第42話 デュランス、イキる!

「おはざ~っす」

「おはざ~っすじゃないわよカード馬鹿。三十分も遅刻してるじゃない」


 リーゼッテとの決闘の後、孤児院で夕飯をご馳走してもらった翌日

 迷宮前へと足を運ぶとすでに全員が揃っていた。

 眠たい目をこすっていたら早速ベルティーナに叱られてしまった。


「いや~すまんすまん。昨日は年甲斐もなく興奮しちゃって。なかなか眠れなかったんだよ」

「アイザックの旦那、昨日は聖女様とお楽しみでしたからね」


 そうそう。昨日のリーゼッテとのデュエルは楽しかったなあ。あのギリギリの攻防からの大逆転。

 デュエル&ドラゴンズの醍醐味を凝縮した戦いと言っても過言ではない。

 今度リーゼッテを見つけたらデュエルの為に部屋に誘おう。そうしよう!


「お楽しみ!? 聖女!? ちょっとアイザック! あんたどういうこと!?」

「お楽しみじゃったのか!? アイザックお主昨日はお楽しみじゃったのか!? 昼は迷宮で火だるま! 夜は宿屋で火遊びじゃったのか!?」

「やめろって! 俺まだ寝起きなんだよ! 頭揺らすなよベルティーナ! ギフンお前握力強すぎ! 助けて! 誰か男の人呼んで!!」


 ベルティーナとギフンが俺に掴みかかってくる。揺らさないで掴まないで!


「ベルティーナ姉さん、ギフンの旦那。お楽しみってのはあれですよ。アイザックの旦那はカードゲームで遊んだだけですよ」


 俺が弁解もできずにもみくちゃにされているとデュランスが助け舟を出す。 


「カードゲーム……ああ、デェエル&モモなんとかだっけ? 紛らわし!」

「デュエル&ドラゴンズですぅ~。モモってなんだよ」

「ああ……そういう。アイザックお主さあ。お主そういのさあ! 紛らわしいわい!」


 ダークエルフとダークドワーフが俺の体から手を離して悪態をつく。

 勘違いした上にその態度! 失礼な奴らだよ!


「だからゲームを楽しんだって話だろが!」

「まあまあアイザック。僕は君が楽しむっていったらそれしかないってわかってたから。それ以外何もないもんね君は」


 オスカーが優しい笑顔で俺の肩を叩く。まるで全てを悟ったような表情だ。


「オスカー……お前だけだよ。俺のことわかってくれるの」

「オスカーが一番辛辣なこと言ってるの気づいてないわよこいつ」


 いや~やっぱりオスカーはわかるハーフリングだな! わかってるよこいつは!


「それで確認したいんだけどさ。アイザック、君も含めて僕らは昨日の大立ち回りでかなり成長できたと思うんだよ」


 オスカーの仲裁によりひとまず騒ぎが収まった俺達は現状を確認することにした。


「ああ。朝起きた瞬間に実感したぜ」

「そうっス! 私も朝起きたら成長を実感したっス!」

「ワシら全員レベル5になってるのう。無茶した甲斐があったわい」


 ソニアとギフンの言う通りだった。昨日戦ったネズミの異形は俺達よりも圧倒的格上だった。

 その戦いで俺達はレベルが一気に上がったのだ。レベルは2から5へと一気に3アップだ。

 本来こんな飛び級なレベルアップは危険だしよっぽどって場合以外は絶対しないほうがいい。

 良い子の冒険者にはオススメできない成長方法だ。ほぼ確実に死ぬぞ。


「流石にレベル5ともなると1の頃のような体の鈍さもある程度緩和できてるな」


 体が軽やかだった。そりゃレベル20の頃のキレキレに比べたら糞雑魚だが、それでもレベル1とは大違いだ。

 今なら大ネズミは倒せるだろうし異形とも……いや流石にまだ無理かな。


「そうだね。少なくとも石つぶてくらいじゃ死にかけることももうなさそうだよ。いや全く本当に!」


 オスカーが自嘲気味に笑う。あんなショボい罠に引っかかって死にかけたんだ。

 プライドの高いこいつのことだ。さぞかし悔しかったのだろう

 だが今のオスカーの力量ならもうあんなチョロい罠に引っかかったりはしないだろう。


「フフフ。そうレベル5……レベル5なのよ!」

「ど、どうしたんスかベルティーナの姉さん」


 ベルティーナが突然不敵に笑い出す。まるで憑き物が落ちたかのように清々しさすら感じる笑い方だ。

 婚活を諦めたのか? だからか?


「ああそうか。レベル5ってことはランク3の魔法……アレとアレが使えるようになったわけだねベルティーナは」

「そう。そうなのよ! もはや勝ち確よ!」

「勝ち確なんスか!?」


 何がなんだが全くわからんぞ。俺本当に魔法に疎いからなあ。


「おいベルティーナ。そろそろ教えてくれよ。何を覚えたんよ」

「ふふふ……私が覚えたのはね……火球ファイアボール加速ヘイストよ!」

「お、おおお……マジか……お前それ。お前それマジか……そりゃ確かに威張るほどだわ……」

「でしょ!? でしょ!?」


 『ウィザードはランク3魔法を使えるようになってくると化ける』とは俺達冒険者の常識だ。

 確かにウィザードはランク1からそこそこ使える魔法は揃ってはいる。

 当たりやすく威力も程よい魔法の矢マジックミサイルに相手の動きを制限するグリース

 それでもやはりウィザードがパーティの花形足り得る存在感を発するのはランク3の魔法が解禁されてからなのだ。


「相手を大きく巻き込み複数を火だるまにできる火球。肉体強化の加速。この二つは大きいわよ!」


 そう。火球は威力も高く当たりやすく、しかも複数の敵を巻き込む事ができる。

 これを覚えているかいないかでウィザードの価値は大きく変わるのだ。

 そして対象の反射神経、素早さを大幅に増幅させることのできる加速。

 前衛にこれがかかっているかいないかは非常に大きな差となる。

 加速がかかるだけで戦闘力はほぼほぼ二倍に跳ね上がるといっても過言ではない。


「そんなに加速ってすごいんスか!? 私もかけてくれるんスか姉さん!?」

「ええもちろんよソニアちゃん。もうね、全然違う。『個人の感想です』なんて保険や言い訳が通じないレベルに違うから!」

「よくわかんないけどわかったっス!」


 キャッキャウフフしているエルフコンビを尻目にしつつも俺も内心では喜んでいた。

 加速の影響下で戦えるのは本当にありがたい。それほど俺達前衛組にとって加速の存在は大きいのだ。

 もしも再び異形と戦うことになったとしてもこれなら火だるま戦法をしないで済みそうだ。あれは二度とゴメンだ。


「それでデュランス。お主はどうなんじゃ? お主も神聖呪文を新しく覚えたんじゃろ?」

「ん~……確かに覚えたんですけど、俺は姉さんみたいに派手なのじゃなくて地味なのしか覚えてないんですよ」


 ギフンの問になんともバツの悪そうな表情で頭をポリポリ掻きながら答えるデュランス。

 まあ確かにウィザード系呪文と比べてクレリックの神聖呪文は地味目の魔法が多いっちゃ多いが……


「そんな引け目を感じることはないぞ。お前の呪文は俺達の生命線なんだ。恥じることなんかねえぞデュランス」

「そ、そうですか? だって火球はドカーンって感じだし加速はバビューンって感じだしで……」

「確かに火球は派手だし加速も大事だよ? でもな、それだけじゃ勝てねえさ。お前の神聖呪文あっての俺ら前衛なんだからよ」


 デュランスの腹をボスッと叩く。

 ウッと軽く呻くがすぐにデュランスは不安を払拭させた笑顔を見せる。


「そう……ですね! んじゃ説明します! 俺が覚えたのは属性保護プロテクションフロムエネルギー。そんでもう一つが魔法解呪ディスペルマジックです」

「……」

「……」

「……」

「……」


 俺、オスカー、ギフン、ベルティーナ。全員がデュランスのカミングアウトに黙りこくってしまった。


「あ、あの。やっぱりイマイチですよね……はは。すみません」

「いやいやいやいや、デュランス。君ね……それどっちもすっごくすっごく大事な呪文だよ!」

「お前ざっけんなデュランス! 必須だ! そりゃどちらも必須の超重要呪文だ!」

「デュランス君これあれ? 自虐風自慢って奴かな? お姉さんもう若い人の気持ちがよくわからないんだけどさ」

「俺何かやっちゃいました? とか言ったらその前髪切り落とすぞいデュランス!」

「え!? えええ!?」


 俺達ロートル組の突然のリアクションに思わず後ずさるデュランス。


「わ、私は魔法はあんまりわからないっスけどベテランの皆さんのリアクションを見るに超重要呪文っスよデュランス!」


 ソニアが慌てた様子で話の波に乗ってくる。呪文詳しくないエルフって俺生まれてはじめて見たわ。

 それはともかくとして!


「そうだっての! お前デュランスデュランスお前! その二つがどれだけ……どれだけ大事か!」

「そ、そうなんですか?」

「オスカー先生ちょっと軽く説明してやってくださいよ! この不良生徒に!」

「ん~。そうだね。自分の呪文の重要性を覚えておくことは大事だね」


 知識の泉ことオスカー先生が教鞭をとる。うちのパーティは俺とオスカー以外馬鹿しかいないからな。

 こういう時には本当に助かるよ。

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