第24話 肉の盾
「どうした? ラッド。攻撃してみろよ」
ラッドは聖剣を持ってわなわなと震えている。
「貴様ァ! 卑怯だぞ。それでも騎士か!」
「自分たちが住んでいた村を裏切る聖騎士様には言われたくねえことだな」
ラッドは特にリーサに執着しているわけではなかった。仮にリーサを売り飛ばすにしても体に傷を負わせたくないという想いはあってもいい。だが、俺という敵を排除できるチャンスを逃してまで、リーサを攻撃できない理由がある。
「お前がリーサを攻撃できない理由を当ててやる。お前がリーサを攻撃できない理由は2つある。1つはその聖騎士の能力故だ。聖騎士は正々堂々とした戦い以外を嫌うスキルだ。それはお互いが戦闘状態にある状態であれば、人を傷つけても能力の低減はない。だが、寝ている無防備なリーサ。それを斬ったのなら話は別だ。聖騎士が参照する罪の判定は魂だ。ラッドの魂がリーサを傷つけるわけにはいかないからな」
リーサが戦闘できない状態だから助かったのだ。もし、リーサも臨戦態勢を取っていたのなら。この盾の作戦は成立しなかったのかもしれない。
ラッドは図星を突かれたのか眉を上げて聖剣を強く握りしめている。
「そして2つ目の理由。それはエドガーのネクロマンサーの能力に起因する。ネクロマンサーは契約した死霊をいつでも冥界送りにすることができる。冥界に送られた魂は2度と復活することが出来ない。そう。ラッド。お前はエドガーの機嫌を損ねたら消滅するんだ」
2つ目の理由は完全に俺の推測だ。1つ目の理由に比べたら根拠は薄い。ラッドは聖騎士の能力が穢れることをなによりも恐れている。だから1つ目はおおむねあっているだろう。
でも、この二の矢のハッタリが上手く効けばラッドを精神的に追い詰めることができる。
「ラッド。お前は臆病者だ。何よりも死を。消滅することを恐れている。俺との戦いの後で自害したのは、俺に魂を取り込まれて2度と復活できないことを恐れたからなんだ。だが、自害をすれば、エドガーの能力で死霊としてではあるが、存在することができる」
そうだ。逆だったのだ。ラッドは自ら死を選ぶ度胸がある男ではなかった。消滅をなにをよりも恐れているから死ぬことで俺から逃げたのだ。
「お前はリーサに執心しているエドガーに逆らえない。リーサを傷つければ、エドガーに消されるんだからな」
「な、バ、バカなことを言うな! 私は
「だったら、証明してみろよ。リーサごと俺を貫いてなあ! 出来ねえんだろ! お前は仲間であるはずのエドガーにも逆らえない。怯えている。三下の聖騎士様なんだからよお」
できるわけがない。ラッドは
「……れろ」
「え?」
エドガーの肉体から声がぼそりと漏れた。そうして、次の瞬間リーサの体がふわりと宙に浮いた。俺はリーサの体を手放してしまい盾を失う。
「僕のリーサから離れろっつってんだ!!!!」
エドガーがそう言うと俺は衝撃波を受けて後方の壁に思いきり叩きつけられた。これは念動力の力か? エドガーめ。サイキッカーの力まで身に付けていたとは。
「ぜえ……はあ……ぜえ……はあ……トランスを強制解除したから消耗してしまった」
エドガーは宙に浮いているリーサをゆっくりと自分の元に寄せて、お姫様抱っこをした。
「すまないリーサ。あんなゲス野郎の思い通りにさせてしまって。でも、もう大丈夫。僕がついているから」
俺は見えない力に強く抑えられていて壁から動くことができなかった。標本に刺された昆虫のように固定されて指1本の自由すら効かない。サイキッカーは基本的に魔力を必要としないスキルだ。だから、魔力が高いエドガーとはそれほど相性が良いようには思えない。だが、サイキッカーは想いの強さ、
「リック。よくも下衆な手で僕のリーサに触れてくれたな。リーサのすべすべで柔らかい肌は僕だけのものだ! リーサの体に触れた人間は生かしてはおけない!」
俺の右手の小指がギチギチと締まる感覚がする。とても痛い。骨が内部でミシミシとひび割れていくような感覚を覚える。
「念動力で首を捻り潰す。そうすれば貴様は絶命する。今の僕にはそれだけの力を出せるだろう。だが、それでは僕の気が済まない。一瞬で苦しみから解放してやったら、この怒りは誰にぶつければいいんだ。リック! 貴様は苦しみ抜いて死ね! 全身の細かいパーツを1つ1つ。万力で潰すかのように砕いて、潰して、苦痛を味わわせてやる!」
まずい。このままでは本当に指が潰れてしまう。暗黒騎士の再生能力を使っても再生できるかどうか怪しくなるレベルで損傷してしまう。
「砕け散れ!」
エドガーが拳をギュっと握りしめた。俺の小指にかかる負荷が増大する。もうダメだ。そう思った次の瞬間、吹き飛ばされた。程よい筋肉量の健康的な美脚から繰り出されるサマーソルトに。エドガーが。
「ぐは……」
「さっきから黙って聞いていれば……エドガー! 私はあなたのものになったつもりはない!!」
完全に覚醒したリーサ。良かった。間に合ったか。エドガーが吹き飛ばされたお陰で俺も念動力から解放された。すかさず壁から離れる。
「ひー。スースーする……リック。あなた、私に何を塗ったの」
リーサが鼻の下を指で擦っている。
「ちょっとした眠気覚ましの香料さ。盾にする時に塗らせてもらった。その香りは効くだろ?」
「バ、バカな。リーサ。どうして僕を攻撃するんだ。標的が違うじゃないか」
無様に床に這いつくばっているエドガー。攻撃を食らってすぐに起き上がれない当たり、あまり打たれ強くはないようだ。
「エドガー。私の体は私だけのもの。束縛や所有欲が強い男はタイプじゃないんでね。私の尊厳と自由を守ってくれる気になってから出直してきな」
リーサはエドガーに向かって指さして啖呵を切る。
「会話内容を聞こえてたってことは狸寝入りをしてたってことか?」
「そうね。リック。すぐその場で起き上がってもいいけど、何事か状況を把握する必要があったし。それに私ってば空気が読める女だからさ。起きたことがバレたら状況が悪化すると判断したから」
「いいね。空気が読める女は嫌いじゃないな」
「口説くのは後にしてくれる? さっさとこの裏切り者を倒すよ」
「ち、違う……違う違う。ありえないありえないありえない。こんなの現実じゃない。僕のリーサが僕に危害を加えるだなんてありえない。リーサは天使のような笑顔と女神のような慈愛で僕に接してくれた。あんなの僕のことが好きに決まってるじゃないか。なのにこの状況はありえない」
なんだこのとんでもない勘違い男は。リーサの猫被りを本気にしたのか?
「あら。知らず知らずのうちに純情な青年を虜にしちゃうだなんて私ってば罪な女」
「そんなこと言ってる場合か。これは逆上するパターンが来るぞ」
「そうだ。これは夢なんだ。ふ、ふひひ。夢ならばなにしてもいいんだ。夢のリーサにちょっと手痛いお仕置きをしたところで、これは現実じゃない。夢から醒めればまた可憐なリーサが僕を愛してくれるんだ」
もう発言内容からして狂ってる。これなら素直に逆上してくれた方がまだマシだ。
「リーサ。待っててねえん! 僕が今すぐキミを躾けてあげるからさぁ!」
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