第139話  緑魔石の使い手

〈ええーと……リゲルさん?〉


 美少女に変身してダールドスを打ち倒したリゲルに、メアが困惑しつつも近寄った。


〈色々とアレすぎてついていけてないけど……リゲルさん……でいいんだよね?〉


 リゲルは笑顔で振り返った。

 はにかむ表情、少しポーズを決めて片目を瞑り、華やかな旋律で。


「そうだよ~。わたし、リゲル☆ 歳は十七歳! 都市ギエルダで英雄と呼ばれて人気絶頂! 得意技は魔石を使った戦術で、どんな魔物も悪党もこらしめちゃうゾ☆ ……という感じの女の子だよ」

「「うわあああああ……」」


 その場にいた、メア、マルコ、テレジア、ミーナの面々が愕然としていた。

 それぞれ頭を抱えたり地面に手を突っ伏していたり、天に向かって吠えていく。


 ――いや、まあ。うん。

 リゲルも皆の心境を判っているので苦笑いを浮かべる。


「素直な反応、ありがとう。というわけで、僕はこれで女の子になりました。これからも、色々とあるだろうと思うけど、皆よろしくね?」


 その場の全員からうめき声が漏れた。テレジアがまず呆然として呟く。


「リゲルさん……悪ノリ……」


 メアがまず驚愕して騒ぎ立て始めた。


〈ボクっ娘! ボクっ娘だよみんな! これほそ人類が生み出した叡智の一つ! 姿は女の子らしいのに言葉だけは男の子っぽい! 可憐な姿で『ボク、僕、ぼく』とか言っちゃうギャップ! まさに神が与えた奇跡の一つだよ! 可愛い姿とボイスから奏でられる、『ボク』という響き! それはもう、人類の脳を破壊する魅惑的な女神に他ならない!〉


 テレジアが、メアのことを戦慄した目で見つめる。


「あの……メア? なに言っているの? あなた以前にも、確か同じように興奮してマニアックで意味不明なこと言っていたような気がするけれど……」


 正確には意味不明な言動をリゲルさんから聞いたのかしら……? 


 とテレジアは頭に手を添えて、「うーんうーん」と唸りだした。

 マルコが愕然としつつも頑張って笑顔を浮かべようとする。


「あ、はは……うそですよねリゲルさん……えっと、リゲル……ちゃん? と、ともかく、僕たちの知るリゲルさんでいいんですよね? 色々とついていけなくて頭がどうにかなりそうですが……魔石は、こんなことも出来る凄い石ということでいいんですよね?」


 他が興奮したり愕然としているのに比べれば、まだマルコは冷静でいるようだった。

 しきりに「服装がスカートに変わってる」「あれどうなっているんだろう?」、と不思議そうな声を出しては素直に驚いている。


「ぶはっ」


 ギルド騎士であり、この都市に来る途中で一同に加わった少女、ミーナが全身を震わせて戦慄いている。


「とら、とら、TS!? 巷で噂になっているというあれ!? まさか……実在したというの!? たしかに、魔術も魔石も幅広いからそういうことは出来るらしいけれど……でも知識としてはともかく! 実践してしまうなんて……す、素晴らしい! 尊い! ――じゃなかった、凄いですね! リゲルさん……リゲルちゃん!」

「あの、ミーナ? あなたさっきから、なんだか鼻血が出ているわよ?」


 テレジアが顔を引きつらせながら指摘すると、口元を歪ませて引きだした。


「いいいええええ!? 私、何も変ではないですとも!」


 ミーナはハッとして慌てて腕を振った。


「リゲルちゃんの、あまりの可愛さに興奮して歓喜して性癖が出かけているなんてありませんとも! 仲間内では真面目なギルド騎士、しかし私、実態は格好いい男装女子とか、性別転換しか男子しか大好物な変態淑女ではありませんとも! ……私はいたって平常です……ああ、可愛いなあリゲルちゃん……リゲルちゃん……ふへへ」

「いいから鼻血、拭きなさいよ」


 テレジアが有無を言わさずハンカチを取り出してミーナの鼻を拭いてあげた。


 ミーナはそうしている間も、「とうとい……」などとゆらゆら揺れながら天に昇ったような表情である。

 リゲルは回りを見渡して言った。


「うん、皆の衝撃もあらたか終わったみたいだね。それじゃあ本題といこうか」

「待ってリゲルさん。メアとミーナがまだ平常じゃないわ。このまま続けるの?」


 メアが、

〈そもそもボクっ娘とはね、普段とのギャップが重要なんだよ! あどけなさや貴公子然を前面に押し出しながらも、ふとした瞬間に弱い面を見せるのが素晴らしい! 男の子っぽさの強さ! 女の子らしさの儚さ……っ! それらが見事に調和し、融合し、降臨している魅惑性! これは、ますますリゲルさんの人気が鰻登りだね! 間違いないよ! 帰ったらミュリーにも教えてあげないと!〉


 空中で浮かびながら楽しそうに大興奮していた。


 ミーナはミーナで顔を真っ赤に染めて、手を頬に添えていやんいやんと恥ずかしそうに動き回っている。

 テレジアはもう色々とアレな光景を白い目で見守っていた。


 思わずリゲルに視線を移す。


「リゲルさん、話が進まないから、もう始めてもいいと思うわ」

「うん、そうだね」


 リゲルはトリップし続けるメアとミーナをよそに、意識を切り替えた。

 その視線は先程から地面に横たわっている男性へと向けられる。


「というわけだ、ダールドス。無駄に放置してごめんね。でも僕たちの仲間は強者だ。強者というのは色々な面も持っているから、許してほしい」


 地面に横たわっているダールドスは、呆れとも苦笑ともつかない表情を浮かべながら言った。


「……俺は痛感している。俺は、あらゆる意味で関わってはならない連中に手を出したということをな」

「そう。それはなにより。次からは相手は選んで喧嘩をふっかけることだ」

「……そのようだな」


 ダールドスが自由の効かない両手両足を眺めつつ言う。

 先程の激戦の後、リゲルによって《チェインスネーク》、《バインドワーム》などを使われた彼は、魔術も何も出来ない拘束状態にある。


 力づくでは絶対に外れない鋼鉄以上の硬度の鎖。それに捕縛され、ダールドスはかすれた笑いを浮かべていた。


「さてダールドス」


 リゲルはそんな彼に向かって目を合わせる。


「君は僕たちに対して敵対行動を取った。そのことで聞きたいことがいくつかある。――『緑魔石』の特徴を教えてもらおう。出来れば利点や欠点も込みで話してくれるとありがたい」


 ダールドスは鼻で笑った。


「くく、話すと思うのか? 敗北した相手が素直に口を割るとでも? 可愛い顔になって頭がお花畑になったか? 戯言はほどほどにしろよ、英雄」


 リゲルの表情は平坦なままだ。


「ダールドス。僕はお願いをしているんじゃない。命令をしているんだ。君がこの都市、ヒルデリースで悪事を働き、法のもとで裁かれる行動を起こしてきたことは判っている。君は検挙されれば間違いなく重罪だ。この先、僕に言う言葉は衛兵やギルド騎士に対してのものと、同義だと思ってほしい」


 その頃になると、メアやミーナも視線をダールドスに移し、全員がダールドスの一挙手一投足を監視するかのように注視していた。


「ダールドス。僕が望むのは一つだ。――情報を開示しろ。この都市ヒルデリースに広がる『緑魔石』の騒動を終息させる――そのためには君の情報が最も手早い。つまらない意地や強がりはやめて、協力してもらおう」

「ははは! はははははははははははっ!」


 ダールドスは不自由な身で大きな高笑いを上げた。


「ははは! これはお笑い草だなリゲル! お前、まさかこれで勝ったとか思っているのか? ――『金』の力を授かった俺が! ダールドスが! まさか自分が単騎で負けた程度で終わるような、無策な人間だとでも?」


 瞬間、リゲルが表情を引き締めて叫んだ。


「――っ! メア、テレジア、マルコ、ミーナ、警戒態勢! 防衛陣を! 周囲の――」


 

「その行動は、もう遅いな」


 

 頭上から、冷然とした声がした。太陽が遮られる。陽光が遮断される。空気を引き裂くように降り注ぐのは巨大な柱。

 重く、太く、見る者を慄然とさせる、強固で頑強なる柱。城の尖塔にも似た、膨大な質量の塊が、リゲルたちへと殺到する。


〈あ、あれは――〉

「まずいですリゲルさん撤退を」

「――砕き散らせ《ヘルハウンド》! 《ブラックドッグ》! 《ヘルバイト》!」


 リゲルの放った魔石から、複数の牙爪を持つ魔物の力が開放される。瞬速で奏でられる破壊の嵐。空を切り裂く猛撃が、降り注ぐ尖塔を打ち、砕き、空中で四散させる。

 粉塵と、破砕音の振りまく中、リゲルが問いを投げつける。


「……誰だ?」



「――『緑魔石』の使い手。『家』の力を授かりし者。ロッソ」

「――同じく『緑魔石』の使い手。『食』の力を授かりし者、トータ」


 

 爆音が背後から迫る。リゲルが気配だけで察知しその場から跳躍する。

 振り下ろされる剣、斧、槍の刃をバスラで受け流しつつ、側転して距離を取った。


「――緑魔石の使い手! それも一度に二人!」


 メアが隣で慄然とする。


〈この距離で気づけなかったなんて!〉


 尖塔をいくつも空中に生み出し、大地に突き立てながら陰気な雰囲気の男性。――ロッソが両手を広げる。


「『緑魔石』はじつに優秀だ。城塞のごとき強固な建物を生み出せる物もあれば、奇襲性に富む物もある」


 抑揚に欠いた声だ。

 淀みはあるが生気に乏しい。生きていて何かを置き忘れたような声音。地獄から這い上がってきたというべき、人間性の欠ける男だ。

 さらに、その隣。粉塵の陰。

 砕かれた尖塔の陰から、街人が、宿の店員が、奇術師が、酒場の娘が、現れる。


 その後ろから初老の男性が、老婆が、小さな子供が、血走った目の犬が――うめき声を上げて次々と現れる。

 いずれも目が正気でなく唸り声。手に武具を持ち、今にも吠えながら飛びかかりかねない戦意を見せつけ、歩み寄ってくる。


 手に緑に輝く石を携えながら、大人しそうな少年がゆっくりと歩いてくる。


「『食』の力を持つ緑魔石は、じつに多彩な効能を持つ食事を生み出せます」


 トータ。かつて幼馴染の少女ラナと共にこの都市で困窮していた少年が――不敵な笑みを浮かべていく。


「『筋力増強』の効能を与え、『戦意増強』の効能を与え、『理性を飛ばし、戦闘の鬼と化す』効能を持った食事――それらも生み出すことが出来ます」


 墓場の腐食鬼グールのように、呻き声のみを上げる人々。

 ずるり、ずるりとリゲルたちを包囲する街人の光景。


「『食』、は三大欲求の中でも生命の活動に直結するものです。ゆえにそれを司る僕の緑魔石は、人々や獣に逆らい難い食欲を生じさせることも出来る」


 悠然と、前に出て講釈を垂れるトータ。

 その瞳には良心の呵責は感じられない。

 幾多の『緑魔石』の乱用――強い魔力の副作用により、人間性を著しく減じた姿だけがある。


「美味しそうに食事した後、便利な戦士へど変貌した彼らは、じつに有益でした。このように、命令を受け付ける尖兵として有効」


 見れば、視界の端、倒れているギルド騎士、衛兵の姿が何人も見えた。


 この都市ヒルデリースに存在した、防衛のための人々。

 それが、同じ都市の人々に襲われ、敗北したことを思わせる光景。

 理性なき戦士と化した人にやられた痕の他にも、巨大な質量に押しつぶされた者もいる。


 大質量の建物を生み出し、押し潰す『家』の緑魔石使い――ロッソ。

 食欲を刺激し、人を理性なき戦士へと変える『食』の緑魔石使い――トータ。


 共にこの都市で緑魔石に魅入られ、果てのない暴走に加担する者たち。


「……この状況は」


 リゲルは、嫌な予感をひしひしと実感しながらも、警戒態勢を続ける。


「嵌められた、ということかな」

「――ふふ、はは、ははははっ!」 


 ダールドスが高笑いをした後に叫んだ。


「そうだ! 英雄リゲル! ――俺、ダールドスは凄まじい味方を手に入れた。――すなわち、『家』の緑魔石使いロッソ! 『食』の緑魔石使いトータと、『同盟』を結んだことでなァ!」


 緑魔石保有者での同盟。

 考えられない事態ではなかった。

 しかしその可能性は低いと見ていた。かつて青魔石事変のとき、青魔石の使い手は共闘はしていなかった。

 緑魔石はその上を行く。

 より破滅的に、崩壊へのカウントを進める脅威を秘めていた。


「みんな、一度下がって!」


 尖塔が、虚空より重々しい物体が、空中に生まれて、リゲルたちに襲いかかる。

 それをリゲルは《トリックラビット》で皆ごと回避させる。

 バスラで援護、さらに続く尖塔の猛撃をわずかにでも逸らす。


 ダールドスが高笑いを上げる。


「無駄だ! 来たるべきこのヒルデリースを正常化しようとする奴らを阻害する切り札! 俺たちの最高なる手段! 手を組んだ我々に、貴様が勝てる道理はない!」


 理性なき戦士と化した人々が、獣がリゲルたちに襲いかかる。

 それをマルコがシールドで防ぐ。

 テレジアが防護魔術で周囲に障壁を張り、メアが六宝剣で牽制する。ミーナが《共鳴》魔術で自身の剣を操り、それぞれの援護に回る。

 両手に大量の魔石を用意しつつも、油断なくリゲルは問いかける。


「なぜ、そのようなことを? 君たちは競争関係にあると思っていたけど」

『決まっている。――『僕』が、『私』が、『俺』が、この都市の王になるためだ!』


 ロッソと、トータと、ダールドスは、揃って歪んだ魔力をまといつつ、答えた。


 爆裂する地面。尖塔が次々と降り注ぐ。理性なき戦士たちが咆哮する。

 粉塵と、絶叫と、爆発音が周囲に溢れた。猛烈な魔力が渦を巻きただそこにいるだけで、猛烈な殺気と悪意が可視化して亡者の怨念のごとき昏い空間を構成していく。


 ロッソとトータが血走った目つきを見せつけ、吠え猛る。


「私は」「僕たちは!」「この都市の王となる」「そのためには」「この都市を正常化しようとするお前は!」「邪魔なんだ!」「消え失せろ英雄リゲル!」「私が」「僕たちが」「お前たちを滅ぼしてくれようっ!」


 猛烈な勢いと共に、尖塔が大地へと突き刺さる。理性なき戦士と獣が殺到する。

 爆裂する地面。響く振動。もはや周囲一体は災害にでも遭ったかのような有様。

 大地は裂け、建物は砕け、崩壊した街路樹や噴水の残骸が瓦礫に埋もれる。


 リゲルは、メアは、テレジアは、マルコは、ミーナは――迫りくる緑魔石使いの猛撃に、真っ向から立ち向かっていった。

 ――狂える緑魔石の使い手との戦いは終わらない。

 人に力を与え、善人も悪人も破壊者に変える緑魔石。

 尖塔が空を裂き降り注ぐ。理性なき戦士が雄叫びを上げる。リゲルたちはもう何度としれない激戦へと、身を投じていく――。

 

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