を塗った武器に乗せる!

 命を、魂を、武器を燃やす! 

 これが俺達の奥の手だ! 鼠の王よ! 大蜘蛛よ! こいつは効くぜえ!



「ギフーン! ソニアァ! 狙いは糸だ! 合わせろぉ! うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「承知ぃ! チェエエエエエエストオオオオオオオオオオオ!!」

「了解っス!!!! せいやっスうううううううううううう!!!」


 業火のロングソード。業火の刀。業火の手刀がアッシュに伸びている糸の一点に集中して叩き降ろされる。

 刃を当てた瞬間にギシリと重い音と手応えが響く。糸は鋼のように固く、しなるのみだ。

 加速によって引き伸ばされた時の中では一瞬が永遠に感じる。

 レベル5には荷が重いってか?

 確かに俺らはレベル5だ! この場に似合わない弱者だろうよ! かませ犬だろうよ!

 だけどなあ! だけどなあ!


「蜘蛛糸の一本くらいっっ!!! わけねえんだよおおおお!!」


 体重を、全筋力を、魂を武器に乗せる。

 俺、ギフン、ソニアの全精力をかけた一撃が張り詰めた糸にのしかかる。

 切れるのかじゃない。切るんだ。糸だけじゃない。この国の因果も!


「いっけええええええええ!!」


 その時、糸が苦痛に悶えるかのように揺らめき、叫びを上げるかのようにブチリと音を立て始める。

 炎と叩きおろした力によって切れ目が入る。

 音を立てれば切れ目が入る。切れ目が入ればほつれる。

 そこからは容易かった。糸が焼ける音。糸が切れていく音が多重に重なり剣が更に深く、より深く沈んでいく。

 そうさ。アルラウネの時もこうだった。一度切れ目が入ればあとは突き進むのみだ!


「おおおおおらあああああああ!!!」

「チェエエエエエエエエストオオオオオオオオ!!」

「せいやああああああああああああああ!!!」


 ブツン! といった音が剣を通して聞こえてきたその瞬間、糸の反発する力が消え失せる。

 油の池へ着地したと同時に俺は、いや。俺達全員は確信した。糸を切ったのだと。

 その確信と同時に轟音が響き渡る。

 張力を突然失った大蜘蛛がバランスを崩してひっくり返ったのだ。

 恐らく自分の糸が斬られるなどと夢にも思わなかったのだろう。


「ギィ!?」


 バランスを大きく崩した蜘蛛に振り落とされた鼠の王が油の池へと叩きつけられる。

 ひっくり返った大蜘蛛は油に塗れて起き上がれなくなり、その足をバタつかせていた。


「はっ! 救助ついでに大きい獲物も釣れたなおい!」

「ギイイイイイイイイイアアア!!!!」


 油の池から身を起こした王の顔は油と、怒りと、憎悪と、殺意に塗れていた。

 そりゃそうだ。完全に舐めてた格下にこれだけやられたんだ。プライドはズタボロだろうよ!

 王は油にバランスを崩しながらもこちらに杖を構えて突撃してくる。完全に俺しか見えてないって勢いだ。


「王様よお。直々のご指名ありがたいんだけどよ。他に注意すべきやつがいるんじゃねえのか?」

「……遅い」

「ギョギッ!?」


 俺が言い終わるか否やの瞬間だった。

 王の首元に一筋の閃光が走ったかと思うと、その瞬間にはすでに首が宙に浮いていた。

 首から上の存在を失った王の胴体は豪快な音を立てながら油の海に沈み

 宙に浮いた王の首はパシャリと虚しい音を立てながら油の池に落ちる。

 分かたれた頭と胴体。その傍らには小太刀を携えた灰の忍者が立っていた。

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