第138話  激闘の、二人の魔石使い

 ――自分にとって、最大の敵とはいかなるものか。


 ダールドスの『緑魔石』により、無尽蔵にも等しい魔石の力。

 これまで数多の強敵を倒してきた自分の鏡とも言える光景を目の当たりしながら、リゲルは脳裏で思う。


 ――油断?

 ――慢心?

 ――それとも不調?


 どれでもない。どれも正解とも言える。

 つまりは自分自身に根ざすもの。己の力を百パーセント発揮できない状況こそ最大の敵――脅威と言える。


 では翻って、今の状況はどうか。

 『緑魔石』。

 相手は金を無限に生み出す力の持ち主。今までリゲルが使ってきた魔石を無尽蔵に使うという戦術――それをそっくりそのまま使える相手。


 かつてない相手だ。間違いなく強敵。

 けれど、リゲルは疑わない。

 自分の力を疑わない。

 なぜなら培ってきたものがあるから。たとえ自分の鏡のような存在が相手だとしても、負けることはない――負けられないと、思っていた。



†   †



「はははははは! そら、避けてみろよ!」


 蛮声と共にダールドスが魔石を放り投げる。

 数多の魔石が光を発する。破壊のための力を行使する。

 巨大なる蜘蛛が、蟻が、飛竜が、巨人が、獣人が、魔獣の群れが、なだれ込む。


 あたかも津波の如く。武器を、あるいは巨体をもって押し寄せる光景はおぞましい。

 リゲルは背後に跳び魔石を投擲――《ゴブリン》、《ワイバーン》、《ガーゴイル》、《ウェアウルフ》――そえぞれの魔石を五つずつ投擲した。


 咆哮と、咆哮が、ぶつかり合う。

 人ならざる獣や魔物たちが凌ぎを削り合い、命を容易く屠る牙が、爪が、激しくぶつかり合った。

 ダールドスの《アクトスパイダー》が、リゲルの《ガーゴイル》の体を串刺しにする。

 数瞬してさらにダールドスの《アイアンゴーレム》が、リゲルの《ゴブリン》を捕食し、さらなるダールドスの《ベノムアント》が、リゲルの《ウェアウルフ》の喉元へ食らいつく。


 劣勢。

 おそらくはリゲルが魔石を使う戦術を使用してから、初めて明確にその言葉が脳裏に浮かぶ光景。


「同じ能力持ちとの戦いはどうだ?」


 ダールドスは嗜虐性に溢れた笑みで喜々として笑う。


「お前の噂は聞いている! 遠い都市ギエルダで英雄に至った、若き新星。優れた特権探索者ってな!」


 リゲルは無言で新たな魔石を投擲しつつ距離を取る。


 豪炎を振りまく《フレイムゴーレム》が、《フロストエルフ》が、炎と氷風を振りまくがダールドスの《ワイバーン》の尾の一薙ぎで一蹴される。


「――リゲル、お前の戦術は研究し尽くした。この金を生む『緑魔石』を得た後、俺が思ったのは『いかにして使い方を熟知するか』だった」


 ダールドスの《ワイバーン》がリゲルの《ウェアウルフ》の体を噛み砕く。

 その尾で、残るウェアウルフを吹き飛ばす。

 激震が周囲に及び、衝撃波が建物を揺らす。破片が周囲の人間を襲う。メアが浮遊術で防ぎ、マルコやテレジア、ミーナが盾や防護魔術を使って後退していく。


「リゲル。その点、お前は優秀な『お手本』だった。何せ未曾有の『青魔石事変』を解決した立役者。お前より『魔石使い』として、優秀な人間はいない。――過去にも、魔石を用いた探索者はいたらしいが……お前はその中でも最上位だ」

「……お褒めに預かり光栄だ」


 リゲルは苦々しい口調で返す。

 ダールドスの攻撃に隙はない。

 一見、小物じみた雰囲気を持つ彼だが何らかの研究があるのか、それとも研究とやらのおかげか、付け入られるだけの隙はない。

 リゲルが《フレイムウルフ》の魔石を放てばすぐさまダールドスの《コールドウルフ》の魔石によって相殺し、さらに《キラーバット》の魔石を投じてもダールドスは《レイスソード》の魔石を使い、蝙蝠型の魔物を切り刻ませてくる。


 ――強い。

 少なくとも以前戦った『青魔石使い』の面々――ユリューナたちよりも理詰めで攻める分、厄介だ。


「リゲル、お前の戦術は単純明快だ。―― 一つ。数で押す。膨大な同種類の魔石を用いて相手を圧倒する。『青魔石事変』におけるリットが代表例か? ――あの戦闘の折、お前は《ケルピー改》の青魔石を使う彼に対し、お前はひたすら《ゴブリン》や《キラーモス》、《アクトスパイダー》などの魔石を乱発した。そしてリットを動揺させ、高ランクの魔石で仕留めた」


 リゲルが思わず目を見開く。

 ――知られている。本当に研究をしたというのは嘘ではなかったか。

 《マタンゴ》の魔石を二十個投擲。

 しかしすぐさまダールドスが《フレイムリザード》で迎撃してくる。


「下級・中級の探索者や魔物に有用だな。数が多い魔物に対し、大抵の人間は恐怖を覚える。――相手の戦意をくじき、隙を作ることで圧倒する――お前の基本戦術の一つだ」


 リゲルが転移短剣バスラを投擲する。同時に走る。ダールドスのほぼ目前にまで疾走。《ゴブリン》の魔石を投擲。

 ダールドスが《ゴーレム》でバスラを弾いた直後、死角から《レイスソード》の魔石で不意打ちを狙う。


 だが、ダールドスは動きが読めているかのように《エルダーリザードマン》の剣撃で防御する。


「……っ、駄目か」


「当然だ。その攻撃、何回脳裏で描いたと思っている」


 ダールドスはせせら笑った。


「そして数に物を言わせることが出来ないとき、お前は相手への最適解の戦法に切り替える。――代表例としては青魔石事変のとき、マルコが《パラセンチピード改》の青魔石を使い、戦ったときだ。――あの戦闘のとき、お前は《ハイエンプーサ》でマルコの想い人――テレジアの幻影を作り出し、打倒した。これは、相手の全力を削ぐ戦術に切り替えたことを意味する」

「っ!」


 あの戦いで死闘を見ていたものはいなかった。

 少なくとも目視出来る範囲でリゲルが認識出来る地域にはいなかった。

 ――あの場にいたギルド騎士から漏れたか。もしくは知らない手段で遠目から見られていたか。


「その他の強敵も、まあ大体同じ方法だな。――青魔石事変の首謀者であるユリューナ。炭鉱町ビエンナでの《ジェノサイドワイバーン改》の青魔石の使い手ベリッド。――こいつらに対しても、お前は観察眼を駆使し、最適な方法で下してきた。――だが!」


 ダールドスの魔石投擲の勢いが増す。

 《アクトスパイダー》、《ベノムアント》、《ワイバーン》、《アイアンゴーレム》。さらに《アイスオウル》、《アイスアーミー》、《フロストブレイド》の魔石を行使し、あたりに冷気を形成。極寒の、冷たく凍える風が振りまかれる戦場。

 リゲルの動きが鈍る。すぐに《フレイムドッグ》の魔石を投擲。冷気と拮抗。さらに《フレイムアーマー》、《ファイアスライム》も投擲。冷気が弱まる。束の間の安寧が来る。

 しかし ダールドスが笑いながら《コボルドソルジャー》の魔石を十六個解き放った。

 迫りくる剣や斧の勢いは凄まじい。

 当たれば重症は間違いないだろう。

 リゲルは《ゴブリンソルジャー》、《ゴブリンナイト》の魔石を十八個放り、即席の壁として機能させる。ダールドスは吠え猛る。


「どれもこれも、見破ってしまえば対処は容易い! 無尽蔵とも思えるお前の魔石だが、大別すれば戦術は二つ! ――数でゴリ押しか特攻戦法! ――研究すればそれらを破ることは可能だ。何せ俺も、『そちら側』の人間だからな。人間観察と猜疑心。それで俺の半生は進んでいた。お前の研究は、まあ骨は折れたが不可能というほどでもない!」

「青魔石事変のことは、箝口令が敷かれていたはずだけど。その割には随分と情報通だね?」


 リゲルの反論に、ダールドスは皮肉げに笑った。


「何を言っている? 人の口に戸は立てられない。――金だ。金だよリゲル。目も眩むような大金を見せれば、大抵の情報屋は色々と教えてくれるさ」

「……そうかい」


 リゲルとて金に困った時期はあった。緑魔石でダールドスに大金を見せびらかされれば、なびく者は多かったろう。

 そしてリゲルに不利益になると知りつつも、情報を与えた者もいたはずだ。


「こんな火事場泥棒のような奴に協力するなんて、世も末だ。」


 リゲルが《ゴーレム》の魔石二十八個を投擲する。

 ダールドスの攻撃が激しくなる。

 《ホブゴブリン》、《ブラックドッグ》、《コボルドウォーリア》、《エルダーリザードマン》――鋭き刃や牙を持つ魔物がリゲルの前に迫り、あわや顔すれすれのところまで刃が届く。

 リゲルは横に、後ろに、宙返りし、側転や前転で回避。ときに《ハーピー》などの魔石で風を起こし全ての猛攻をしのぎ切る。

 しかし。


「――っ!?」


 がくんっ、と、リゲルの右足が地面に縫い付けられた。

 まるで重油をこぼしたかのような黒いものがある。粘り気のある液体状の何かが、地面に湧き出ていた。


 ――これは! 妨害用の!


「《ダーススライム》だ。西方の第六迷宮水殿に出現する魔物を知っているか? 影に擬態し捕らえた獲物を逃さない――『足止め』の手段として有用な魔物だ」

「――仕方ない、バスラっ!」


 言い終わる前に、リゲルが足元へ転移短剣を放り放ち爆散させる。

 いかに粘性の高いスライムとて、バスラの攻撃力には耐えられない。

 通常、一定以上のスライムは耐刃、対打撃能力が強いがそれすらバスらは上回る。


 だが、それで終わりではない。ダールドスはしたり顔で表情を歪める。


「足が――止まったな?」

「くっ」


 ダールドスが、薄気味悪い笑みと共にすぐ目前にまで迫った。彼が長剣を振るう。装飾のされた剣だ。リゲルが目測。業物だ、かなりの名剣。

 金に物を言わせて買ったか。煌めく刃がリゲルの顔面に迫り、紙一重で前髪数本を犠牲にかわす。

 それで攻め手を緩めるダールドスではない。


「ぶちかませ、《カーズヘルム》、《カーズブレイド》、《カーズジェネラル》ゥゥゥゥゥッ!」


 呪い属性を持った魔物三種類十九個の魔石。

 それが、一斉に放たれた。リゲルは即座にバスラで打ち砕く。だが半数だ。残る九個はくまともにらった。

 呪いが発動する。リゲルの視界が暗くなる、動悸が激しくなる。動きが散漫になる。


「ぎゃあああああ! ――はははははははっ!」


 ダールドスは興奮のあまり、天を仰ぎ甲高く笑いを上げる。


「そうだ! そうだ! リゲル、お前の戦術はじつに理に適っている! ――お前が行った戦術は、『お前を倒す』ことにも有用ということだ。――俺は知った。お前のほぼ全ての戦いを。そして研究した。お前がどんな意図を持って魔石を使ってきたのか。――そして理解した。お前は数で圧倒する――あるいは相手に合わせる過程で、必ず『足止め』する方法を交える。直接・間接的は様々だが、ユリューナの例がいい見本だろう。あのとき、お前は相手の戦術を看破し、戦意を削いだ――そこからの猛攻は圧倒的だと聞いた。――つまり!」


 リゲルの足元に、次々と《ダーススライム》が出現する。

 伏兵だ。ダールドスは会話の愛dあにも密かに魔石を放っていた。

 そして今、それを発動。リゲルの手に、足に、胴に、次々とダーススライムの魔手が伸びる。


 そのいくつかはバスラで斬り払う。

 しかし全ては無理だ。数本は絡みついてくる。動きが鈍る。それでもリゲルは《フレイムオウル》の魔石でスライムの魔手を焼き切る。熱気がリゲルの顔を炙る。

 火傷した傷を、《ヒールトーテム》で癒やす。しかし即座に地面から新たな《ダーススライム》が現れ、触手をまとわりつかせ、動きを阻害せんと襲い来る。


「……っ! 飛翔せよ、《ハーピー》っ!」


 風の魔石で回避し、続くダールドスの《マンティコア》の魔石の噛み砕きも跳躍、疾走。

 ときには側転でかわすリゲルを見て、ダールドスはせせら笑う。


「さすがは英雄! 特権探索者だ! だがいつまで持つかな? お前の戦術は戦闘のお手本だ。およそ考えうる探索者の対抗手段と言って良いだろう。だがそれゆえにお前を仕留めるには最適! 『リゲルを倒せるのはリゲルしかいない』――この俺、ダールドスが、証明する! 魔石使いと魔石使い――お前を破れるのは、この俺だけということをな!」


 ダールドスは哄笑する。

 《シャドーエイプ》、《ヘルジャッカル》、《ダウンシックル》、《ドライアド》の魔石で追撃する。


 研究した。緑魔石を得てから、この力を最大限に利用できる手段を模索した。そして遠い地で活躍する英雄の存在を知った。

 リゲルは優秀だった。不可能・絶体絶命・無謀とも言える死地に何度も足を踏み入れその度に勝利する。

 その話を聞き――ダールドスは震えた。


 このような探索者がいたのか。素晴らしい、素晴らしい!

 だからこそ、尊敬した。

 そして模倣した。

 研究し、専門家を雇い、戦術の意味を知り、理解に励んだ。

 それは並大抵の作業ではない。金はあっても理解力は別のもの。だからダールドスは奮戦し続けた。


 リゲルを理解するために。

 リゲルを、模倣するために。

 リゲルを――超えるために。


 ダールドスにとって、強くなることは至上命題だった。

 力を維持するには力がいる。それにはただ『金』があるだけでは足りない。

 だから万能に限りなく近い存在こそがリゲル理想だった。彼に追いつき追い越せ――その思いで鍛錬した。

 いま、ヒルデリースを席巻するマーベンを下したリゲル――彼すらも超えられるとしたら、自分しかいない!


「ははは! はははは!」


 夢が広がる。

 リゲルを潰せば、自分は――どんな相手よりも、それっこそ神が相手でも、勝てるのではないか?

 そう思えた。それほどの猛者だった。

 ――全ては、リゲルを超えるために。自分を、さらなる高みへ至らせるために。

 ダールドスは高揚し、勝利を確信した。


「ははははは! はーははははははっはっは!」


 リゲルが《ダーススライム》の魔手をバスラで切り裂く。《ヒートウルフ》の息吹で焼き払う。


 だが? それで? それは見た。知っているぞ。

 リゲル、それは散々研究した。その手はもう知り尽くしている。ほら、劣勢になったら左後方に飛ぶ癖があるな。

 情報通りに、一旦仕切り直しにバスラを投擲する癖も把握済み。

 反撃の糸口に使うのは、大抵が《ゴブリン》や《ガーゴイル》か?

 数の利か頑強さを売りにした魔物を大量に配置させるのがお前の癖だ。

 全て調べたぞ。

 全て研究したぞ。

 ――だから、お前はもう終わりだ。


 リゲル。リゲル。今日がお前の命日だ、――リゲルゥゥゥッ!


「――あっはっはっははは! リゲル! お前は、自分には勝てない! 数々の戦いを研究した俺はいわばお前の特攻戦術! その塊! ――リゲル! お前は今日、冥府に劣る。これからは、俺がお前の名声を継いでやるよぉ! ――『魔石使い』という称号をな! この俺が! ダールドスが! お前から奪い去ってやる――」


 とどめとばかりに、ダールドスが最大戦力である《タイラントワーム》をけしかけて――。


 

「――それは無理だ、ダールドス。なぜなら僕に勝つことが出来るのは、僕だけだから」


 

 ダールドスの耳元に、可憐な声がした。

 甘く、柔らかく、とろけるような弾む声。凛麗としつつも、華やかなを備えた――耳に響く、心地よい声が、戦場に広がる。


「……なんだ?」


 ダールドスは困惑した。

 何だこれは。どうしたことだ、これは。

 何が。何が起きてる? どうしてだ。なぜ、なぜ、なぜ。

 それは、あり得ない光景だった。今、振り返ったリゲルの目の前には――。


 

 銀色に紅い瞳をした、絶世の美少女が立っているのだから。



「誰だ、貴様は。一体何者――――あぐあっ!?」


 ダールドスは。

 いきなり、真正面から殴られた。振りかぶられた拳が、まるで遠慮のない勢いで、愉悦に歪んでいたダールドスの鼻っ面に叩き込まれる。


 鼻血が出た。骨が軋む感触がした。視界が暗転しかける。困惑が頂点に登る。

 なんだ?

 なんだ?

 なんだ? 

 俺は一体――なにをされたのだ?


「自分で言っていただろう? ――『足止め』が要だと」


 可憐な声で、銀髪に紅い瞳に『誰か』は甘く声をさえずる。

 この世で最も美しい者は誰か。

 それを証明するように。悠然と。凛然と。絶世の美少女は蕩けるような声音でささやいていく。


「――一体、誰だ、貴様ぁっ!」


 ダールドスが、鼻血をボタボタとこぼしながら、吠えた。



「え? リゲルだけど?」


 

 瞬間。

 時が止まったかのように、その場の全ての者たちが絶句した。


「な……」


 戦闘していたダールドスも。傍目で様子を伺っていたメアやテレジアも。マルコも。ミーナも。そして、隙あれば攻撃を加えようとしていた他の緑魔石使いたちも。

 全ての者たちが、硬直し、動揺し、混乱していた。


「リゲ、ル? ――お前、まさか、女の子……だったのか?」


 ダールドスが、呆然とした様子であんぐりと口を開けている。

 メアも、手レジあたちも同様だ。


「うん。言わなかったっけ? 『あたし』、本当は女の子だよ?」


 ダールドスは、理解不能な出来事に思考が空白となった。そしてそれは、致命的な隙となって現れた。


「――なんてね。うそでーすっ」

「なん――ぐがっ!?」


 ボガッ――と。リゲル(美少女)が、思いっきりダールドスの鼻っ面を殴りつけた。今度は先の倍の威力。全力の、遠慮ない一撃――。


「ぐがっ、ぐがああああ――っ!」


 付与魔術すら込められた一撃がダールドスの鼻の骨を折る。

 ボタボタと滴る鼻血が止まらない。「ぐう……ぐああ」と、ダールドスが苦しげにうめき声を発していく。

 美少女となったリゲルが悠然と進みゆく。


「種明かしをしようか? ――僕はいま、《ファントムメイデン》と呼ばれる魔石で、『性別を女性に変えている』。つまりこの体は、紛れもない女ということだ。――胸は大きくなったし、男の証は今ないね。正真正銘、『女の子』だ。――どう? 見惚れるかい? 世界一可愛い女の子だろう? ねえ、ダールドスさん?」

「おま……えええええ!」


 リゲルは、なにか口走ろうとしたダールドスの頭を、ハイキックで思いっきり蹴りつけた。

 綺麗な半円状に描かれた蹴撃が、鋭い音と共にダールドスを吹き飛ばす。もちろん付与魔術付き。常人の数倍の脚力で以って放たれた、強烈な蹴りだ。


「ぐ……が……あ……」

「さて。美少女に殴られて、蹴られて手痛い傷を負った君には悪いけれど」


 リゲル(美少女)は、華やかな笑みを浮かべながら、艶めく銀色の髪をなびかせ、悠然とダールドスへと歩み寄る。


「時間もないから終わりにしよう」


 その手に魔石が乗っている。何度も使われた光景。けれど、致命的な光景。

 ダールドスは青ざめた。魔石だ、自分も魔石を使わないと! ――しかし、彼の手からは、魔石を入れていた魔道具が落ちていた。


「な……待て。待て、待て、待て――リゲ――」

「――顕現せよ、《タイラントワーム》。僕を模倣した者に、鉄槌を」

「待てぇぇぇぇぇぇえ―――――っ!」

「SYAAAAAAGYAAAAAAAAAッ!」


 大音声で、天を衝くかのような巨影が出現する。陽光が遮られ怖気を呼び覚ます巨体。大気を震わし大口を開けるは迷宮の覇者。

 万物を飲み込むと思わせる、根源的な恐怖を呼び覚ます魔物の王が咆哮する。


 ダールドスは、動けなかった。

 自分の取った戦術が、間違いではなかった。この瞬間まで確信していた。


 だがそれは間違ってはいないが、リゲルはそれを上回った。

 誰が、想像出来るだろう。

 戦闘中に、『自分を美少女に替える』などと。男としての何もかも捨て、美少女に変化し、劣勢を優勢に変えるなどと。


「く、そ……がああああああああっ!」


 ダールドスは、震える声音で殴りかかった。


「卑……怯な……女になるなんてぇ! てめえ――汚いぞ、リゲル――――――――――ゥゥゥゥゥウウウウウ――――ッ!」

「残念♪ 可愛いは正義だよ! ――なんちゃって。おやすみ、ダールドス♪」


 《タイラントワーム》の巨影が、ダールドスに伸し掛かった。地の果てまで届くような絶叫と、周囲一体に盛大な地響きが巻き起こり、激戦は――終わりを迎えた。




――――――――――――――――――――――――――

*あとがき*


 いつもお読み頂き、ありがとうございます。

 

 ……すみません、何かリゲルが女の子になってしまいました。

 構想段階ではまったくそんな話になると決めてなかったのですが、いざ本編を書いていると、いつの間にかリゲルが女の子になっていました。

 ……書いている当時、ガンダム水星の魔女や、リコリス・リコイルを見た後だったので、影響を受けていたのかも……。


 女の子主人公、そう言えば書いたことなかったですね。


 というわけで、何話かリゲルは美少女として活躍します。

 屋敷に帰ったらミュリーとか驚愕するかもしれませんが、もうしばらくこのままです。

 (あっさり元に戻るかもしれませんが)

 この作品、基本的には私が本筋を決めるのですが、細かいところはキャラが勝手に動いて、私でも思わぬ言動になったりするので、この先の展開は私にもわからないです。

 そんな本作ですが、いよいよ第四部も終盤。

 クライマックスに向けてリゲルの活躍が続きますので、楽しんで頂ければ幸いです。

 繰り返しになりますが、お読み頂き、ありがとうございました。

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