第2話 剣聖の栄光と再起
リゲルのスキル、【合成】はとても強力なものだ。
その気になれば上位の探索者、『ランク
しかし、彼は元からその能力を持っていたわけではない。
それどころか、元々は『剣聖』――とある皇国で最強の英雄だった。
『
皇国でも屈指の実力をもち、剣聖の中の剣聖と謳われた最高位の騎士だ。
別名『剣聖王』、『人類の守護者』、『神より加護を授かりし聖使徒』。その剣筋は強大な魔獣をも切り伏せ、大地を穿ち、立ち塞がる津波すら吹き飛ばす威力と謳われた。
皇国最強の剣聖王――リゲルはその一角として、活躍していた。
† †
――煌びやかな装飾や建物が立ち並ぶ皇都にて、数千の人々が歓声を上げている。
『《六皇聖剣》の一人、アルリゲル様が盗賊団を討伐してくれたぞ! 万歳!』
『さすがは《神星剣》のアルリゲル様だ! 勇ましい!』
『複数の流星を瞬時に降り注がせ、賊を殲滅させたと聞いたぞ!』
『素晴らしい、他の《六皇聖剣》の方々も目を見張る戦果だ!』
『《蒼の骸旅団》を壊滅させた《烈神剣》のゴーゼルス様! 残党のアジトを探り当てた《千里姫》のフィリナ様!』
『ベルゼガルド様も凄まじい戦果と聞いた! ファティマ様も!』
『《六皇聖剣》の方々がいれば我らは安泰だ! リゲル様! ゴーゼルス様! フィリナ様! ベルゼガルド様! ファティマ様! アーデル様、万歳!』
《六皇聖剣》は、それぞれが皇国最高位の『聖剣』を持つ剣聖達だ。
その名称の通り、構成は六名。
――星を操る力を持ち、《神星剣》の異名をもつアルリゲル。
――灼熱や氷風の攻撃を放ち、《烈神剣》の異名を持つゴーゼルス。
――千里先の光景を見渡す《千里姫》のフィリナ。
――『竜殺し』の通り名で呼ばれる《轟竜剣》、ベルゼガルド。
――影と闇を支配し、暗殺を得意とする《朧帝剣》、ファティマ。
――そして霊剣、剛剣、あらゆる神霊装備を錬成することが出来る《錬金王》、アーデル。
全てが『超一級』の実力者。探索者ランクでは、ランク『
その仲間たちと共に、リゲルは数多の難任務を解決していった。
――元々、リゲルは、孤児院の前に捨てられていた孤児だった。
だが運良く、世話好きな院長である神父に拾われ、孤児院の友人を守るため、あるいは育ててくれた神父のため、剣技を磨いた。
血縁がなく、厳しい鍛錬の日々は辛くもあったが、リゲルは持ち前の真面目さと恩義の強さもあって成長していった。
やがて、十三歳となる頃には卓越した実力を備え、史上二番目の若さで《六皇聖剣》となる。
地位や名誉を手にした後もリゲルはおごらなかった。捨て子の苦境や貧民の辛さは知っている。リゲルは弱者を助けるために戦った。
育ててくれた神父や、歓声を上げてくれる人々。その笑顔が好きだった。
『捨て子だった自分が、誰かの役に立つのが嬉しい』――それが六皇聖剣時代のリゲルの口癖だった。
† †
――遠征の帰りにて。皇都の城で皇帝へと謁見が行われた。
『此度の盗賊団、《漆黒の瘴鬼》の討滅、ご苦労であった、アルリゲル。余も喜ばしい』
『はっ、ありがたきお言葉。光栄にございます、皇帝陛下』
『余はそなたがいることを嬉しく思う、アルリゲル。――それにゴーゼルス卿、フィリナ姫……ベルゼガルド卿、ファティマ卿、アーデル卿。――そなたら《六皇聖剣》がいれば、我が皇国は安泰だ』
『はっ! 重ねて光栄にございます、陛下。我ら《六皇聖剣》、全てを国のために尽くしましょう』
恩返しのための戦いで、ここまで褒められるとリゲルとしては嬉しかった。
帝城では皇帝に歓迎され、市井では民や探索者たちに祝福される。
戦場では一騎当千の戦士。常勝無敗の剣聖たち。
リゲルはこの頃、幸せだったと言えるだろう。
『――ねえアルリゲル、西の山岳で綺麗な温泉が見つかったらしいの。一緒に行ってみない?』
『また? 君は本当に温泉が好きだね、フィリナは』
『べ、別に、そういうわけじゃないわ。(……貴方と一緒に出かけるのが好きなのよ……)』
『え? 今なんて? 声が小さすぎて分からなかった』
『うぅ……朴念仁とは温泉に行かないわ! って話よ!』
『なんで怒っているのかさっぱり分からない……』
剣技ばかりで色恋には少し鈍いのが玉に瑕だったが。
『アルリゲル。今日も精が出るな、朝から剣技の練習とはな』
『ああ、ファティマ。君もやってみるかい? 早朝の鍛錬は気持ちが良いよ、一緒に汗をかかないか?』
『ふ、せっかくだが、生憎と私は暗殺専門でな。剣技を学ぶと暗殺技が鈍る……気持ちだけ受け取ろう』
『そうか……それは残念。君と一緒なら良い鍛錬が出来そうなんだけどな』
『(その笑顔で一体何人の女を虜にしてきたのだ……私が仮面を被った男装の麗人でなければ揺らいでいたぞ……)』
『あの、最近、どうしてか小声で話す仲間が多いんだけど、何か僕にあるの?』
『(この鈍感王!)』
談笑、冗談、訓練、何でもない時間が楽しすぎた。
泥や埃にまみれた捨て子としては、十分すぎる毎日。それは、輝く黄金のような日々は瞬く間に流れて――。
そして、唐突にそれは終わりを告げた。
『――おかしいな、今日は南方の攻略会議で皆が集まるはずなのに』
とある曇天の朝。まだ朝靄が漂う時間帯。アルリゲルは、帝城の中庭にて怪訝な声音のまま歩いていた。
『ゴーゼルスもフィリナも見当たらない。ファティナはいつもの事として……まさかベルゼガルドまで見つからないなんて』
日頃から鍛錬や任務の時は時間を厳守するのが六皇聖剣の原則だった。それが、今日に限って皆が見つからない。
高鳴る不安の鼓動を感じつつも、リゲルは中庭を歩いていった。
そして――。
『――!? そんな、馬鹿な!?』
アルリゲルの目に飛び込んできたのは、信じがたい光景。
血、血、血、見渡す限りの血が――むせ返る程の死の気配が溢れかえっている。
そして、《六皇聖剣》の面々が、中庭の片隅で、尽く崩れ落ちていた。
『ゴーゼルス! フィリナ! ベルゼガルド! ファティマ!』
そこにあったのは、あるはずのない光景。受け入れがたい悪夢。
剣聖が、幾多の激戦を経た戦友たちが、為す術もなく倒れ伏している悪夢の光景。
大量の雨が、降り注いできた。耳障りな、肌に粘りつくような――それは彼らの無念とも、嘆きともつかない慟哭の雨か。
――そしてアルリゲルの背後から、幽鬼のような小さな『影』が現れる。
『アーデル……? まさか、君が……?』
《六皇聖剣》の一角にして、唯一難を逃れた――いや被害に遭わなかった者を見て、アルリゲルは確信した。
『これは驚きだ。極上の『毒』を配合していたつもりだが、『聖属性』に恵まれた貴君には通じづらかったとみえる』
瞬間、アルリゲルの視界がぐらりとゆらついた。
低くなる視点。支えていられず、崩れ落ちる膝。全身に猛烈な倦怠感。
『これは……っ!』
――『毒』。昨晩の宴で用意された飲み物――あれを勧めたのはアーデルだった事を思い出す。
『何故? 何故、裏切った――アーデルっ!』
豪雷の夜。降りしきる雷雨が辺りを覆い、地獄のように照らし始めた嵐の中。
《六皇聖剣》の一人、《錬金王》アーデルが、裏切った事を隠しもせず宣言する。
『悪く思うな、我が同胞。これも宿願のためだ』
『なぜ!? 僕らは互いに皇国最強のとして国に仕えていたはずだ。陛下を、皇国を裏切るなんて、どういう……っ!』
『これで、我が宿願は叶えられる。『シャンバラ』への扉は開かれた。不可能を超えた、絶対なる領域を。神をも羨む世界を、我は!』
『アーデル……何を……?』
アーデルは日頃から他の五人の装備を『錬成』していた。
その裏では密かに最悪の毒を注入、さらに昨日の宴で猛毒も入れ、彼らの自由と命を奪っていたのだ。
残る五人の《六皇聖剣》のうち、《烈神剣》のゴーゼルスは首を貫かれて死亡していた。
『竜殺し』の異名を持ち、《轟竜剣》を謳われたベルゼガルドは、磔にされた無数の猛毒蛇に噛まれ没していた。
暗殺の王と謳われた《朧帝剣》のファティマは、皮肉にも最凶の毒薬を盛られ廃人にされて。
そして、《六皇聖剣》の中でで、絶世の美少女と謳われた《千里姫》のフィリナは、四肢を拘束され無力化されていた。
当時、アルリゲルと名乗っていたリゲルだけが、かろうじて猛毒の中和に成功し、抵抗が可能になっていた。
『くっ……剣すら握れないか』
被害は大きかった。数々の得ていた技能はアーデルのスキルで奪われ、並の人間並にされていた。
さらには聖剣まで奪い、あらゆる物質を創り出せると言われたアーデルは、他の五人の《六皇聖剣》のスキルまでも奪っていった。
『何故、こんな事を!? アーデル、陛下のもとで誓った《六皇聖剣の誓約》は、偽りだったのか!?』
『貴君らには我の苦しみなど解らないだろう。恵まれた体、恵まれた環境……全てが妬ましかった。しかし我は、やっと手に入れられる』
『何を……?』
『我は、ずっと貴君らを妬んでいた。《六皇聖剣》などと言えば聞こえはいいが、所詮は内外に威光を知らしめる虚飾。偽りの称号に過ぎない』
悲しみとも、羨みとも知れない声音でアーデルは語った。
『貴君らは知らないだろう。《六皇聖剣》は、誰にも称賛された。市民、戦士、陛下……だがそれはアルリゲル、貴君やゴーゼルス、フィリナ……彼らを褒め称えていた。――我の、《錬金王》アーデルの名はごく僅か』
『嫉妬から裏切りを図ったというわけか?』
『否定はしない。強敵を討ち、成果をもたらしても、いつも称賛されるのは貴君らだ。……我は《錬金王》として武具を錬成するだけの、『道具係』に過ぎなかった。それが、耐えられなかった』
『なら! どうして相談してくれかったんだ! せめて僕や、ゴーゼルスには理解出来たはすだ』
『……あるいは、そうすることで開ける道も無いとは言い切れない。だが輝ける者は、陰にいる者の気持ちなど判らないものだ。それが例え、元孤児だったとしても』
『アーデル……?』
アーデルの声には、嗚咽じみたものが混じっていた。
『だがやっとだ……やっと我が願いは叶う。貴君らはそのための礎。大望のための贄。――だが安心するがいい。死は永遠の別れではない。一時の眠りだ。いつか、また会う事もあるだろう。それまで――さらばだ、我が同志よ』
『――アーデルッ!』
それからリゲルは、残った魔力全てを使い、命からがら脱出し、遠い異国の地にまで逃げ延びた。
アーデルの真意は判らない。だが生き延びなければならなかった。
リゲルは様々な旅を経て、新たなる大地、世界四大国の一つ――エンドリシア王国、探索都市ギエルダにまで流れ着いた。
そして低級の探索者を装い、新たな生活に身を置き、迷宮に挑んでいる。
† †
『都市ギエルダ』に着いたリゲルは、いくつかの方針の下行動をすると決めた。
名前を変えて、素性を隠し、一探索者として活動する。
《錬金王》アーデルの情報を集めて、可能な限り秘密裏に情報を得る。
そして探索者ギルドには当面、正体を明かさない――。
アーデルは狡猾な性格だった。リゲルが生きていると分かれば、刺客を寄越すだろう。
あらゆる魔術具を『錬成』出来るアーデルは、暗殺にも長けていた。
だからこど最底辺のランク、『
それがリゲルの方針だった。
――はじめは、上手くいかなかった。
何しろ力を奪われた身だ。リゲルの体は思った以上に脆弱になり、底辺の《ゴブリン》すら倒す事もままならない。
対人戦闘と迷宮戦闘という、不慣れも少なからずあったのだろう。用意した武器は折れ、資金は底を尽きかけた。
『こんな……こんな事って。僕は、こんな所で終わるのか? 楽しかった日々を奪われ、こんな、惨めに』
こんな終わり方は認められない。
それでは報われない。
残ったのは――執念だった。
信じていた仲間から裏切られ、全てを奪われても、引き下がるなど《六皇聖剣》として出来ない。
殺されたゴーゼルスやベルゼガルドのため。廃人にされたファティマのため。さらわれたフィリナのため。
彼らのためにも、再起し、情報を集め、再び栄光への道筋を駆け上がる。
そのために迷宮の探索を続けた。
そんな情熱も、二年もすればほぼ尽きかけて。
夢を掴むための意地――それだけで突き進んだ。
そんな時だった。伝説の精霊との出会いがあったのは。
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