第18話 聖騎士ラッド
俺は野盗の情報を信じて酒場の前まで来ていた。俺が仕事帰りによく行っていた場所だ。ここには、いつもマスターがいて、リーサがいて、リーサ目当てのエドガーがいて。そんな当たり前のような日常が今日一日で崩れ去ってしまったのだ。
無策で酒場に入ったら返り討ちにあってしまうだろう。酒場の中には、ラッド、マスター、エドガーがいる。流石の俺でも手練れ三人を同時に相手にすることはできないだろう。
特にラッドは暗黒騎士の天敵とも言える聖騎士だ。聖騎士のスキルは相手が罪深き存在であればあるほど効力を発揮する。俺は既に数多くの人間を殺している。ラッドの聖騎士と真正面からやりあえば恐らく負けるだろう。
しばらく待っていると酒場の扉が開いた。中からラッドがでてきた。どうやら今は一人のようだ。
ラッドがいない今酒場に奇襲をかけるチャンスか? マスターとエドガーの二人ならなんとかなるかもしれない。それにリーサを救出したら彼女を戦力にできるかもしれない。リーサと二人がかりなら最も厄介な聖騎士のラッドを倒せるかもしれない。
俺はそう考えて、ラッドが遠くに行くまで待とうとした。しかし……
「貴様! そこで何をしている!」
俺の背後から声が聞こえた。野盗の声だ。しまった! こんな時に……俺は急いで振り返り剣を振るった。野盗は斬られてしまう。野盗は小さくうめき声をあげてその場に倒れた。大丈夫。殺しはしていない。適切な治療をすれば生きられるだろう。
「何者だ!」
俺は急いで振り返りラッドと向き直った。ラッドは俺を見て驚いている。
「なんだと……マークの話では貴方は死んだはずでは。マークが仕留め損なったとでも言うのですか」
やはり、こいつらの中では俺は死んだことになっていた。それもそうか。もし、暗黒騎士の化け物染みた再生能力がなければ死んでもおかしくない怪我を俺は負っていた。生きている方が不思議なのだ。
ラッドはなにかを理解したようでフッと笑った。
「なるほど。貴方はスキルなしと嘘をついていたということですね。スキルなしがマークと一戦交えて生き残れるはずがない。大方、守備に特化したスキルを持っているのでしょう。騎士として訓練を積んだということは守護騎士のスキルですかね」
「守護騎士か……そうだよな。俺のスキルが守護騎士だったらどんなに良かったことか」
俺は剣を構えた。そして左手に暗黒の瘴気を纏わせて
「その黒い手甲は……まさか……そんなはずは。そのスキルを得た者は真っ先に処刑されるはず。生き残りがいるはずがないのだ!」
ラッドは俺の正体を察したらしい。それと同時に高笑いを始める。
「アハハハハ。これは愉快だ。リック君。私のスキルを忘れたとは言わせないよ。私は聖騎士だ。悪を断罪するスキルを持つ。かつて、この世で最強と言われた暗黒騎士アルバートを処刑したのも聖騎士だった。聖騎士以外の一撃では強化された暗黒騎士を倒せないからね。それほど、相性最悪な相手なんだ」
それは理解している。犯した罪の重さの分だけ強くなる暗黒騎士と、犯した罪を断罪する聖騎士。この二つは表裏一体の存在。できれば戦いたくない相手だった。
「聖騎士は本来人を殺すと自身の力が弱体化してしまうデメリットを抱えている。しかし、それが暗黒騎士のような大罪人であれば話は別だ! ふふふ。久しぶりに人を斬れますね! 私の糧となって死になさい! リック君!」
ラッドは白いオーラを纏った剣を振るった。悪を討ち滅ぼす聖なる力を剣に付与したのだろう。俺はその攻撃を防ぐために左手の手甲を前に出す。
「あはは。無駄ですよ! この聖剣なら貴方の暗黒の手甲すら砕く!」
カキン! と音がした。俺は手甲が破壊されたと思って目を瞑った。目を開けたら左手が斬り落とされた俺の姿が映っているのだろう。そう思っていたのだが、目を開けたら信じられない光景が広がっていた。
なんと手甲が聖剣の攻撃を防いだのだ。それを見て、ラッドはわなわなと震えている。
「バ、バカな! この聖剣は罪深き者を断罪すると言われている。そ、それなのに効かないなんてどういうことですか! 暗黒騎士は罪に塗れた存在ではないのですか!」
全く同じことを俺は思った。俺はこの手で何人もの人間を殺してきた。その中にはケイ先生のように全く罪のない人間も含まれている。俺は聖騎士に断罪されるべき存在のはずだ。なのにどうして……
「ええい。ならこの技を食らいなさい!
ラッドの剣先から聖なる雷が放たれる。それはジグザグな軌道を描き俺に直撃する。かなり痺れる。でも耐えきれないほどではない。俺は雄たけびをあげた。そして、気合で雷を打ち消したのだ。
「バ、バカな! 盗賊ですら感電死させるほどの威力だぞ。それより罪深き存在である暗黒騎士をなぜ倒せん! 神が……女神が、こいつを罪深き存在ではないと断定したのか!」
「ラッド。もうやめてくれ。俺はお前を倒すつもりはない。ハッキリとわかった。お前じゃ俺に勝てない。退いてくれるならそれでいい。この勝負なかったことにしよう」
俺は完全に勝利したと思い、ラッドに停戦を持ちかける。この交渉に乗ってくれれば、戦わずに済む。そう思っていた。
「な、舐めるなよ小僧! 私は聖騎士ラッド! 暗黒騎士を前に逃げ出したとなれば、聖騎士の名折れ! いくぞ!」
ラッドは叫び声をあげなら剣を突き立て突進してきた。完全に破れかぶれになっているのだろう。だけど、俺は負ける気がしなかった。そう。俺は慢心していたのだ。ラッドの剣を左手の手甲で防ぐ。その隙に一撃を入れて勝利だ!
そう思っていたのに、俺の左手は凍り付いて動けなくなった。
「な、なに!」
「くくく。雷を防いだくらいでいい気になるな。私の本来の得意属性は氷。雷はサブウェポンに過ぎないのだ。私の氷に耐えられるかな!」
やはり聖騎士のスキル持ちだ。戦士系のスキルは武器を強化したり属性を付与したりできる。そのアドバンテージがある限り、俺の不利は変わらなかったというわけか。
俺は猛省した。俺は強くなったとしても、それは身体能力だけであった。俺には武器を強化することも属性を付与したりすることもできない。戦闘における有利を取れるのはやはり強力な武器を持つものだ。俺は冷たくなった左手を急いでラッドの剣から引きはがした。左手がちくちくと痛む。まるで無数の針で突き刺されたかのような痛みだ。動かそうと思っても思うように動かすことができない。
「食らえ!
ラッドが剣を地面へと突き刺した。するとそこから俺へと向かって無数の氷の刃がタケノコのように地面から顔を出してきた。物凄く速い。回避しなければ……俺は横方向に飛び氷の刃を回避した。どうやら、この刃は曲がれないようだ。
「ちぃ避けたか。だが、二撃目は躱せるかな」
再び、俺のいる方向に氷の刃が伸びてくる。地面をぼこぼこにしながら、伸びてくるそれに俺は苛立ちを覚えた。
「あーあ。村のみんなが折角整備した道を……」
しかし、今の俺には真正面から氷の刃をどうこうする力はない。逃げるしかない。けれど逃げてばかりだと地面を荒らされてしまう。みんなが必死こいて開拓して整備した道を。
「逃げてばかりだと勝てないですよ!」
確かにその通りだ。俺はラッドの氷の技に手も足も出なかった……仕方ない。本当はこれを使わずに済ませたかった。けれど、ラッドが退いてくれなかったから……俺は暗黒の力を解放し、ジェノサイドモードへと移行することに決めた。
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