第3話 精霊との出会い、そして契約
『――ん? 何だ、これは』
その日、臨時の
リゲルは、窪んだ岩場の奥に、豪奢な鎧を発見していた。
――宝。
迷宮に挑む探索者にとっては、何より嬉しいサプライズである。
古代の希少な武具や宝石がはめられている可能性もあり、宝の発見は迷宮の醍醐味だった。
おそらく、何らかの理由で保管されていたのだろう。
あるいは古代の戦士が隠していたのか。崩れた岩壁の中に、人目を避けるように、その鎧は保管されていた。
もちろん、確保しないはずがない。
これが高位の防具ならそれだけで大戦力だ。
それか売り払い財を成すことのもいい。一人の探索者として、高揚せずにはいられなかった。
しかし、リゲルは鎧を手に取ってみて驚いた。
――何故なら、鎧には『美しい少女』が収められていたからだ。
長い黒色のまつげと流れる流星のような銀の長髪。
肌は透き通るように白く、まるで一流の芸術品のよう。
滑らかな曲線を描いたその身体は、思わず息を呑むほど魅惑的。角度によって五色にも六色にも見える不思議な衣をまとい、豊かな胸が、ゆったりと何度も揺れていた。
リゲルは我を忘れていた。こんな綺麗な少女は一人しか見たことがなかった。《六皇聖剣》の一人、フィリナくらいしか比べられる対象がいなかった。
どこかこの世のものではない――儚げで、幻想的で、神秘的な少女を、迷った末リゲルは揺り起こした。
そして――。
『……ここは一体、どこですか?』
鈴の音のなるような、美しい声で、少女は目覚めた。
『ビェルヒは? コーニは? ユルゼーラ様は?』
儚げな問いかけの瞬間、ほろほろと涙が頬を流れていく。
『君、もしかして――』
『あれ……? わたし、泣いてる? 何か、大切なこと、忘れている……?』
どうやら、彼女は記憶を一部失っているようだった。
自分がなぜ迷宮にいて、なぜ眠っていて、直前に何をしたか、霞がかったように思い出せない。
『人間の方、ですか? ……あの、すみません、お願いがあります』
『あ、う、うん』
困り果てた少女の目が、リゲルの方へ向けられる。
『わたしと契約してくれませんか? 悪いようには致しません。きっと、役立つ能力を授けますから』
『それは――』
リゲルは迷ったが、受け入れた。
これまでに得た魔術、《真贋》の魔術で見ても、害はなさそうだ。
それに、見れば少女の様子に切実な想いがある。とても罠とも思えない。
悩んだ末――リゲルは、『判った』と答えると、少女は涙ぐんだ。
『ほ、本当ですか……? ありがとうございます』
そして、彼女は潤んだ瞳と高ぶる感情を抑えると、空中に不思議な文字をいくつも書き出す。
人間には発音できない、情動的で、幻想的で、華麗な歌のような旋律が紡ぎ出されていく。
「静かなる時を経て、わたしは繋ぐ。あなたととの魂の
その瞬間、爆発的な光と音が拡散した。
雷鳴のような音と蛍火の如き粒子が舞い、大気が大きく揺れる。迷宮の一角が震動に覆われ、やがて――。
『契約』の完了。
人間とは異なる力が、リゲルの中に溢れる。
目に視えぬ不可思議な『
ドクン、ドクン、と、互いの心臓の音が重なり合ったような共鳴感。
『……契約は、無事に完了しました。はじめまして――我が契約者。わたしの名は、【ミュリー】。精霊の一族です。これから、どうぞよろしくお願いします』
深々と神秘的な礼をする少女。
そうして、美しい精霊の少女が、彼のパートナーとなった。
† †
「ただいま、ミュリー」
そして現在。
大都市ギエルダの片隅。リゲルが滞在している安宿の部屋に戻ると、銀髪の精霊少女が、ゆっくりと起き上がった。
「お帰りなさい、リゲルさん」
「あ、まだ寝ていていいよ。疲れているでしょ?」
「いいえ、そんなことできません。リゲルさんがせっかく帰ったのに」
藁と薄布を組み合わせた安ベッドだが、それでも少女が横になっていると、どこか華麗に見える。
ゆっくりと身を起こしたミュリーは、ルビー色の瞳を揺らし、リゲルの背負った荷物を見やる。
「あ、魔石を合成したんですね、運びます」
「いいから。ミュリーは寝ていて」
「そんな。わたし、ずっと寝ているだけですから。リゲルさんに、申し訳なくて」
そう言うミュリーの顔色だが、お世辞にも良いとは言えない。
元々白い肌なのは変わらないが、それに増して病的に白く、ほとんど青白い。誰がどう見ても安静にすべき姿だ。
「ミュリーは契約の疲れと封印の影響があるでしょう? しばらく休むべきだよ」
「でも……」
「それとも、この間みたいに僕のいない間に掃除をしようとして、途中で気絶して倒れたのを忘れた?」
「……すみません。ご迷惑ばかり」
「いいよ。きちんと休んでくれれば」
探索に使った短剣やら、道具やらを荷物袋を体から下ろし、リゲルは部屋隅に立てかけた。
手狭な部屋だ。本来は低ランク探索者一人用の部屋である。
早くミュリーの体が良くなるよう、今はミュリーにベッドを貸していた。
もちろん、一流の広い宿を用意してもいいが、申し訳ないとミュリーが譲らなかった。
精霊は人間と違い、安静にしてさえいればどんな環境でも回復するらしい。
リゲルは説得したが、結局は『誰かと一緒に眠りたいです』と言うミュリーの意志を尊重した。
なにしろ数千年の間、鎧の中で眠っていた。本能的に誰かにすぐそばにいてほしいのだろう。
リゲルはカーテンで部屋を仕切りを作り、寝るときは臨時の安ベッドを用意して眠っている。
「今日は、発作は大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です。だいぶ楽になりました」
「危なくなったら言ってね? 渡したエルタ輝石、握るだけでいいから」
ミュリーの枕元には琥珀色の石が置かれていた。
空間を隔てて、救難を知らせる《魔術具》だ。
《魔術具》とは、限定的に魔術を扱える器具のこと。
数時間に一回しか使えないが、彼女の安全を考えると必要不可欠な代物だった。
金貨二十枚の、《合成》スキルを使った最初の買い物だが、重宝している。
「今日はね、ランク五の魔石を合成したんだよ。凄いね、初めてやったけど、ランク五ともなれば宝石並みの輝きだ」
「ランク五ですか、わあ、綺麗……」
リゲルが手のひらに今日の戦利品である紅き石を乗せると、きらきらとした瞳でミュリーが目を輝かせる。
「知ってる? 北東のヴェラス大陸では魔石の装飾具が盛んなんだ。娘とか恋人とか、妻とかに魔石を贈る風習もあるみたいだよ」
「確かにこれほど綺麗なら、それも頷けますね」
少女が言うと、リゲルはふと真顔になった。
「……まあ、君の方が綺麗だけど」
「え? ふふ、ありがとうございます、リゲルさん。お世辞でも嬉しいです」
「いやいやいや」
魔石も十分に綺麗だが、ミュリーと比べるとさすがに劣る。
というよりこの精霊少女、物腰は柔らかく口調も温和で、非常に接しやすい。
少々奥手というか、控えめ過ぎるのが難点だが、何しろ褒めてもなかなか素直に受け取らないし、「わたしなんて」と卑下すれすれの態度も多い。
芸術品もかくやという美貌なのに、何とも勿体無い。
「記憶は……やっぱり戻らない?」
「はい。書物を読んでみたのですが、普通の症状と違うらしく……薬なども効果は薄そうです」
「そうか……」
あれから契約してすぐに、ミュリーは倒れてしまった。おそらくは封印の後遺症と、契約の疲れだろう。
ミュリーは、何らかの理由で鎧に封じられていたらしい。
詳しい経緯は不明。
所持品にも有効なものは何もない。
その事を踏まえ、医者に見せたが、ミュリーが精霊であることを信じてもらえなかった。
ギルドにも話したが、「精霊ですか? そんな馬鹿な……」とまともに受け取ってもらえなかった。
だからひとまず、ベッドで寝かせるだけでも回復しているため、リゲルの部屋で療養させている。
そもそも、『精霊』とは、数千年前に滅んだとされる種族である。
時折噂や都市伝説に出て来る程度で、実物は見かけない。
【終焉の災厄】と呼ばれる何者かが、地上を焼き尽くして数千年。
旧世界の住人である精霊は、ほとんど幻のようなものだ。
人類は地下大迷宮を探索し、古代の異物を巡って魔物を退治しているが、その中に精霊の明確な資料はほぼ皆無。
判るのは、『森と湖に囲まれた王国に住んでいたこと』、『人間を超える魔力量を持っていたこと』、その程度だ。
そんな伝説の存在を信じられる者など、極めて限られるだろう。
現在は街の図書館で古代の精霊について、書かれた書物を探して症状を予測するのが主だった。
もちろん、症状が悪化すれば医療施設に行く必要もあるだろうが……当面は無理そうだ。
「あ、でもリゲルさん。一週間前、助けてもらった時よりずいぶん良くなりましたよ。今日はレモンを食べることができました」
「え、本当に? 良かった……でもあれ、けっこう酸っぱくなかった?」
ミュリーは途端に困ったような、恥ずかしそうな顔をする。
「じつは口に入れて凄く酸っぱかったので『ひゃああああ』って声を出しちゃいました」
「あはは」
部屋に置いておいたレモンは、南方産の酸っぱさに定評がある。
数千年前に封印され、今の食べ物はほとんど知らないミュリーには刺激が強すぎたのだろう。
ドキドキしながらレモンを口にいれ、それでびっくりした彼女を想像して、リゲルは和んだ。
「封印の後遺症……いつまで続くかは判らないけど。気落ちしないで。契約ができたということは、精霊としては正常に機能している部分もあるんでしょう?」
「はい。今は体がまだ万全ではないみたいですけど……」
「きっと自然回復である程度は治るさ。僕としてもあまり危険なことは避けたいから、当面はこのままでいいかな?」
「……はい、すみません。本当に、ご迷惑ばかり」
「いいよ。僕としても助かっている」
誰かが待っていてくれる状況はそれだけで嬉しい。
孤独は病の一つだ。宿に帰れば誰かがいるという環境がリゲルには喜ばしかった。
それに、自分へ《合成》のスキルを授けてくれた。だから感謝しても、迷惑に思う事などない。
「ま、とにかく、ここまで来れば『ランク十』の魔石も夢じゃないよ。高ランクの詠唱は体に負荷かかるし、必要な魔石も膨大だから、一ヶ月以上は掛かるけど。……いずれ、もっと豪華な部屋に移動しよう」
「はい。……でも、リゲルさんの目的に差し支えがありませんか?」
「いや全然。むしろミュリーのおかげで僕の人生は変わった。君は幸運の女神だよ」
「そ、そんな、女神なんて……恥ずかしいです」
困ったように、頬を押さえて言うミュリー。
まったくもって控えめな態度だが、リゲルは悪い気はしない。
彼女と、彼女のもたらした力があれば、何とでも出来るだろう。
「現状、僕は《合成》を使って資金作りをしている。『ランク五』までの中位魔石を合成し、売却する。その金で装備を整える。臨時でパーティへ入り、魔石を集め、合成する――その繰り返しだ」
「その合間に、わたしやアーデルの事を調べているんですよね」
「そう。そして『ランク十』の魔石を合成すれば、様々なことが進むよ。僕の戦力強化も、ミュリーの目標にもぐっと近づける」
「……はい」
契約の際、ミュリーは条件を出した。
一つは、『契約精霊』として自分をそばに置いておくこと。
そして主である『精霊王』を探すことだ。
ミュリーはかつての主、『精霊王』と呼ばれる存在とはぐれてしまったらしい。
数千年前、封印される前に、離れ離れになった、かつての主。
『精霊王』ユルゼーラを探し出すこと。そして己の『記憶』を取り戻すこと。
それこそが彼女の目的だった。
「ま、ともかく、調べられるだけ調べてみるよ。アーデルの事も含めてね。探索者としてランクが上がれば、閲覧できる資料も増えるんだ。そうすればきっと、古代の資料も多く閲覧できる。『精霊王ユルゼーラ』の情報もきっと集まるはず」
「……すみません、色々とご迷惑おかけして」
「いいって。さっきも言ったけど、僕にとってミュリーは恩人だ。君がいなければ今の僕はない。だから、君には本当に感謝してる」
「リゲルさん……」
現状、最高の『ランク十』の魔石こそまだ作ってはいない。作るには高ランク魔石数千個分は必要なためだ。
先に中位ランクの魔石を大量に作り、装備向上を試みている。
けれど、それもそう遠い話ではないだろう。
「君の望みも、僕の野望も、全て僕が果たす。――大丈夫だよ、君の授けてくれた力は、素晴らしい『力』なんだから」
「はい。わたしも、出来る限りの事はさせてもらいます」
嬉しそうな声音でミュリーが瞳を揺らす。
リゲルが安心させるように肩へ手を添える。
――《錬金王》アーデルの思惑の看破。そして討滅。さらには《精霊王》ユルゼーラの情報収集。ミュリーの『記憶』の復活。
目的は多い。だが根本的には同じ方針で進められる。
高みの《探索者》へと上り詰め、『ランク
かつての《六皇聖剣》、いやそれ以上の存在になれば――自ずと道は開かれる。
「ミュリーと、《六皇聖剣》の無念は必ず晴らす。そのために僕は迷宮に潜り込む」
【リゲル(本名アルリゲル) 十八歳 探索者
(元ヴォルキア皇国の『六皇聖剣』) レベル21
探索者ランク:『
クラス:
状態異常:『能力簒奪』(アーデルの『簒奪』により能力の大半が奪われている)
称号:『裏切られた英雄』『克己者』 (HPゼロ時、高確率で生き残る)
(習得する経験値が通常の1・5倍となる)
『精霊との契約者』 (スキル【合成】が発動可能になる)
体力:278 魔力:266 頑強:218
腕力:219 俊敏:206 知性:292
特技:『短剣技Lv3』 『投擲術Lv4』
魔術:『付与魔術Lv4』 『補助魔術Lv3』 『回復魔術Lv4』
装備:『スチールナイフ』×10
『レザーシリーズ一式』
『グラトニーの魔胃』×5 (数トンの持ち物が入る)
『魔石』×893
スキル:『合成Lv1』
(あらゆる魔石、もしくは魔石の欠片を【合成】することが出来る)】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます