第16話 激突! 狂戦士マーク

 もうすぐ開拓地村に着く。木こりの小屋からここまでは割と距離があったな。急いでいるから余計にそう感じた。


 開拓地村に近づけば近づく程人々の悲鳴が聞こえてくる。きっと野盗達の仕業だ。早く皆を助けないと……開拓地村にいる人々は戦闘系のスキルを持っていない。戦闘系のスキルを持っている奴は全員敵だった。なら、俺がなんとかするしかない。


 そういえば、リーサは今どうしているのだろうか。アイツはかなりの手練れだ。通常時の俺よりも強いはず。そんな彼女があっさりやられるとは思わないが……


 俺はこっそりと野盗たちに見つからないように開拓地村に潜入した。もし、見つかれば戦闘になる。ジェノサイドモードになれば、相手の数がどれだけ多くても勝てる自信はある。だが、出来るだけあの形態にならないに越したことはない。あの形態を多用するのは俺の人間としての尊厳を失うことになる。俺は血塗られた殺人鬼になんかなりたくない。


 見つからないように隠密行動をしていたつもりだ。しかし、俺のスキルは盗賊でも狩人でもなければ忍者でもない。隠密行動はハッキリ言って苦手だ。そのせいか、どうやら見つかってしまったようだ。背後から殺気を感じる。


 俺がおもむろに振り返り、剣を構える。そこにはマークの姿があった。こいつは確か狂戦士のスキルを持っている。殺気を隠すのは苦手のようだな。それが幸いして、俺はいち早く危機に気づくことができた。


「な、テメエ! リック! 何で生きてるんだ!」


 マークはまるで幽霊でも見るかのような目で俺を見ている。マークは俺を完全に始末したと思っていただろう。マークにとっては、俺はただのスキルなしの小僧でしかない。そんな奴が野盗の集団を相手にして生き残れるわけがないのだ。


「ワシの部下たちはどうした……答えろ!」


「俺も生き残るために必死だった……正当防衛だったのさ。仕方のない犠牲だ」


「そ、それより! スキルなしのテメエがどうやってアイツらを倒したんだ! ワシらの仲間は全員戦闘系スキルを持ってるはず。いくら騎士として訓練を積んだことがあるテメエでも勝てるはずがない相手だ」


 マークは予想外の事態に狼狽ろうばいしている。声こそ大きいが、それは震えている。自身の恐怖の感情を悟られないように強気に出ているのだろう。


「勝てるはずがないか……そのセリフは俺の剣を受けてから言うんだな」


 俺はマークに斬りかかった。今まで俺が犯してきた罪の重さ。その重みを乗せた一撃をマークにぶつける。


 しかし、マークも弱い戦士ではない。俺の攻撃をいち早く察知して、自身の得物である斧でガードをした。避けるのには間に合わないと判断した結果の行動だろう。中々いい判断をしている。奴は戦闘の勘というやつが優れているのだろう。この一瞬の所作でそれは感じられた。


「チッ……なんてパワーだ。武器越しに伝わる衝撃だけで腕がじんじんと痺れてやがる。テメー。スキルなしだなんて嘘をつきやがったな」


「お前だってバーサーカーのスキル持ちなのに、木こりだって嘘ついてたんだろ? おあいこだろ」


「だが、妙だな。テメエは騎士志望だったんだろ?‘ 戦闘系のスキルを持っているなら、そのまま騎士に就職すりゃいいじゃねえか。なら何故自身のスキルを隠してまで、普通の村人の生活を送ろうとしてんだ」


 俺がスキルを隠す理由。それは迫害を避けるためだ。この世界は暗黒騎士に悪いイメージを持っている。それは、先代の暗黒騎士アルバートのせいだ。虐殺の限りを尽くした奴のせいで、暗黒騎士そのものが排斥の対象になってしまったんだ。


「読めたぞテメエのスキル。普通の騎士なら武器に何かしらの要素を付与エンチャントできるはず。それをしないってことは、スキルを発動することで何かしらのデメリットがある能力。例えば、自我を失うとかな。となると、ワシと同じバーサーカーか……」


 マークが一呼吸置く。二人の間に緊張が走る。マークも薄々俺の正体に勘づいているだろう。


「暗黒騎士かだ!」


 マークの表情が崩れる。その複雑な表情からは感情を読み取るのは難しいだろう。未知の存在に対する恐怖ともとれるし、戦闘狂の本性を現して戦いを楽しもうとしているようにも感じられる。


「顔に書いてあるぜ。俺は暗黒騎士ですってな!」


 俺は図星を突かれてマークから一歩後ずさった。バーサーカーは脳みそが筋肉でできているイメージがあったが、マークは中々切れ者のようだ。俺の一瞬の所作でスキルを見抜きやがった。


「嬉しいねえ! 魔王を討ち滅ぼした暗黒騎士と戦えるなんてな! その暗黒騎士を倒せばワシのバーサーカーが最強だと証明される!」


 マークの斧が変形していく。木こりが扱う斧から槍と斧が合成したハルバードに変わっていく。ハルバードからはバチバチと静電気が飛び散っている。どうやらマークは自身の武器に雷の属性を付与エンチャントするのが得意のようだ。


 そして、マーク自身もラフな格好から鎧兜を着た姿へと変貌した。兜は狼の頭部を模していてる。野性の力を解放した戦士。それがバーサーカーだ。


「悪いな。リック。この形態になると手加減ができねえんだ。敵を殺したくて殺したくてうずうずしてくるんだ」


 マークはハルバードを振るった。俺はなんとかその一撃を躱す。マークのハルバードの斧の部分が地面にめり込み削り取る。衝撃で石が吹き飛び、俺の顔面めがけて飛んできた。その不意打ちの一撃を躱すことができずに俺は顔面に投石攻撃を受けた。


 痛い。俺は石をぶつけた箇所に手を当てる。何か濡れている感触が手に着く。自身の手を見るとそこには血がべっとりと着いていた。


「はぁはぁ……わしに血を見せるな! 抑えられなくなるだろうが!」


 マークは雄たけびを上げて俺に突進してきた。ハルバードの先端をこちらに向けての突進だ。まずい。あのハルバードには雷が付与エンチャントされている。一撃でも受けたら痺れてしまうだろう。そしたら、敵の追撃を受け放題である。そうなると俺に待っているのは死だけ。


 ダメだ。速い。とても避けきれない。となると受け止めるしかない!


暗黒の左手甲ノワールゴーシュ


 俺は左手だけ暗黒の力を解放し、それでマークのハルバードを受け止めようとする。一か八かの賭けだ。


 俺は意を決してハルバードを掴んだ。手がかなり痺れる。思わず手を放してしまいそうになるが、俺は気合いを入れて左手に力をこめる。だが、スキルを完全に発動していない俺とスキルを発動しているマークとの力量差は歴然だった。


 ハルバードのパワーで俺の手甲にヒビが入っていく。まずい。このままでは、手甲が破壊されてしまう。


 パリンと音を立てて、暗黒の左手甲ノワールゴーシュが破壊された。そして、俺の左手の手のひらをハルバードが貫通する。


「ぐっ……」


 俺は痛みで歯を食いしばった。左手から電流を流されて全身が痺れる。ま、まずい。体が痺れて全く動けない。


 マークはハルバードをぐりぐりと俺の左手にねじりこんできた。左手から鋭い痛みがやってくる。常人なら発狂している程の痛みだろう。だけど、この程度の痛み……村を追放されて、どこにも居場所がなくなった時の痛みに比べれば……


「大したことねえんだよ!」


 そこで俺の意識は途絶えた。俺は無意識のうちに暗黒騎士のスキルを発動させてしまったのだろう。でなければ、俺はきっとマークに負けていた。

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