第136話  リゲルとマーベンの死闘

 ――悪魔化したマーベンとの一騎打ち。


 先手を取ったのはリゲルだった。

 散布した《ワイバーン》や《ヤクトワイバーン》、《アイアンドレイク》、《リザードマン》、《ホブリザードマン》――。

 数々の魔石から具現化した竜種たちが、一斉にマーベンへと躍りかかる。


 その悪魔化した彼よ滅べと殺到する。

 だがマーベンは翼による衝撃波でことごとく打ち払う。

 ワイバーンのブレス、リザードマンの剣撃、アイアンドレイクの突進も。全て弾き返される。


 笑いながら巨大な腕を振り下ろすマーベンに、リゲルは《ホブドレイク》を盾にして疾走する。

 《ワイバーン》の背に乗り、巨大な悪魔と化したマーベンを撹乱するために飛翔――その都度、魔石を放って攻撃。


 爆裂する周囲の大気。閃光と暴風が吹き荒れ、視界も何もかもが極彩色に染め上がる。

 空は猛烈な魔力と爆発光で覆われ、地上は振動や衝撃波で見る影もない。


 ――仮に、神話の英雄や巨人が戦ったら、どのようになるのか。それを体現したかのような光景だ。

 都市。建物。地形――そういったものが一秒、一秒経つごとに変わっていく。

 歓楽街が一瞬で更地に。貧民街がまたたく間に壊滅する。


 爆裂と破砕と崩壊の嵐。多様なりゲルの魔石の猛攻と、悪魔化したマーベンの猛撃は、地形を破壊する。

 安全と呼べる地帯などない。

 休息のための暇などない。

 ヒルデリースの中央区において、いま、生きて戦闘に挑み続けられるのはリゲルとマーベン、その両者のみ。


 リゲルが、魔物を喚ぶが、一瞬、あるいは数秒で力尽き果てていく。

 マーベンの体もまた数秒ごとに傷つき、再生しては、それを上回る速度で損壊させられていく。


 リゲルは、絶えずワイバーンを乗り換え、倒されては乗り換えていくが、まったくの無傷とはいかない。

 途中で腕を負傷し、魔石を取り落とすときもあった。

 マーベンの腕が殺到し、こめかみの肉を抉られたときもあった。

 回復系の魔石や防護の魔石、幻惑、加速……その他あらゆる系統の魔石を駆使しなければ、死んでいただろう。


 かつて――最も激戦と言えた戦闘は、ギルド・トーナメントの決勝の《一級》、クルエストとの一戦だった。

 かつて――最も技工を重ねたのは、楽園創造会シャンバラの幹部、フルゴールとの激闘だった。

 だが、こと『殺し合い』という観点で見れば間違いなくこの一戦が最悪だ。


 マーベンは強い。

 何故か? それはかつて虐げられた過去があったから。

 マーベンは油断をしない。何故か? 彼は全力を出してなお及ばない時期があったから。

 『緑魔石』に魅了され、ヒルデリースを国家としたおごりによる油断の時期はあった。

 しかしいま、マーベンは禁忌とされる邪教の魔術具に手を出し、己の全てをかけて挑んでいる。


 慢心も油断もない。勝利のためだけに。人を捨てて、人を超え、超常者として君臨するために彼は暴虐を振るう。

 その戦闘を事細かに記す者など誰にも出来ない。

 それはまさに闘争の局地とも言える場面。意地と意地のぶつかり合い。

 魔石と緑魔石――人生を変えられた、変えてくれた超常の力をどちらを使いこなせるか。

 飲み込まれずに自分の糧とするか。そういう自分闘いだ。


 一秒に数十の攻防が交差する激闘において、一つ一つの攻撃に意味はなく、交錯は一瞬だ。

 本能で、直感で、あるいは反射で、全てを行う、絶技の域。一歩間違えば『死』が訪れる刹那の世界。

 常軌を逸した戦闘の中、リゲルとマーベンは互いにしのぎを削り合う。


 だが、闘いとはいずれ終わるもの。いかなる存在でも、無限に闘うことは出来ない。

 リゲルの放った《エルダー・エンシャントドラゴン》のブレスの一撃が、マーベンの右目を潰した。

 その一瞬の隙に、リゲルはマーベンの体内へと飛び込んだ。

 潰した目の奥――眼窩からマーベンの体内へ忍び込み、魔石を大量にばら撒く。


 《ワイバーン》、《ヤクトワイバーン》、《アイアンドレイク》、《リザードマン》、《ホブリザードマン》、《ブレイズドレイク》、《ミストドラゴン》、《フロストアンフィスバエナ》の魔石が、マーベンの内側から破壊していく。

 巨大になれば利点は当然ある。だが小さい人間のまま戦ったリゲルにも当然、利点はある。

 一撃の威力はマーベンが上。だが手数の多さではリゲルが上。

 マーベンは体内にリゲルが侵入しても魔力によって毒を生み出し、彼を攻め続けた。

 リゲルの体が毒の魔力で徐々に蝕まれ、体が紫色へと変色する。常人なら一秒で即死する毒だが、リゲルは耐毒の魔石を駆使して抗う。


 だが完全に防ぐ事はできない。リゲルもマーベンも、自分の体が一秒ごとに破壊されていくのを感じる。

 死だ。死が見える。それは一瞬後か。数秒後か。

 それはわからない。だが幻想とも妄想ともつかない死への光景が、刹那の間に何十と脳裏に浮かぶ。


 狂気に至るような地獄の痛みと恐怖の中、それでもリゲルとマーベンはしのぎを削り合う。

 それは一瞬にして永劫にも思える刹那のひと時。永遠を極限まで引き伸ばした瞬きの時間。

 だが――それもすぐに終わる。時間にすればわずか一分にも満たない突撃。その勝者となったのは――。


 

 リゲルだった。


 

 彼はワイバーンを乗り換え続け、あと五つでワイバーン系の魔石が切れる――というときに。マーベンの心臓へとたどり着くことが出来た。

 心臓が破壊されて無事な生物はいない。

 生粋の悪魔ならば破壊されても復活は叶うが、即席で悪魔と化したマーベンに、そこまでの全能性はない。

 リゲルが、とどめに使った、《ジェノサイドワイバーン》――いま持ち得る中では最大級の攻撃力を持つ竜種の魔石から、膨大な獄炎が放たれると、趨勢は一気に傾いた。


 マーベンが心臓を焼かれていく。彼が、強く、強く咆哮していく。胸に爪を突き立て、あえぐように、暴れまわる。「アアアア、オオォォ……ッ!」――それでも体内のリゲルには至らず、あと一歩――自らの体内に放った毒の魔力が強ければ、リゲルを絶命させていたかもしれない一瞬の後。

 リゲルの攻撃は、マーベンの心臓を破壊し尽くした。

 猛烈な熱風が沸き、心臓が破裂して爆散する。

 衝撃にリゲルが体外へ吹き飛ばされた。地面へと激突する。


 だが彼は生きていた。

 全身が毒と爆発の衝撃で血まみれだが、意識はあり、呼吸もしっかりしていた。


「はあ……はあ……はあ……」


 対称的に、巨影を揺らし、マーベンがゆっくりと崩れていく。口惜しそうに、虚ろな目を向け、倒れていく様が見える。

 リゲルは思った。


 ――さようなら、もう一人の僕の可能性。

 もし、リゲルが欲望のままに手にした魔石を使っていたら。

 その答えの一つが、悪魔化したマーベンが――周囲の瓦礫ごと巻き込み、大きな振動と共に、倒れ付す。


〈リゲルさん!〉

「大丈夫ですか!」


 ずっと遠くで見守ってくれていたのだろう。メアとミーナが急いでリゲルのそばまで駆け寄った。

 メアは涙を流し、ミーナは回復薬の準備をしている。

 それを穏やかな顔で見つめながら、リゲルはひとまずの最大の脅威を廃したことに、一息をついたのだった。

 

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