第23話 トランスソウル

「さて、どうする? エドガー。このまま聖騎士のスキルを使ったところでお前では俺に勝てない。折角、ラッドが命をかけて力をくれたのにお前の罪のせいで無駄になったな」


 俺は勝利を確信した。先程から観察してわかったことがある。エドガーは憑依させている死霊を変更する時、まずは現在憑依している死霊を消す。そして、次に新たな死霊を憑依させる工程を踏んでいる。これは、2つの死霊を同時に憑依することができない制約によるものだ。と言ってもその隙は一瞬しかない。だが、一瞬でも奴は実質スキルなしの時間が生まれてしまう。そこを突いて相手を無力化すれば俺の勝ちだ。


 ただ。気を付けなければならないことは、俺はエドガーを殺すことを望んでいない。生半可な一撃ではエドガーを無力化できないし、強すぎる一撃はエドガーを殺してしまう。生かさず殺さず……その微妙な塩梅の一撃を食らわせるしかない。


「エドガー。リックはキミの能力の弱点に気づいてます。ならばアレをやるしかありません」


「ああ。そうだね。できればこんなことはしたくなかったけど、やるしかない」


 ラッドの魂がエドガーの肉体と重なる。


「死霊に我が精神を預ける……トランスソウル!」


「な、なにをしてるんだ!」


 まずい。隙なんて待っている余裕はない。なにか仕掛けてくる。そうなる前に倒さないといけない。


 俺の判断は正しかったと思う。だが結論から言えば遅すぎた。俺が剣を振るった瞬間、エドガーが手に持っている聖剣が俺の剣を弾き飛ばした。


「な!」


 俺は、完全に虚を突かれた。スキルなしとは言え、俺は騎士として訓練を積んでいたはず。剣の速さには自信があった。だが、それでも間に合わなかった。一瞬の隙すらないまま、奴らは強化されてしまったのだ。


「ふう。ぶっつけ本番でも上手くいくものですね……」


 姿形こそエドガーだが、その声はラッドの声と口調だった。なんだ。一体なにがどうなってやがる。


「なぜエドガーから私の声がしているのか不思議な顔をしてますね。よく見て下さい。私の口と喋っている内容が一致してませんよね? あーと喋る口で、いーと喋ることができます。なぜなら、私は現在エドガーの声帯を使って話しているのではなく、自身の魂を振るわせて喋っているからです」


「なに言ってんだお前……振るわせて喋っている?」


「おっと失礼。音が振動だと言うことすら知らない無学な人ですか。いけませんよ。学問をきちんと履修しなければ。戦闘に関する知識や経験はそれなりにあるようですが、そればかりでは頭の栄養が偏ってしまいます」


「よくわからないが……お前はエドガー……ではないな。ラッドか」


「ご名答。知識はないようですが、頭の回転は早いようですね。実に素晴らしい理解力です」


 エドガーの姿をしたラッドが、聖剣を振るおうとしてきた。俺は素早く躱したが、剣の圧力で左の上腕を少し斬られてしまった。


「ちっ。剣圧だけでこの威力とか化け物かよ」


 俺は痛む左手の上腕を抑えながらラッドを恨めしそうな目で見る。


「詳しい理屈はわからない。だが、先程の聖騎士の制約とやらが発動していない。ということはエドガーの肉体でありながら、制約をすり抜けたということか」


「私たちとしてもこれは一種の賭けでしたけどね。ただ、これは! あなたが教えてくれたことですよ!」


 ラッドは再び聖剣を振るおうとしてきた。まずい。剣は先ほど弾き飛ばされて俺の手持ちにない。ということは、素手で奴の攻撃を受け止めなければならない。


「発動しろ! 暗黒の左手甲ノワールゴーシュ!」


 俺の左手に漆黒の手甲が出現した。俺はそれでラッドの聖剣を受け止めようとする。金属が擦れる甲高い音が聞こえる。と同時にピキピキとなにかがひび割れるような音が部屋中に響き渡った。ひび割れたのは……俺の暗黒の左手甲ノワールゴーシュだ。


「く……」


「惜しいですね。エドガーの魔力で聖剣の威力が強化されているのはいいのですが、その手甲を破壊するには至りませんでしたか。だが、次の一撃には耐えられますかな!」


 もう一度ラッドが聖剣を振るう。生身の体であの剣を受けるわけにはいかない。俺は手甲で防ぐしかなかった。


 結論から言えば俺の体は守られた。だが、手甲は跡形もなく崩れ去ってしまった。それほどまでに聖剣の力の影響は絶大だ。


「なるほど……読めてきた。現在、エドガーの肉体に入っているのはラッドの魂。ラッドは聖騎士であるが故に制約に引っかからないように悪事を重ねてきた。だから、聖騎士本来の力を出せる。聖騎士の制約と能力の対象となるのは、肉体が犯した罪ではない。魂が犯した罪なのだ。だから、肉体的には人殺しであるはずの俺が聖騎士の攻撃に耐性があったんだ。そして、肉体的にはエドガーは罪人だが、魂のラッドは聖騎士の判定では罪人ではない。だから、能力の減衰はない」


「ふふ。見事な推理ですね。だが、それがわかったところで対処法はありません! 犯した罪は肉体ではなく魂に刻まれる。冥途の土産に覚えておくといいですよ!」


 ラッドは今度こそ俺に止めを刺そうと聖剣を振るってきた。俺は足元にあった手甲の破片を広いあげてラッドの目に狙いを定めて投げた。破片はかなり鋭利なものでぶつかればただでは済まないだろう。


 近接では勝ち目がない。ならば卑怯と言われようが、騎士としての名折れになろうが、その辺のものを投げて怯ませるしかない。


「く! 猪口才な!」


 ラッドが破片を聖剣で払い落した。攻撃こそ防がれたものの一瞬の隙を作ることができた。俺はその間に先程、弾き飛ばされた剣を拾う。


「無駄ですよ。リック。あなたの実力は既に把握済みです。この若くて魔力の許容量が高いエドガーの肉体に身を宿した私にあなたは勝てません。剣で抵抗したところで苦しむ時間が長引くのがなぜわからないのですか?」


 ラッドがこちらを露骨に見下した表情を見せる。正直腹立たしいが、今はそんなこと気にしている場合ではない。


「俺は! ただ、平穏に暮らしたいだけなんだ! それをお前らが邪魔をした! この剣は俺の平穏を守るための剣。この剣を握っているということは、俺は平穏を望んでいるということ。ならば、死ぬときはこの剣をいだいて死んでやる。俺は最期まで平穏でいたい。そういう人の心のまま死にたいんだ!」


「なるほど。死という結果は変わらないけど、その過程にはこだわりたい。最期まで己の信念を貫き守り通す。ふ、ははは。中々に青臭い騎士ですねえ! では、青い幻想を幻視しながら死ね!」


 ラッドの聖剣に氷が付与される。ラッドが得意な属性氷の付与である。聖剣から溢れ出るエネルギーをひしひしと感じる。ラッドはエドガーの肉体を使っているから、先程ラッドと戦った時よりも魔力が数段上なのだ。


 氷を纏った聖剣を俺に向かって斬りつけようとする。大丈夫。まだやれる。たった1回でいい。1回の攻撃を避けるだけでいい。全神経を回避に集中させるんだ。


 ラッドの攻撃が来る。俺はあえて目を瞑り、自身の視覚以外の感覚を高めた。そして、するりと動く……その結果、俺はラッドの一撃を避けることに成功した。


「く……避けましたか! だが次の一撃はどうですか!」


 これは賭けだ。1つの賭けだ。騎士としてあるまじき行為だとか、それでも男かだとかそういうそしりを受けそうではある。だが、この状況で使える盾を拾いにいかなければまず勝機はない。俺は意地汚くでも格好悪くても生きていかなきゃいけないんだ。


 ラッドが剣を振り下ろそうとする。だが、寸前で止めた。


「な……き、貴様……なんてことを」


「悪いが、俺は使えるものはなんでも使う主義なんでね」


 ラッドはわなわなと震えている。やはりだ。ラッドも恐れている事態がある。その恐怖心を突けば、隙は生まれる。隙が生まれればどんな強者にだって勝てるんだ。


「例えば、ここに眠っている盗賊のお嬢さんとかな」


 俺はリーサの影に隠れて盾にした。

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