第17話 恐れる狂戦士

 漆黒の鎧が纏われると同時にリックの意識は途絶えた。禍々しい瘴気を放つその形態。暗黒騎士の力が全開放したジェノサイドモード。この形態になると殺人衝動が抑えられなくなり、誰かを殺すまで元に戻ることはできなくなる。


「ついに本性を現したな。呪われた暗黒騎士め! ワシのバーサーカーが最強だと証明してやる!」


 マークは雷撃を纏ったハルバードをリックに向かって振り下ろした。先程の暗黒の左手甲ノワールゴーシュを打ち破ったのと同じ要領で、リックの鎧を破壊できるのと踏んでのことだ。


 耳障りな甲高い音が村に響き渡る。金属がへし折れる音だ。マークはその音を聞いてニヤリとした。何かが破壊された手応えがあったからだ。視線の先をハルバードへと向けた時、マークは驚愕した。


 壊れていたのは、リックの鎧ではなかった。マークのハルバードの方だった。振り下ろした斧の部分が歪な形にへし折れてしまった。


「な……ワ、ワシのハルバードを粉砕しただと! あ、ありえん……このハルバードは鋼鉄すら砕くのだぞ!」


 マークは恐怖した。今までどんな敵も自身の強化されたハルバードで粉砕してきた。絶対的な防御力を誇る守護騎士の鎧をも破壊できた。強固な結界を作ることができる結界師のバリアですら打ち破れるほどだ。


「ええい! こうなったら……」


 マークは槍の先端部分に自身の闘気を最大限に込めた。一点突破。それしかマークに残された道はなかった。闘気が込められた先端部分は、先程の斧頭での一撃よりも遥かに高い突破力を誇るだろう。


 ハルバードの槍がリックの左胸に突き刺さる。的確に心臓をとらえた一撃。この一撃が鎧を貫通すれば、リックの心臓を串刺しにできるだろう。


 だが、ハルバードの槍の先端部分はへし折れて、吹き飛んでしまった。


 壊されたのはハルバードの斧頭の部分だけではなかった。マークの今まで築き上げてきた自信も砕け散った。バーサーカーは防御面では騎士系のスキルには劣るが、速効性や攻撃面では勝る特徴がある。自身の攻撃に絶対の自信を持っていたのに、守備系重視のスキルすら打ち破れるほどの威力を誇っていたはずなのに。特に守備特化のスキルですらない暗黒騎士の鎧に傷一つ付けることができなかった。そのことでマークはすっかり戦意を喪失していた。


 マークの最大の威力を誇る攻撃ですら、リックの鎧を打ち破ることができなかった。圧倒的力量差。最早、マークには残された手はなかった。


「ひ、ひい……」


 マークは一歩後ずさりをした。しかし、その瞬間、自身の体に激痛が走った。バーサーカーは狂ったように戦いを求める不退の戦士。逃走は許されない。バーサーカーのスキル発動中は逃げる行動はとれないのだ。


「う、嘘だろ……こいつと戦わなければならないのか」


 リックが一歩進む。しかし、マークは逃げられない。得物が破壊された状態でリックと戦わなければならない。


「ち、ちくしょう!」


 マークはやぶれかぶれで雄たけびをあげて、リックに突っ込んだ。自身の右拳に闘気を込めてリックの兜に殴りかかる。拳が兜に命中した途端、マークの右拳に激痛が走る。情けない叫び声が開拓地村にこだまする。今の一撃でマークの右手の甲の骨がバキバキに砕けちってしまった。


「も、もう降参だ……や、やめてくれ。ワシはもう戦意はない。スキルも解除した。だから、お前もスキル解除しろ。な?」


 マークの懇願は無意味だった。一度、暗黒騎士のスキルを発動すれば、誰かを殺すまで解除することはできないのだ。


 リックは、深紅の魔剣ブラッド・ブリンガーを振り下ろした。マークはそれに斬られて絶命してしまった。


 かなり高い戦闘能力を有しているバーサーカーですら、暗黒騎士の力には敵わなかった。人を殺めたことで、スキルの解除条件を満たしたリックは自身の武装を解除した。



 鉄のような臭いがする。この臭いは馴染みがある。血の臭いだ……それと同時に力が溢れているのを感じる。俺はまた力を得てしまったのか。


 俺の隣には、既に事切れているマークの姿があった。傍らには、壊れたハルバードが転がっていた。マークの傷口は二か所。粉砕されている右手の甲と斬られた腹部だ。どういう戦闘が行われたのか俺にはわからない。だが、恐らく決定打となったのは、切り傷の方だろう。


 マーク。短い間だったけれど一緒に仕事をしてきた仲だった。正直に言えば仲間意識が芽生えていたと思う。だからこそ、裏切られたとはいえ、殺してしまったのは複雑な感情だ。


 マーク……お前はどうしてこんな結末を迎えてしまったんだ? なんでお前は野盗なんかに力を貸していたんだ。開拓地村でみんなと一緒に働くことになんの不満があったんだ?


 マークが死んでしまった今では彼の真意はわからない。もう二度とマークと話をしたり語り合うこともできなくなった。俺が殺してしまったから……人を殺すということの重さがまた俺に伸し掛かる。


 俺は後、何人の死を引きずればいいんだろう……マーク。せめて、お前の遺体は俺が弔ってやる。だから、もう少し待っててくれ。開拓地村にいる野盗を全て追い出したら、墓を作ってやる。


「な、誰だお前は!」


 しまった。野盗に気づかれてしまった。このまま戦闘に入ってしまうのか。


「な! マ、マーク!? ど、どうしたんだマーク!」


 野盗は血を流して事切れているマークに近寄る。そして、マークの体に触れた途端、彼が死んでいることに気づいてしまった。


「て、てめえがやったのか!」


「ああ。そうだ」


「く、くそ! マークは俺たちの数十倍は強い戦士だった。そんなマークをったやつだなんて俺が相手になるわけがねえ」


 この野盗は戦う前から戦意を喪失しているようだ。その方が助かる。これ以上、無用な争いはしたくない。


「マスター、ラッド、エドガーはどこにいる。彼らに話がある」


「け、誰が案内するか! 仲間は売れねえよ!」


「そうか……」


 俺は野盗を力いっぱいぶん殴った。マークを殺してパワーアップした分、素の状態でも結構な威力がでた。パワーアップをした肉体が、より一層マークを殺したことを実感させる。虚しい力だ。


「へぶ」


 野盗はわけのわからないうめき声をあげて、後方へ吹っ飛んだ。俺は追撃をしようと野盗に近づく。すると野盗は両手の手のひらを前に出して、左右に振り始めた。


「ま、待ってくれ。こ、降参だ。マスターたちがいる場所に案内するから、これ以上殴らないでくれ」


 さっきまで仲間は売れないと言っていたのに、たった一撃で手のひらを返されてしまった。それだけ、俺の一撃が効いたのだろう。


「マスターたちは酒場へと入っていった。金髪で巨乳の姉ちゃんも一緒に連れていたな。エドガーの催眠魔法にかけられてぐっすりしてたぜ。ったく羨ましい限りだぜ。あんな上等な姉ちゃん滅多にいねえからなよぉ」


「それはもしかして、リーサか!?」


「名前までは知らねえよ」


 酒場にマスターたちがいるのか……急ごう。リーサの身も心配だ。

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