第41話 鈍感ファイターと赤面聖女

「負け、た……? 私の……私のクレリック/ローグマルチクラスデッキが……?」

「お~。アイザックの旦那の逆転勝利ですか! やりますねえ!」


 茫然自失のリーゼッテ。まるで自分の敗北が信じられないといった表情だ。

 手札はテーブルに投げ出されうわ言のように呟いている。

 放り出されたカードは……敬虔なる信者二枚と治癒術キュア・ウーンズか。

 ザルディンがいなければ見張りと共に信者が並んで強化され続けていたな。危なかった。 


「リーゼッテ。実際大したプレイヤーだったよお前は」


 うつろな目をしたままのリーゼッテに聞こえるよう大きめなトーンで語りかける。

 放心していた自分に気づいたのか、リーゼッテは回していた目を戻す。

 だが顔はうつむいたままだ。

 

「な、ならどうして私は……!」

「リーゼッテ。お前はすでに一度心盗む女盗賊という切り札を見せている。当然警戒されている前提で動くべきだったな」

「……」


 確かに心盗む女盗賊は切り札足り得る優良クリーチャーだ。

 だが切り札が切り札たる効力を発揮するのは一回目のみ。

 二枚目を出しても先程のようにうまくいくはずという希望的観測。それは決闘デュエルでは思考放棄も同然だ。


「経験の無さが響いたな。魔力を使い切らずにターンを渡すということは何か仕込んでいる可能性を考慮しなくてはいけない」

「1魔力だけ余らせて『将の兜』を使った局面……ですわね」

「だがお前はそこに気を回す事ができなかった」

「……」


 このゲームは相手ターンでのアクションが肝要だ。自分のターンだからといって全く油断できないゲームだ。

 対戦経験があれば俺の一連の動きに『臭さ』を感じ取っていたはずだ。


「それとデッキ構築も一見隙がないが……一枚のカードに封殺されるのは致命的だ」


 将の兜の効果を無視して対処できるカードもこの界隈には山程ある。

 にも関わらずリーゼッテは兜を装備したザルディンに一切手も足も出なかった。

 恐らくリーゼッテは過去に誰ともデュエル&ドラゴンズで対戦したことがないのではないだろうか

 このデッキも一人で作り上げたデッキなのだろう。

 デッキとはある程度組み上げた後は人と対戦して調整していき長所を伸ばし、短所を消していくものだ。

 その工程は一朝一夕で出来上がるものではない。


「デッキってのは色々な人と、色々なデッキと戦うことで磨き上げていくものなんだ」

「でも……でも私、一緒にデュエル&ドラゴンズをやってくれる友達なんて……」

「リーゼッテ……」


 俯きながらリーゼッテは声を絞り出した。

 ああそうか。そうだったんだ。

 リーゼッテは友達が皆無だと言っていた。

 国を代表する聖女だ。プライベートで心を開ける友人なんて皆無だったのだろう。

 デュランスとソニアの孤児院に食料を寄付した理由を「みんなの幸せの為」とリーゼッテは言っていた。

 恐らくその言葉に嘘偽りはないだろう。だが、だが他にも理由があったはうだ。

 俺が思うに……この子は友達が欲しかったのではないだろうか。

 寄付をきっかけに二人と、孤児院の子どもたちと仲良くなりたかったのではないだろうか

 この子は、リーゼッテは聖女ではあると同時に年相応な不器用な女の子なんだ。


 彼女の使っていたデッキも、まるで壁にボールを投げつけては跳ね返ってくるボールを拾い、そしてまた投げる。

 寂しい子供の一人遊びのように繰り返して作り上げたのだろう。

 だとするならば……決闘者デュエリストとして俺の取るべき行動は一つだ。


「なあリーゼッテ」


 敗戦のショックもあるだろう、出来る限り優しく声をかける。


「……なんでしょうか……」

「よかったな!」

「ふぇ!?」


 俺はリーゼッテの手を握り握手をする。対戦相手を称える俺なりのリスペクトだ。

 ひんやりと冷たかったリーゼッテの手が一瞬にして熱を持つ。うわめっちゃ暖か、いや熱い!

 白く透けた陶器のような肌がみるみるうちに赤くなっていった。


「なななな何をされるのですかアイザック様! それによかったって何がですの!?」

「これからお前のデッキはもっともっと強くなる!」

「で、ですから私は一緒に対戦してくれる方が……」

「俺とやればいい!」

「え? えええ!?」


 耳まで真っ赤になったリーゼッテが驚愕? 困惑? とにかく焦った表情を浮かべている。


「さっきも言ったけど俺はお前のことがめちゃくちゃ気に入ったんだ!」

「な! ななな! き、気に入るって! 先程もですけど、わ、私あの……その!」


 一人だけで作り上げたのにリーゼッテのデッキは相当の完成度だった。

 俺はデュエル&ドラゴンズが強いプレイヤーとは全員仲良くしたいと思っている。

 強いプレイヤー仲間と友達になれば対戦相手にも困らないしな


「だからこれからは俺と一緒にデュエルしようぜ」

「そそそそ、そんないきなり出会った殿方にそ、そそそそんなこと言われましても!!」


 ん? なんでデュエルしようぜって誘っただけでそんなに赤くなってるんだ?

 すでに一度一緒に遊んでいるのに。おかしな子だな。


「わ、わわわ私用事を思い出しましたわ! ししし、失礼しますわ! デュランス! ソニア! ま、また来週来ますわ!」

「は、はい。しょ、食材ありがとうございました」


 何者をも寄せ付けないような態度のリーゼッテにデュランスはたじろぐ。

 リーゼッテは背を向けて馬車に向かって走り出した。

 なんだなんだ。なんでこんなに焦ってるんだ? もしかして重要な用事でもあったのか?


「しまった……!」


 思わず声を漏らしてしまった。

 年相応な女の子に見えるがリーゼッテは聖女だ。

 当然彼女は公務に追われた日々を過ごしているはずだ。

 いわば分刻み、秒刻みのスケジュールでもおかしくない。

 そんな彼女のスケジュールを止めてしまったのだ俺は!

 だとすると、だとするとデュエルに熱中させた俺に大きな責任がある!


「なあリーゼッテ!」

「ひゃ、ひゃい!?」


 馬車に向かって走るリーゼッテの背中に俺は声をかける。


「俺、責任取るよ!」

「!!!!!!!!!!!!!!!!?????????????」


 リーゼッテはまるで金縛りにあったように全身を硬直させた。

 そんな彼女の背中に俺は話を続ける。


「なあリーゼッテ。お前がそんなに慌てているのは俺のせいだよな? 俺が…そうさせてしまったんだよな?」

「いいいい、いえ、まあそうですけどそうじゃないといいますか。厳密にはまあ……そそそ、そうかもしれませんわね」

「俺、いつでも責任取るからさ。全部俺のせいにしてもらってかまわないから」

「旦那すげー。旦那マジ半端ねー。流石レベル20ファイター」


 口をポカンと開けながらこちらを見つめるデュランス。

 そりゃそうだろ。お前らの所で足止め食らって公務が間に合いませんでしたってなったら迷惑かけちゃうからな。

 これは俺とリーゼッテの決闘者としての問題だ。どう考えてもこれレベルも職業も関係ねえぞ。


「アアア、アイザック様? 私……あの、心の準備とかそういうの、全然できない系聖女? みたいでして?」

「心の準備?」


 ん?どういうことだ……? 今の会話の流れで心の準備なんて単語が必要だったか?

 あ、もしかして一緒にデュエル&ドラゴンズを遊ぶのに緊張しているってことか?

 ああそうか! そういうことか! 俺は配慮の無さを痛感した

 彼女は仮にも国を代表する超VIP。俺みたいな冒険者崩れと何度も一緒にいる所を見られては悪いイメージを持たれる。そんな懸念もあるのだろう。

 そりゃそうだよな。ただ一緒にカードゲームするだけでも大変な障害があるんだよな。そこを配慮しないとな。


「え、ええ。わ、私、やっぱり緊張というか驚きというかちょっとそういうので……」

「ああ。それなら心配することはない」


 彼女にも立場がある。

 聖女が酒場や公園といった公衆の面前でカードゲームに興じるのもバツが悪いのだろう。


「し、心配ないとはどういうことですの?」

「俺の部屋にこいよ。そこなら誰もいないからさ。火吹酒と魔法使い亭のニ十一号室に住んでるんだ俺」

「!!!!!!!!!!??????????????」

「旦那すげえよあんた。火だるまになって異形ぶっ刺した時よりすげーよ。今ここにハザン教の幹部がいたらマジに火あぶりにされてはりつけになってますよ」


 デュランスは何言ってるんだ? 部屋で一緒にカードゲームしたらなんで火あぶりに処されなきゃいけないんだよ。こええよ!


「え? だって人目が気になるんだろ? 俺の部屋ならそういうの気にしないで楽しめるじゃん」

「旦那!?」

「あ、あわわわわわわわ!!!!!」


 何故か真っ赤を通り越して熟れすぎたトマトのような顔になったリーゼッテはアワアワ言いながら馬車に乗り込むと


「だ、出して! 出してください! 早く!」


 御者に出発を申し立てる。

 リーゼッテに急かされた御者が慌てて鞭を入れると二頭の白馬が甲高い声でいななく。

 すぐに車輪が周りだし馬車は猛スピードに達した。


「リーゼッテーーー! 俺は待ってるからなー! いつでも気軽に来いよーー!」


 走り去る馬車に向かって俺は声を飛ばす。

 車内のリーゼッテは俺の声に反応したのか背筋を急にピンと伸ばして天井に頭をぶつけていた。痛そうだ……

 なのにリーゼッテは頭ではなく頬を抑えていた。なんでだ?


「間に合うといいな……リーゼッテのやつ」

「間に合わないのはあんたですよ旦那」


 場所を遠目にしみじみとしていた俺にデュランスが何かチクリとした態度で突っかかってきた。

 え? なんで? 


「俺? 別にこのあと用事も何もないけど?」

「本当鈍感ですね旦那って!」


 デュランスが人差し指と前髪で俺を指してくる

 やだ何この人怖い……めちゃくちゃ睨んでくるし……というか鈍感? 鈍感ってなんだよ!!


「はあああああああああ!? お前にだけは言われたくねえわこの鈍感クレリック!」

「はあああああああああ!? レベルと一緒に繊細さも吸われたんじゃないんですか旦那あ!? 鈍感ファイター!」


 なんなんだこの鈍感野郎! 俺のこと鈍感ファイターって言いやがった! よりによってデュランスから!

 この後俺とデュランスのどちらが鈍感マンかの議論は飯の最中も食後のデザートの最中も続き

 遺憾ながら議論に決着はつかないまま孤児院を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る