第19話 暗黒騎士の弱点
漆黒の瘴気がリックを包む。全身を包んだ瘴気は鎧へと変化する。そして右手には深紅の魔剣ブラッド・ブリンガーが握られていた。
聖騎士ラッドは冷や汗をかいた。本気を出した暗黒騎士の闘気を肌で感じて、全身の毛穴に針を突き刺されたような感覚を覚えたのだろう。ラッドは本能的に察知した。こいつは今までのリックではない。意識も感情も失った化け物だと理解するのには時間はかからなかった。
「ば、化け物め! 退散しなさい!
ラッドが破れかぶれで放った聖なる氷。それが、リック目掛けて伸びていく。リックはそれを手で受け止めようとする。
固い何かが破壊される音がした。ラッドは目を瞑った。暗黒騎士の力は絶大だ。自分の氷が折られたものだと思って、死を覚悟した。しかし、実態は違っていた。破壊されていたのは、なんと氷を受け止めたリックの手甲の方だった。
手甲を貫通してリックの左手を氷柱が貫いている。氷柱には血がダラーっと垂れてきている。再生能力が間に合っていない証拠だ。
「どういうことです……? 暗黒騎士の力を最大限に解放しているはずなのに、先程よりダメージが大きくなっているではありませんか」
暗黒騎士はジェノサイドモードになると耐久力、再生力共に爆発的に跳ね上がる。先程より耐久力が上がっていなければおかしい。
なのに、まるで逆。ジェノサイドモードになった途端にリックの耐久は脆くなった。
「なるほど。理解しましたよ。貴方は自ら弱点を晒してしまったのだ! 暗黒騎士の力を完全に解放する前とした後では人格が変わる。人格が変わる前の貴方は人殺しなんてできない善良な人間だった。だから、聖騎士の断罪の力が効かなかった。けれど、力を解放した貴方は違う。ただ己の殺人衝動のまま人殺しはする悪だ! それ故に聖騎士の断罪の力が働いて攻撃が通るようになったのだ」
ラッドの読みは当たっていた。リックは善良な人間ではあるが、暗黒騎士リックは罪深き存在。犯した罪の累積は人格によって別個になるのだ。リックはそのことを知らなかった。だから、暗黒騎士の力を解放してしまったのだ。
「あはは! 貴方はバカですねえ! 一度、暗黒騎士の力を解放すると、誰かを殺すまでは解除をすることができない。その伝承が本当なら、貴方に勝ち目はありません。貴方が私に勝つには、その力を解除するしかないのですからね!」
とはいえ、ラッドも決して安全とは言い切れなかった。聖騎士の断罪の力が働くのは聖騎士が攻撃した時だけだ。防御面にはその断罪の補正がかからないのだ。だから、攻撃力最強の暗黒騎士の一撃を受けてしまったら、ラッドが負ける可能性は十分あった。当然、ラッドはそれを承知していた。
「
ラッドは遠距離からリックの生命を削っていく作戦に出た。聖なる雷を受けたリックは麻痺してしまう。先程は屁でもなかったダメージだが、今のリックには致命傷である。完全に痺れて行動不能になった。この状態ならリックに行動させずにダメージを与え続けることが可能である。
「ふふふ。貴方が感電死するまで後、何秒ですかね? 化け物じみた耐久力を誇る暗黒騎士も聖騎士の雷には耐えきれないでしょう」
リックの鎧がバチバチという音と共に溶けだしていく。雷の電熱に耐え切れずに消滅しているのだ。このままではリックの命が危うい。後、少しでリックは絶命する。そういうところまで来ていた。
「へへーん! チャンス到来! てめえさっきはよくもやってくれたな!」
先程、リックにパンチを食らって情報をゲロった野盗がやってきた。リックに近づき、ナイフでリックを刺そうとした。
「おい、なにしてる! バカ!」
ラッドは慌てて野盗を制止しようとした。しかし、時既に遅し。リックは近づいた野盗の首根っこを掴み、自身の握力で粉砕した。
首の骨を砕かれた野盗はそのまま絶命し、物言わぬ屍となった。リックは野盗を投げ捨てた後に、ジェノサイドモードを解除した。
◇
全身が痛い。焼き爛れているかのような痛みを感じる。一体なんだ。戦いはどうなった? なぜ俺がこれほどまでのダメージを負っているんだ。
俺は周囲を見回した。まだ健在のラッドと先程、俺が締め上げた野盗が倒れている。遠目でよく分からないが、首の曲がっている方向がおかしい。明らかに死んでいるだろう。
どうやら、俺はあの野盗を殺してジェノサイドモードを解除したらしい。一体なぜ、解除したんだ。ラッドに追い詰められているこの状況で解除するのは自殺行為ではないか。
「やれやれ。悪運の強い男ですね。だが、そのダメージ量。断罪の力を持ってしなくても、十分倒せる範囲内ですよ!」
ラッドの口ぶりから、俺は聖騎士の断罪の力にやられたらしい。先程は大したことない力だったが、ジェノサイドモードになってからはその力が働いたのか。なるほど。今後、聖騎士を相手にする時は参考にしよう。
「これで終わらせる!」
ラッドは剣を構えてこちらに向かってきた。ならば、俺も剣を持って応戦するまでだ。
俺は叫び声をあげてラッドに立ち向かった。そして、すれ違い様にラッドに一撃入れた。たった一撃。それだけだ。
「ぐふ……バ、バカな……この私が負け、負けるだと……」
どうやら、先程の野盗を殺したことで俺の力が更にパワーアップしたらしい。聖騎士のスキルを持つ上位の存在にも対抗できる力を身に着けてしまったか。なんだか複雑な気持ちだ。
ラッドは血を吐いてその場にうつぶせで倒れた。大丈夫。まだ死んではいない。もし、死んでいるなら俺はパワーアップしてしまうからだ。今の所は力が漲っている感じはしない。
「ラッド。お前確か、植物学者でもあったよな」
俺はラッドの鞄の中から薬草を取り出して、それを煎じてラッドの傷口に塗った。
「痛っ……」
「沁みるのか?」
「な、なぜ……なぜ私を助けようとする。このまま放っておけば私は死ぬ。そうすれば貴方は更に力を付けることができるのですよ」
「俺は、意識がある内は人を殺したくないんだ。もし、お前を殺してしまったら、俺の中の何かが壊れてしまう。そう感じたんだ」
もう俺はとっくに手遅れの領域に来ている。だけれど、最後の一線だけはどうしても超えたくなかった。もし、意識がある状態で人を殺してしまった時、俺の心は完全に壊れてしまうだろう。
「そうか……なら、潔く自害しよう。心配するな。これは貴方が殺したことにはならない」
ラッドは短剣を手に持ち、自らの喉を掻っ切った。あまりに唐突なことに俺の理解が追い付かなかった。
「お前何をしてるんだァー!」
俺は思わず叫んだ。ラッドはなぜ、自ら命を絶ったのか。それはもうわからない。なぜなら彼は死んでしまったからだ。死んでしまった人間の本心など永遠に聞くことはできないのだから。
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