第25話 躾の時間

「リックは休んでていいよ」


「いいのか?」


「うん。リックも戦いで消耗しているみたいだし。私は寝ていて体力を十分回復したから1人でも戦えるって」


 リーサがガッツポーズしつつウィンクする。その小悪魔的仕草にやられてしまうチェリーボーイもいるだろう。エドガーみたいに。


 エドガーの背後の人物がまたもや変わる。今度は筋骨隆々で生え際が後退している上半身裸のヒゲダルマだ。正に男性ホルモンの塊と言った感じだ。スキルは、これまでに培った経験が影響されることが多い。これほどまでに鍛え上げられた体から繰り出されるスキルは恐らくパワータイプのスキルだろう。


「リーサ! 気を付けろ! エドガーが攻撃方法を変えるぞ」


「え? どういうこと? エドガーは魔術師じゃないの?」


「エドガーの本当のスキルはネクロマンサーだ。死霊を自在に操り、自身に死霊を宿すことで使用スキルを変更することができる。奴が新しく得たスキルは不明だが、先程の念動力とは違う戦い方をするはずだ」


 俺は騎士学校で対人の戦闘を学んできた。それ故に各スキルの特徴を正確に把握している。エドガーの初動でスキルを見破ってみせる。


「お仕置きの時間だ。マイハニー」


 エドガーが得物を生成する。スキルによって生成される武器の性能は使用者の魔力に依存するのだ。魔力が低い戦士タイプは下手に武器を生成せずに、名工が作った武器を愛用した方がいいのだ。エドガーは魔力が高いタイプなので、当然得意武器を生成してくるのは予想できた。


 エドガーが生成したものは鞭だ。鞭を得意とするスキルは複数あるが、先程のエドガーのセリフからして恐らくあのスキルだろう。


「リーサ。エドガーは恐らく調教師のスキルを得た」


「え? 調教師? どんなスキルなの?」


「動物を支配し、従わせるスキルだ。当人の直接的戦闘能力は低いが、それを調教したペットが補う」


 だが、おかしい。調教師は愛用のペットがいてこそ輝くもの。この空間には俺とリーサとエドガーしかいない。どこにもエドガーが従えているものがいないのだ。


「せいや!」


 エドガーが鞭を振るう。狙っているのはリーサだ。リーサはエドガーの攻撃を躱して背後に回り込んだ。


「遅いね。そんなすっとろい動きじゃ、1時間経っても私に攻撃を当てることができないね」


 まあまあ現実的な数字を出すリーサ。まあ、盗賊は基礎体力があるように思えないから1時間が体力の限界なんだろう。


 リーサのカウンターの蹴りがエドガーの脛に命中する。あれは絶対痛い。人体の急所をリーサの鍛え上げられた脚で蹴られたらたまったものじゃない。


「ぐへぇ!」


 エドガーは自身の脛を抑えて思いきり痛がっている。


「ごめんねえ! 私ってば足癖が悪くてさ」


 やはり調教師。基礎的な戦闘能力はそれほど高くない。それ故に盗賊のリーサのスピードに追い付けないのだ。リーサもスピードだけの盗賊じゃない。蹴りの破壊力パワーも相当なものだ。


「やってくれたねえ。飼い主に蹴りを入れるとは。躾甲斐のあるメスイヌだあ」


「え。純粋に気持ち悪い」


 リーサにハッキリ言われたが、エドガーは顔色1つ変えずに鞭をまた振るおうとする。


「ははは。なに言っても僕の心には応えないね! だってこれは悪い夢なのだから!」


 エドガーの鞭をリーサが避ける。


「バカの1つ覚えみたいに鞭を振るってたら私に勝てないよ!」


 リーサがまたもやカウンターで蹴りを入れようとする。このままこれが続けばいずれダメージが蓄積してリーサが勝つだろう。


 だが、そんな甘い展開にはならなかった。空ぶったエドガーの鞭が酒場の倉庫にあった酒瓶に命中する。ビンが割れる音が響き渡り、その破片がリーサに直撃した。


「痛っ!」


 リーサが脚を斬ってしまった。それでリーサの動きが一瞬怯んだ隙にエドガーの追撃が来た。


 リーサの腹部に思いきり鞭が打ち付けられる。乾いた音が倉庫全体に反響する。


「リーサ!」


 俺はリーサに駆け寄ろうとした。リーサ1人でも勝てると思っていたが、甘かった。こんなことなら、俺も戦いに参加していれば良かった。


「痛っ……なにすんの……」


「ほら。リーサ。僕の名前を言ってごらん」


 リーサはボーっとしている。なんだ戦闘中に思考を停止したのか?


「エドガー……」


「様をつけろ」


「エドガー様!」


 リーサがエドガーの言うことを素直に聞いている。リーサの性格からしたら考えられないことだ。


「エドガー! お前リーサに何をした!」


「調教さ。僕のスキルをキミは見破ったのだろう? なら話は簡単さ」


「調教師とは獣を調教するスキルではないのか? 人間を調教するなんて話は聞いたことがない」


「それはそうだろ。僕の後ろにいる人物の名はガウェイン。調教師でありながら、犬1匹調教することができなかった出来損ないだ。そんな出来損ないが故に周囲からは蔑まされて、見下されて陰鬱とした日々を送っていた」


 出来損ない。その言葉が俺の心に重くのしかかる。スキルなしの出来損ないを自称していた俺を暖かく迎えてくれた村のみんな。俺をバカにすることもなく、揶揄することもなかったみんなには感謝している。俺は環境に恵まれていたんだと思う。そんな環境を……俺自らが壊してしまった。そのことを思い出してしまったのだ。


「だが、ガウェインの真価は別にあった。ガウェインは犬すらも調教できなかったが、普通の調教師が調教できない生物を操ることができた。それが人間だ」


「そんな……それほどまでに珍しい人物なら記録の1つや2つ残っているはずでは」


 ガウェインなんて調教師は聞いたことがない。俺は歴史も学んでいたから、昔の強者つわものはある程度知っている。その俺が知らないだと。


「知っているはずもないさ。ガウェインは裏社会で生きて、そこで散った人間だ。ガウェインはスキルを利用して人身売買をしていた。打てば人を虜にする鞭”ドミナンス・ラバーズ”を使ってな!」


「その鞭でリーサの心を支配しようと言うのか。とんだ下衆野郎だな。好きな女の気持ちをそうやって得て嬉しいのか!」


「僕だってこの手段は使いたくなかった。いや、使う必要がないと思ってた。リーサは僕のことが好きだと思ってたからね。でも、リーサは僕の気持ちに応えてくれなかった。なら、僕が支配するしかないじゃないか」


「俺には一生理解できない考えだな」


 エドガー。こいつはとにかく危ないやつだ。野放しにしておくことはできない。俺の手で倒して罪を償わせてやる。


「さあ、リーサ。僕の愛が欲しいか?」


「そんなの……いらな」


 リーサが口答えをしようとした時、食い気味でエドガーが鞭を打った。


「ひぃん! う……い、いらない。私はあんたなんかに屈しない」


 1度は支配された心だが、リーサは意識を強く保っていた。調教師のスキルから逃れるのは容易ではないはずだ。どんなに人に靡かない動物も2、3回鞭打てば従順なペットになる。それほどまでに調教師の支配は強力なのだ。


「やれやれ。僕を怒らせたいのかな? それとも、僕の鞭が欲しい変態なのかな?」


 エドガーが鞭を構える。まずい。またリーサが狙われる。


「変態はてめえだ!」


 俺はそう叫びながら近くにあった酒瓶をエドガーに向かって投げた。エドガーは酒瓶を鞭で撃ち落とす。床に酒瓶の破片が散らばり、中身の酒が地面に沁み出る。俺に酒の価値はわからない。でも、なぜかもったいない。できるだけ高級ではない酒であってくれって気持ちが芽生える。


「やれやれ。リーサの躾の前にケダモノを始末しないといけないようだ」

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